第8話 小崎組の壊滅
鳴海が芦沼の所から金高の道場に行った時には、詩芽も金高も帰っていた。
「二人共無事だったか」
「誰に言っとる。わしら二人が遅れを取るはずがなかろう」
「確かにそうだな」
「しかしあんたも無茶をするのー。一人であんな所に乗り込むとは。勝てる算段でもあったのか。いや、あんたなら勝てるか、ふほっほ」
「ところで鳴海さんでしたか。私のボディーガードと言うのは本当なんですか」
「ああ、本当だ。あんたの親父さんに頼まれた」
「それならそうと言って下されば良かったのに」
「俺が傍にいると目立つからな。陰から守る方が相手も油断する」
「ちょっと待ってくださいよ。それっておかしくないですか。ボディーガードなんでしょう」
「まぁ、そう言うボディーガードもあると言う事さ。ともかくもう終わったんだ。あんたが狙われる事はもうないだろう」
「じゃー芦沼組の連中は?」
「全員等分は動けないだろうな」
「それを貴方が一人でやったの」
「ボディーガードと言うのはな、お嬢ちゃん。守るのも一つだが狙らってくる敵を殲滅すると言うやり方もあるんだよ」
「ちょっと、ちょっと待って。あのさー私が襲われた時の事なんだけど、腑に落ちない事が一つあるのよ」
「どうした詩芽」
「それがね師匠。私を連れ去ろうとしてた三人と戦ってた時の事なんですけど。あの三人じゃ私を拉致する事なんかとても出来ない技量だったんですよ。なのに何故か急に誰かに後ろから当身を入れられた様に意識が遠のいてしまったんです。あれってまさか貴方がやったんじゃないでしょうね」
「知らんな俺は」
「ちょっとー」
「まぁ、いいじゃないか詩芽。一応片が付いた事だし」
「そう言う問題じゃないでしょう師匠」
そう言って詩芽は鳴海を睨んでいた。
「爺さん、大丈夫だとは思うがこの子を頼む。俺には最後の仕上げがあるんでな」
「あのー、ボディーガードが保護対象者を置いて何処かに行くんですか」
「これもボディーガードの仕事だ。根源の根を絶つ」
「じゃー私も連れて行ってください。その方が安全でしょう。それに後2日したら夏休みになりますので」
「おい。嬢ちゃん」
「あはは、鳴海さんよ。無駄じゃ。この子は一旦言い出したら聞かんタイプでな。連れて行ってやってはくれんか。それに足手まといにはならんと思うがな。どうじゃろう」
「ちぇっ、しょうがないな。ただし俺の言う事は聞けよ」
「わかりました」
その頃、小崎がまた芦沼に電話を入れていた。
「兄弟、そろそろその切り札を使おうと思うんやけど準備はええか」
「兄弟、無理や。俺は手を引かしてもらうわ」
「兄弟、それはどう言う事や」
「あの娘にはボディーガードが付いとった。しかもそのボディーガードは誰やと思う。あの『やくざ狩り』の鳴海や」
「何やと、鳴海やと。そんでどうなったんや」
「どうもこうもあるか。うちの組は全滅や。全員病院送りにされてもうたわ。それに俺もや。今病院や」
「俺はもう手を引かしてもらうで。今度やったら俺の命がなくなるからな。それからな、兄弟。鳴海が『落とし前をつけるから首を洗ろて待ってろ』と言うとったで、気いつけや」
「何やと、こっちの事がばれてるのか」
「そうや」
小崎は一瞬血の気が引いた。
「あの長谷川の奴め、鳴海なんかを使いやがって」
「どうしますオヤジ。鳴海が相手では分が悪いでっせ」
「わかっとるわい、そんな事は」
「おい、手打ちや、直ぐに手打ちの準備をせえ」
「誰か貫禄のある親分に仲に入ってもらえ」
「わかりました。直ぐに当たってみます」
その頃鳴海は詩芽が夏休みに入ったと言うので、鳴海の車、スカイラインGT-Rで大阪に向かっていた。天気もよく絶好のドライブ日和だった。
生駒山の頂上を越えた辺りで暴走族と遭遇した。面倒な事にその暴走族は、鳴海の車を取り囲む様に走り出した。
鳴海はまたこんな時に思ったが、鳴海は面倒事を呼び込む運でも持ち合わせているのだろうか。ともかくこれもまたも面倒事だった。
若い女の子を乗せてるスカGを見て、どうやら暴走族の欲望の血が騒いだらしい。押し出すように鳴海の車は高速を下ろされた。
まぁ、鳴海にしてもこの展開は読めていたので、無理をせず彼らの意向に従った。
そしてちょっとした広場で、バイクがスカGを取り囲んだ。
仕方がないので鳴海と誌芽は車を降りて外に出た。車の中にいて窓ガラスを壊されるのもいやなので。
「よう、可愛い子乗せてるやないか。ちょっと俺らにも貸してくれや」
「あのね、私は物じゃないのよ。何言ってるの、馬鹿じゃないの」
「ほー気が強そうやな。そう言う女泣かすのもまたおもろいもんやで、なーみんな」
「そうや、そうや」と皆奇声を上げていた。
「なー、詩芽、お前ちょっとここで腕試ししてみるか」
「何ですか、いきなり。そう言うのはボディーガードの
仕事じゃないんですか」
「なに、余興だ。余興」
そう言って鳴海は詩芽を面前に押し出した。
「へー、そうかい。俺らにその子差し出す言うんかい。
結構賢いやないか」
「ほな、借りて行くで」
そう言って詩芽の腕を捕ろうとした男はあっさりと投げ飛ばされていた。
「なに、さらすんじゃい。このアマが」
そう言って向かって行った数人も同じ目に合った。下はコンクリートだ。投げられると相当痛い。
投げ技も場所によっては殺人技になる。畳の上でならいいがコンクリートの上では凶器だ。みんな直ぐには立ち上がれなった。
「くそが」と言って詩芽に掴みがかって来た者には、中段への当身が見事に効いて、その場にストンと落ちて起き上がっては来なかった。
ある者は掌底で顎に当身を入れられこれも独楽を回すように回転して倒れた。
顎の先端をゆすられると脳が頭蓋骨の中で内壁にぶつかり脳震盪を起こす。こんな事が繰り返され。残ったのはたった二人になっていた。
彼らのヘッドと副ヘッドだ。
「何でお前等二人を残したかわかるか」
「な、何を言うとるんじゃ、お前は」
「前らには覚えておいてもらおうと思ってな。俺の名前は鳴海と言う。そして俺には手を出してはだめだと言う事を」
「なんじゃ、それは。お前等の二人くらいいつでも潰したるわい」
「そうか、それは結構な事だ」
そう言った瞬間、殆ど二人同時に掌で左右にふっ飛ばされていたが、いつどうやって鳴海が近づいたのかさえ、わからなかった。跡は壊れた人形の様に手足をピクピクさせていた。
「あのさー、鳴海さん。あれってやり過ぎじゃないんですか」
「それはないだろう。お前の方が10倍は倒してるだろう」
「そうだけど、数の問題じゃないと思うんですけど」
「まぁ、いい。屑は放っておいて行くぞ」
「はい」
今回は詩芽がいたので、鳴海は『疫病神』にならずにすんだ。それにしても災難は、鳴海達に手を出した暴走族達だった。
小崎は神戸直系の親分に仲に入ってもらって、長谷川組との手打ちを進めた。しかし長谷川は「うん」とは言わなかった。
それはそうだろう。向こうから仕掛けられた喧嘩だ。しかも汚い手を使って自分の娘を誘拐しようとした。
その報告は既に長谷川の耳に入っていた。そんな相手と和解出来るはずがなかった。
小崎は焦った。この話が長引けは鳴海がやって来る。何が何でも鳴海が来る前に話をつけなければならない。
でなければ手打ちどころに話ではない。自分のしまが、いや組みそのものの存亡に関わる。
小崎は持てるだけの金を仲介人の横洲組の組長に積んだ。そして是非にと嘆願した。
そこまでやられれば横洲も積極的にならざるを得なかった。そこで少し強引に出た。
その話を受けて長谷川は、あと2日考えさせて欲しいと言った。2日後に返事をすると。
しかしこの2日と言うのは、実は鳴海の指示だった。2日待たせておけと。
鳴海と詩芽は大阪の鳴海の事務所に来ていた。
「ここが鳴海さんの事務所ですか。私驚きました。鳴海さん一人だと言うからもっと小汚いのかなと思ってたんですが結構綺麗に整頓されているんですね」
「習慣でな」
「何の習慣なんですか」
まさか傭兵の習慣だとは言えなかった。
「まぁ、それはいいが、お前は何処で寝泊りする気だ」
「私、余分なお金はありませんのでここで泊らせていただきます。その為に寝袋を持って来ましたから」
「おい」
と言う事でおかしな共同生活が始まった。しかし小崎を片付けるまでの短期間だ。それでもいいかと鳴海は思った。
小崎組の情報は、長谷川組組長補佐の神原から聞いていたので偵察に行く事にした。
「詩芽、一応ただで住まわせてやるんだ、手伝いをしろ。俺は出かけるからここの留守番を頼む」
「もしお客さんが来たらどうするんですか」
「そんなもの、適当にやっておけ」
「ほんと、いい加減なんだから」
小崎組は長谷川組とはしまを接していた。しかも長谷川組のしまの方が繁華街も多く豊富だった。
小崎がここを手に入れたいと思う気持ちもわからなくはないが、娘を人質に取る様な方法では筋が通らないだろう。まぁ、やくざならそれもありかも知れないが。
鳴海は小崎組の組事務所の斜め向かいの喫茶店に陣取って様子を見ていたが、どうやら組長の小崎はここにはいない様だ。
鳴海は意識を飛ばして組事務所の中を探ってみた。やはり予想通り組長の椅子は空だった。きっと鳴海の逆襲を恐れて逃げたのだろう。
「仕方がない。組員を締め上げるか」
そう言って鳴海は事務所に向かった。流石にまだ抗争中だけあって、事務所の中はみんなピリピリしていた。
「誰や、お前は。おい、カチコミや」
直ぐにそう言う反応だった。でもこれで手間が省けていいと鳴海は思った。
向かって来る組員達を片っ端から叩きのめして、奥に入って幹部らしき者を見つけて質問した。
「小崎は何処だ」
「知るか、そんな事。知ってても教えるとでも思とんのか、このアホが」
「そうかい、良い度胸だ。この鳴海相手に、そんな啖呵を切れるとはな」
「な、鳴海やと。お前が鳴海か」
「そうだ。覚悟は出来てるんだろうな」
「まて、ちょっと待ってくれ」
その時既に鳴海の指がこの男の喉にかかって喉仏を締め上げられていた。
息も出来ずヒーヒーと言う音だけがした。そしてその痛みもまた半端ではなかった。相手は目を白黒させていた。
「どうだ、喋る気になったか」
「わかった、わかったからもう止めてくれ」
「オヤジは今生駒の山荘におる」
「それは何処だ。詳しく言え。ただしそれが嘘だったら
この先まともに生きて行けると思うなよ」
「わかった。本当や。みんな本当や」
生駒と言うのは大阪と奈良との県境にある山間部だ。鳴海はその山荘に行ってみた。勿論今喋った奴の記憶は消してある。
そこはごく普通の木作りの山荘だったが、周りを取り囲んでいる人数が半端ではなかった。しかも全員懐には拳銃を呑んでるようだ。
「ここでドンパチやって騒ぎが大きくなると面倒だな。
なら一人ずつ眠らせるか」
そう言って鳴海は姿を消した。後は忍者の様に一人一人の後ろに現れては確実に意識を刈って行った。数分もすれば全員が眠らされていた。
それから鳴海は気のセンサーで山荘の中を調べた。中には四人。小崎と三人の護衛がいるようだ。
一人は猟銃、一人は散弾銃を持っている。もう一人は恐らく短銃だろう。
「問題ないか」
そう行って鳴海はドアを押し開いて中に入った。
「な、鳴海だ。撃て、撃ち殺せ」
小崎が叫んだ。三人は一斉に銃を構え発砲した。
しかし何故かどれ一つとして鳴海には当たらなかった。全ての弾がまるで自分の意思で避けて行く様に鳴海の体を避けて行った。
「な、なんでや。なんで当たらへんのや」
そう思った時、三人はそれぞれの方向に弾き飛ばされて壁に激突した。内臓破壊が起こらなかっただけましと言うものだろう。
「待ってくれ。いや、待ってください。俺は何もあんたに敵対してる訳やない。ただ長谷川ともめてるだけや。あんたには関係ないやろう」
「おまえ、俺を舐めてるのか。俺の護衛対象者に手を出しただろうが」
「あれは俺やない。芦沼の奴がやっただけや」
「そんな言い訳が俺に通じるとでも思ってるのか。俺も舐められてもんだな」
「そう、そうやない。あんたに敵対する気はこれっぽちもないんや。気に入らんかったらどんな謝罪でもするから許してくれ。な、頼むわ」
「相手が悪かったな。俺が口車でどうにかなるとでも思ったのか。なめるなよ人間が」
その瞬間二人はその場所から消えていた。小崎が次に見た風景は何処かの草原だった。
ただ広々とした草原。そして野生の匂い。ここは断じて日本ではない。そう小崎は思った。
「ここが何処かわかるか。ここはアフリカのガーナの草原だ」
「なんでそんな所に」
「俺が飛ばしたんだよ。お前を」
「飛ばしたってどう言う事や」
「言ってもお前には理解出来ないだろう。ともかくここがお前の墓場だ。死体はここの動物達が処理してくれる。だから安心して死ね」
そう言って鳴海は小崎の額のど真ん中を世界最強の銃と言われるデザート・イーグルで撃ち抜いた。即死させただけでもまだ鳴海に慈悲があったのかも知れない。
その周りには既に血の匂いを嗅ぎつけたハイエナ達が集まっていた。小崎の死体が見つかる事はまずないだろう。
日本では恐らく失踪のままだ。ここで初めて『戦場の死神』が姿を見せた。
こうして長谷川組と小崎組との抗争は小崎失踪と言う形で決着が着いた。
小崎が何処かに逃げたと言う意見が大半を占めていた。しかしそれにしてはおかしな所が多くあったが、誰もそれに触れようとする者はいなかった。
事件が落ち着いてから、四人の人間が鳴海の事務所に集まっていた。鳴海と詩芽と詩芽の父親、長谷川とその補佐、神埼だ。
「詩芽、これは君の為の集まりだ。これからどうする。いやどうしたい。ここには君の父親もいる。俺達が邪魔なら二人で話をしてもいい」
「いいえ、皆さんに聞いてもらいたいと思います。私は長谷川詩芽ではなくこれからも矢野詩芽として生きて行きたいと思います」
「それはどう言う事や詩芽。私との縁を切ると言う事か」
「いいえ、お父さんはお父さんです。それは変わりません。ですが長谷川組の娘ではないと言う事です。長谷川組と言う縁からは離れさせて頂きます。そして私の人生は私の意思で生きて行こうと思います」
「それは私の援助もいらないと言う事か」
「そうです」
「随分とはっきりとしたもんだな。私は育て方を間違えたか」
「いいえ、オヤジ。それこそ若い頃のオヤジそっくりじゃありませんか。やっぱり詩芽さんはオヤジの娘さんですよ」
「鳴海さん。詩芽お嬢さんの事を宜しくお願いいたします」
「私からもお願いする。詩芽をよろしく頼みます」
「おいおい、何で俺なんだよ」
「詩芽お嬢様は貴方を好いておられるようですから」
「俺は知らんぞ。相談相手位ならなってやらん事もないがな」
「それで結構です」
「お願いね、鳴海さん」
「何だよ、お前まで」
最後の交渉として、長谷川は詩芽の高校卒業までの養育費だけは、親としての責任もあるので是非面倒を見させて欲しいと言う事で話がついた。
奈良のマンションは詩芽の名義になっているので、そのマンションを処分するもそこに住み続けるも自由と言う事になった。
「わかりました」
と言う事で交渉も終わり、親子の話し合いも終わって詩芽は奈良に帰って行った。
「これでやっと静かになったな」
と鳴海も安堵した。
それからしばらくして真夏も過ぎ、9月を前したある日、詩芽がまたやって来た。
「何だお前、何か忘れ物か」
「はい、忘れました。ここに住む事をお知らせするのを」
「何言ってるんだ、お前は」
詩芽は父親と話をして奈良から大阪の高校に転校した。そして奈良のマンションを売却してそのお金で大阪にアパートを借りたのだ。それも鳴海の直ぐ近くに。
「鳴海さん、これからもここでバイトをさせていただきます」
「おい、お前、何を言っている。俺はお前を雇った事はないぞ」
「いいえ、ここに来てからしばらくここで事務所の留守番のバイトをしてました」
「なんだそれは」
何となく詩芽に押し切られた形で、詩芽のバイトが決まってしまった。
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