第7話 人質奪還
鳴海は昨日の手合わせで、詩芽の実力はほぼ把握した。
「しかしあの爺さん何者だ。詩芽よりかなり強いようだが」
傭兵の中でも、戦闘技であの爺さんに匹敵出来る者は、滅多にいないだろうと鳴海は思った。
「まぁいい。あの爺さんがついているなら少しは安心出来るか」
鳴海は今の大阪の状況を知る為に、依頼に来た神原と言う男、長谷川組組長補佐に電話を入れた。
組長本人に電話を入れないのは本人の娘の事なので、何処で話が漏れるかも知れないので今は直接話をするのは避けていた。その為、連絡係がこの神原だった。
神原の話では抗争の方はまだ一進一退との事だった。
「ならもう少し時間がかかるか」
ただもしかしたら娘さんの事がばれたかも知れないと神原が言い出した。
それは組長の愛人が亡くなる前に、何度か物を運んだ事のある組長の運転手が小崎組に捕まって殺されと言う。
その死体には拷問を受けた後があったので、もしかしたら奈良の事を話してしまったかも知れないと言う事だった。
「なるほど、それならこっちでも何らかの動きがあるかも知れないと言う事か。分かった気を付けよう」
と鳴海は電話を切った。
その日も鳴海は、詩芽(しのめ)が学校を出てから、このマンションに帰り着くまでわからないように尾行をしていた。鳴海の尾行を気づける人間はいない。
鳴海は完全に気を絶って意識を消せる。それは金高の比ではない。そこに存在していても人間には認識出来ない。完全な認識の無だ。
その尾行の中で、二人の人間が同じように詩芽の尾行をしているのがわかった。詩芽が部屋に帰った後、彼らは近くの立木から詩芽の部屋を窺っていた。
先ずは一人が玄関へ名前の確認へ、もう一人は外からどの部屋に動きが出るか見張っている様だった。
鳴海が近くに止めてあった自分の車に戻って、センサーを広げてみると、黒い陰湿な二つの気は立木の所に集まっていた。そして彼らの意識は、間違いなく3階の詩芽の部屋に向けられていた。
「なるほど、あれが調査と見張りと言う訳か。どれ一つ挨拶でもして来るか」
これが鳴海が一人でもボディーガードが出来る要素の一つだ。鳴海は音もなくその二人の見張りの後ろに回っていた。
「よう、お前ら精が出るな。見張りも大変だろう」
「な、なんやおまえは」
「俺か、俺は通りすがりの暇人だ」
「なにをアホな事ぬかしとるんじゃ。向こうに行かんかい。ケガするぞ」
「おもしろいな、お前らに怪我をさせる事が出来るのか」
「じゃかましいわ。おい、いてまえ」
2秒で二人は地に這わされていた。一人を眠らせておいてもう一人に聞いた。
「ところでお前らは何処の組のもんだ」
「しるか」
「ほう、知らを切るのか。おもしろい。それがいつまで続くかな」
そう言って鳴海は一人の腕の肘関節辺りに親指を押し当てた。その瞬間、その男は悲鳴を上げた。
「どうだ、痛いだろう。ここは曲池と言うツボでな。結構痛んだよ。だが本当の痛みと言うのはこんなもんじゃない。悲鳴が上げられるのはまだ本当の痛さとは言わないんだよ」
そう言って鳴海は更に指を押し込んだ。すると今度は声が出せずただ口をパクパクさせて冷や汗を噴出させていた。
「どうだ。ここまで来るとかなり痛いだろう。これをもう少し続けると痛みの為意識が戻らなく事もあるんだが、どうだ、続けるか」
「いやいや」と言う仕草と共に頭を上下に振って許しを請うていた。それで鳴海が点穴を緩めてやると目から涙を流しながら肩で息をしていた。
「で、お前らは何処の組のもんだ」
「芦沼組のもんです」
「芦沼組、ここの地場の者か」
「そうです」
「そのお前らがなんで見張りなんかやってる」
「頭の命令で」
「頭だと。お前の組とここの女とどんな関係がある」
「それは俺らにもわからんのです。ただ頭に女の居場所と学校へのルートを突き止めろと言われただけで」
「お前の組と大阪の何処かの組に縁戚関係はあるのか」
「確かうちのオヤジと難波の小崎組の組長とは兄弟分の盃を交わしてるはずです」
「なるほどな、そう言う事か」
「わかった。今の事は忘れろ」
そう言って鳴海はその男の両のこめかみに指を当てた。それで男は意識を失うと共に今の記憶も失った。それをもう一人の男にも施して鳴海は去った。
「大阪の小崎組か。確か今、依頼主の長谷川組と抗争してる組だったな。自分では手を下さず兄弟分に頼んだか。恐らくは人質にして殺さない程度に慰みものにしてもいいとでも言ったんだろう。こすからい奴だ」
残念ながら鳴海の顔も、この奈良ではまだ知られてはいない。
「どうするかな。チマチマとボディーガードしてても仕方ないしな。この際だ、ここの芦沼組も脅しておくか」
鳴海はこの分では誌芽の誘拐も近いと踏んでいた。取り合えず詩芽には気のマーキングをしてあるので、いつでも居場所は把握出来る。
今度は芦沼組の方に気を流した。この前詩芽の後をつけていた男にもマーキングをしておいたので芦沼組の場所も分かる。そこの動きを探った。
どうやら組の中で何やら慌ただしい動きが一つあった。それを精査していると昨日の男達と、あと数名が車に乗て詩芽の学校の方に向かって行った。恐らく学校の帰り道の何処かで、詩芽を拉致するつもりなんだろう。
「さてどうするか。そうだな。この際だ、一つ誘拐を手伝ってやるか」
何処の世界に自分の警護対象を誘拐させるボディーガードがいる。しかしここに一人いた。もう滅茶苦茶もいい所だ。
詩芽の帰り道の中でも、人気の少ない所を選んで彼らは待ち伏せをしていた。彼らはミニバンを用意し、運転手以外は全員目出し帽を被っていた。
そして全員スタンガンを手にしていた。これで失敗するなどとは誰一人思う者はいなかった。
勿論彼女が町道場に通っている事位は掴んでいたかも知れないが、たかが女子高生の手慰み、子供の遊び程度だと思っていただろう。
本当の彼女の腕を知っていたらこんな無謀な事はしなかったかも知れない。
しかし誰も彼女の本当の腕前は知らなかった。だから鳴海は少し不安だった。誘拐が成功するかどうか。
こんな心配をするボディーガードが何処にいる。詩芽が彼らのバンを通り過ごした瞬間、ドアを開けて三人の男が飛び出した。
詩芽を取り囲んで、一人が後ろから詩芽の首筋にスタンガンを当てようとした瞬間、その男は前に投げ飛ばされていた。
どうして投げられたのか、恐らく自分でもわからないだろうと鳴海は思った。
残った二人も入れ代わり立ち代わり詩芽を捕まえようとするが完全に翻弄されていた。
「バカめ、何をやってるんだあいつらは。これじゃー逃げられてしまうだろうが。仕方ないな助けてやるか」
そう言って鳴海は指から指弾を放った。これは小石や鉄球などを指で挟んで飛ばす技だ。
しかし鳴海が飛ばした物は何もなかった。それは物体ではなく気の塊、気弾を飛ばしたのだ。
それを詩芽の首筋の後ろのツボ、亜門に当てた。瞬間詩芽の動きが止まった。そこを狙って一人がスタンガンを当てて、意識を失った詩芽をバンに引き込んだ。
そして倒れている仲間も一緒にバンに引き込んでそのまま発進したが、その時鳴海が指弾を使った事を知る者など、誰一人としていなかった。
「本当に世話のやける奴らだ。もっと手際よくやれんのか」
これがボディーガードの言葉とはとても思えない。
バンはそのまま芦沼組の事務所には行かず、貸しビルが多い区画に来た。恐らくここには芦沼組の息のかかったビルか部屋があるんだろう。
詩芽が担ぎ込まれた部屋は意外と小綺麗な部屋だった。しかしそこには色々な撮影機材が置かれていた。
これは多分拉致した女達をAV女優に仕立てる部屋なんだろう。もしかすると麻薬等も使われているのかも知れない。
取り合えず詩芽は椅子に縛りつけられた。そしてしばらくして詩芽は目を覚ました。
「よう、お目覚めかなお嬢さん」
「あなたは誰なの。私をどうしようと言うの」
「俺は芦沼と言うてな、この辺りを仕切る芦沼組の組長や。お前は俺たちの人質になったと言う訳や」
「私を人質にしてもお金なんかないわよ」
「そんな事はないやろう。お前の親父ならなんぼでも出すんとちゃうか」
「私はお父さんの事は何も知らないわ」
「そうか、知らんのかいな。ほなら教えたろか。お前の父親は大阪の長谷川組言うやくざの組長や。わかったか」
詩芽も恐らくはそうではないかと思ってはいたが、それを母親に聞く事は出来なかった。
でもこれではっきりした。別に落胆はしていない。彼女には事実を受け入れられるだけの度量があった。
「それで私のお父さんから身代金を取ろうと言うの?」
「そやな、それもそやけど、あんたをAV女優にしてDVDで売り出しても金になるんとちゃうかなと思てな」
「私が大人しく言う事を聞くとでも思ってるの」
「どんな女でも薬(ヤク)打たれたら一発やで」
「いいわ、それなら舌かみ切って死んでやるから」
「出来ると思とるんか」
その時芦沼の携帯が鳴った。
「ああ、兄弟か。娘は捕まえたで」
「これで長谷川も折れるやろう。後は兄弟の思うままやな」
「それでこの娘はどうしてもええんやな」
「ああ、わかってる。そっちの話がつくまでは手出しはせえへんよ。長谷川に切れられたら困るからな」
「その代わり、後は俺がもらうで」
「わかった。ほなな」
「そう言う事や、お嬢ちゃん。俺の兄弟とお前の親父とは今ちょっとした抗争やっとってな。お前が取引のカギと言う訳や」
その部屋には組長の芦沼を始め、主だった幹部達が揃っていた。組員達も周囲を警戒していた。ないとは思うがもしかして長谷川の襲撃があってはいけないと言う事で。
その時入り口のドアが静かに開いた。入って来たのは鳴海と金高だった。
鳴海が金高に詩芽が攫われたので今から助けに行くから手伝えと連絡した。
半信半疑だったが、詩芽が道場に来ず連絡なかったので、何かあったのかと金高は心配していた所だった。
詩芽はどんな事があっても連絡もせず無断欠席するような子ではなかった。
鳴海から連絡を受けて、金高は直ぐに子供のクラスを中止し、鳴海と共にここに駆け付けたと言う訳だ。
詩芽が入り口の方を見て「師匠」と言った時には、鳴海は既に詩芽の横まで来ていた。そして詩芽の横にいた組員を倒して詩芽の縄を解いた。
「爺さん、これから先はあんたの仕事だ。この子を守ってやれ。俺はこいつらを倒す」
「なんじゃおんどれは」
「俺かい。俺はこの子のボディーガードさ」
「なんやと、おんどれ一人で何が出来る言うんじゃい」
「そう見下したもんでもないぜ。俺の名前は鳴海と言う。覚えておいてもらおうか」
「なんやと、鳴海じゃー」
「オヤジ、鳴海言うたらもしかして大阪の『やくざ狩り』とちゃうんですか」
「ん?、おんどれが『やくざ狩り』言われてる奴かい。
面白いやないけ、俺が片を付けたろうやないか」
この時鳴海は既に髪の毛を逆立てた「やくざ狩り」の容貌になっていた。
「爺さん、悪いがあんたらがいたら邪魔になる。その子を連れてどっか安全な所に行ってくれ」
「わかった。そうしよう。では後は任せたぞ」
そう言って金高と詩芽は出口に向かって走りだした。
表の見張りや警戒をしていた奴らは、ここに来る前に鳴海があらかた倒していた。
「逃がすか、またんかい」
そう言って駆け出した二人の組員は、急にバタンとその場に倒れた。これも鳴海が指弾を使ったのだが、それが見えた者は誰もいなかった。
「なんじゃ、何しやがった。おんどれは」
「ごじゃごじゃ、うるせえんだよ。てめらは。それじゃこれからじゅっくりと喧嘩を楽しもうじゃねえか」
この時から鳴海の蹂躙が始まった。まさに千切っては投げ、千切っては投げの状態だった。
抵抗出来る者など誰一人としていなかった。瞬く間にここにいた組員全員が倒された。
「あとはお前一人だ。どうするんだ芦沼よ。確か片を付けるとか言ってたよな。じゃー付けてもらおうか」
「クソが。たたっ殺したる」
そう言って倒れた組員が持っていた日本刀を拾って、鳴海目掛けて切りかかってきた。
芦沼も素人ではない。刃の下を潜った喧嘩もしてきた男だ。人の殺し方は知っていた。
しかし相手が悪かった。いや悪過ぎた。振り下ろした刃を鳴海は二本の指で挟み止めていた。
押せども引けどもびくともしなかった。まるで万力に挟まれたように。
「よう、こんなんで俺が切れるのか」
「ううう・・・」
いくら力を込めてもびくともしない。
「舐めてるのかお前は」
そう言って挟んだ二本の指で鳴海は刃をポキンと二ツに折り、そのまま挟んだ刃を芦沼の足元に投げつけた。
折られた切っ先は芦沼の靴を貫いて、足の甲から床に突き刺さり床に縫い付けられてしまった。
刃の半分以上がめり込んでいた。足から抜く事さえ出来ない。そしてその痛さは脳天を貫いた。
動けなくなった芦沼の顔に鳴海はビンタをくれた。一発二発三発と。ビンタは思う以上に痛いものだ。
体内にはダメージを与えないが顔の表面がおたふくの様になって行く。これを繰り返されて耐えられる者はいない。
これこそ最高の拷問だと言えるだろう。ビンタされる毎に顔と足の痛さが身体を貫く。もう少し続けられたら発狂しただろう。
「たすけて・・・たすけてください」
芦沼はもう面子も外聞もなく泣いて許しを乞うていた。
「いいか、ようく覚えておけ、俺に逆らうと言う事がどう言う事になるか言う事をな。次はないぞ。そしてお前の兄弟分の小崎に伝えておけ。この落とし前はきっちりとつけてさせてもらうから首を洗って待ってろとな」
そう言って鳴海はその部屋を後にした。
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