第5話 芸能人の警護とある娘の警護
ストーカーの仕事の手際が良かったのか、依頼者、吉村頼子からの紹介もあって、少しずつ仕事の依頼が来る様になった。
しかしまだ鳴海の仕事の内容を理解してないようで、浮気調査や人探しのような依頼の方が多かった。勿論鳴海はそれらは全て断った。
『何を考えているのか。やはりこの国ではまだ危機意識がないと言う事か。探偵の仕事にしても浮気調査が主流ではそうだろうな。自分達の身に何か危険な事が起こるとは夢にも考えてはいないんだろう。良くも悪くも平和ボケした国と言う事か』
本当なら少しでも仕事になる事はこなして、お金を稼いだ方が良いのだろうが、鳴海にはその気は更々なかった。そんな時、一つの変わった依頼が舞い込んで来た。
それは、ある東京の芸能プロダクションからだった。
この大阪で興行を打つ事になったらしいのだが、小さなプロダクションの為、大阪の大手プロダクションや、仲介人の協力が一切受けられず、その上最近人気が上がって来たそのプロダクションの歌手に嫉妬した大阪の大手プロダクションが嫌がらせをやっていると言うのだ。
嫌がらせと言っても、直接手を下すのではなく、間接的に邪魔をしたり圧力を掛けて来たりと言う事だった。まぁ、よくある話だ。
ただ今回の興行で、興行主への挨拶と言うのがあるのだが、色々と噂を聞くと今回の興行主は、どうやらやくざのフロント企業のようで、今回の目玉歌手である曽根亜里沙(そねありさ)を連れて挨拶に来いと言う。
しかもその興行主と大阪の例の大手プロダクション、つまり今回嫌がらせをしているプロダクションとは、繋がりがある事がわかった。
相手が相手なので、どんな事になるかわからないので、その警護をしてもらえないだろうかと言う依頼だった。
依頼主はマネージャーの豊洲靖男(とよすやすお)と言う男だった。
日本の芸能界がどう言うものなのか、鳴海は全く知らなかったので、面白そうな依頼だと思い、それを引き受ける事にした。
一般大衆と言う者は、スクリーンの外側でその虚飾された世界を見ている。
そしてその華麗な世界に憧れ、自分も出来ればその世界に身を置きたいと思う者も多くいるだろう。
しかしどんな世界にも表と裏、光と闇と言う物はある。
どんなに華麗に見えるものでも、その裏ではどす黒いものが蠢いている。それは芸能界と言えども例外ではない。
警護する相手は19歳。芸名は曽根亜里沙だ。本名は知らないがそれはこの際どうでもいい。
ともかく可憐な可愛い女の子だ。テレビで良く見る歌手だ。それなりに有名ではある。
まだ世間知らずな可憐な少女と言う感じに見えたが、話してみると意外としっかりとした意思を持っていた。言う事もハキハキと言う。むしろ勝気な方だろう。
テレビで紹介されているイメージとは随分違うようだ。
イメージ・メイキングで、その逆のイメージを作っているのかも知れない。まぁ、これは業界のセールス・テクニックなんだろうと鳴海は思った。
興行が始まる前に、興行主の谷中源吾(たになかげんご)と言う人物に挨拶に来いと言う事だった。
場所も指定されていた。そこで鳴海は彼女のスタイリストと言う肩書きでついて行く事にした。
場所は一応料亭の様な所ではあったが、恐らくこの男の息の掛かった所なんだろう。至る所でどす黒い気を感じ取る事が出来た。
これは正に可憐な蝶が、邪悪な蜘蛛の巣に追い込まれると言う筋書きだなと鳴海は思った。しかし面白い。
行ったのは三人、曽根亜里沙本人と、マネージャーの豊洲靖男、それと鳴海だ。通された部屋は、広い18畳の和室だった。
その床の間を背に谷中源吾が座っていた。左右に幹部と思しき二人が。
それから少し離れた両サイドにもう二人ずつ、計七人がいた。見て直ぐにスジ者とわかりそうな面構えをしていた。
「やーわざわざきてもろて悪かったな。まぁ一杯やってや」
「あのーこの子はまだ未成年なもので申し訳ありません」
「なんやて、わしの酒が飲めん言うんかい。この業界におって、この歳で未成年では通らん事くらいあんたかてわかってるやろうが」
「はい、ですが」
「いいわ、マネージャー、私飲む」
「ほう、ええ子や、それでのうてはな」
「おい、ついだれ」
「はい」
「あのーそのお酒ってまさか、九州の銘酒と言われる「魔王」ではありませんか」
「ほう、よう知っとるな、そうや」
「そのビン少し見せてもらってよろしいですか。こんな機会は滅多にないものですから」
「しゃーないの。ええやろ。見せたれ」
「はい」
そう言って鳴海はその酒のビンを撫でる様にしながら中味を探っていた。
「それにしてもいいものですね」
そう言いながら気のセンサーで探った中味には、やはり睡眠薬が混入されていた。
まぁ、大事な興行前だ、自分達だって興行で入って来る金を無くしたくはないだろうから毒殺と言う事はないだろう。
だがこれくらいの事はするだろうと鳴海は思っていた。そこで空かさずその薬を無効化した。もはやただの酒だしかも薄めてある。『これでいいだろう』
「いやー良いものを見せていただきました。あのー私が亜里沙についでやってもいいでしょうか。その方が安心すると思いますので」
「まぁ、ええやろう」
「では」
そう言って鳴海は曽根亜里沙に酒をついでやった。その時に鳴海は左目でウインクをして、「亜里沙ちゃん、こんな良い酒だときっと気持ちいい酔い方が出来ると思うよ」と言った。
曽根亜里沙とは、前もってこう言う事になった時の合図を決めてあった。
鳴海が左目でウインクしたら、大丈夫と言う合図だった。そしていい酔い方が出来ると言うのは、酔った振りをしろと言う意味だった。
その酒を飲みほした亜里沙はしばらくして「あたしなんだか少し眠くなって来たみたい。ごめんなさい」そう言って横になった。
「ほーよっぽど疲れてたんやな。隣に休むとこを用意をしてあるんで、そこで休ませてやれ」
そう言って隣の部屋の襖を開けた。そこにはベットの用意がしてあった。
「な、なんなんですか谷中さん、これは」
「今更何言うとる。そんな事は初めからわかとるやろうが」
「いいえ、それでは話しが違います」
「おまえ、何言うとるんじゃ。おまえここから生きて帰りたいんやろう。ほんなら黙って見とらんかい」
その時サイドにいた四人が豊洲の周りを取り囲んでいた。
「相変わらずやくざと言うのはくだらん真似をするんだな。進歩のない奴だ」
「何やと、何ぬかしとるんじゃ、おまえも死にたいんか」
「それは俺に喧嘩を売ってるのか」
「ならどうや言うんじゃ」
「面白い、まだこの鳴海に喧嘩を売るやくざがいたとはな」
そう言った途端、鳴海の容貌が変わった。髪の毛は逆立ちメガネを外したその顔は精悍そのものになった。それはまさに「やくざ狩り」と言われた鳴海の顔だった。
そして立ち上がった鳴海からは、強烈な野生の猛獣の精気が立ち昇っていた。
その気に逆らって立っていられる者は一人もいなかった。全員が畳の上に腰を落としていた。谷中源吾に至っては腰を抜かして動く事さえ出来なかった。
「谷中、お前の親組織は何処だ」
「ええっ」
「だからお前の親は誰だと聞いてるんだよ」
「いえ、それは・・・」
「おい、そっちの。何処だ」
「は、はい。谷岡組です」
「谷岡組だと。天王寺の谷岡か」
「そうです」
すると鳴海は、自分の携帯で谷岡組に電話をかけた。それは組長への直通番号だ。
「もしもし、谷岡さんかい。俺は鳴海だ。今お前の所のフロント企業の、谷中興行の谷中と言う奴が、俺に喧嘩を吹っかけて来てるんだがどうする。俺とまた喧嘩をするか。今度は前みたいなもんでは済まんがな」
「おい、谷中、電話に出ろとよ」
「はい、はい、オヤジ、わかりました。そう致します」
「で、どうするんだ」
「すいません。申し訳ありませんでした。どうかご勘弁ください。そちらの意向は全て無条件で飲ませていただきますのでそれでお許しください」
「わかってるな。今後お前達が横槍を入れられたりしたらどうなるか。また何処のどいつでも邪魔をしない様に見張れ。もしそんな奴がいたら徹底的に排除しろ。わかったな。嫌とは言わせん。いいな」
「はい、わかりました。その様にいたします」
「じゃー帰りましょうか、豊洲さん。それと亜里沙ちゃん、もう寝たふりはいい。帰るぞ」
そう言って部屋を出た所で
「ねーあたし酔っぱらっちゃった。鳴海さんおんぶして行ってよ」
「いい加減にしろ」
「ほんとうだって。それにあたしは依頼者なんだからさ、大事にしなきゃいけないんじゃないの」
「おい」
「すいません、鳴海さん。こいつがこう言い出すと聞かなくって」
「なら表のタクシーまでだ」
そう言って鳴海は亜里沙をおぶって行った。
それから何日かして、またマネージャーの豊洲と曽根亜里沙が事務所にやって来た。今度は二人共晴れ晴れとした顔をしていた。
「ありがとうございました。鳴海さん。興行は大成功でした。あれから何の問題もなく、全てスムーズに行きました。その上興行主に払う礼金も、今回はいらないとか。何だかあちらさん、オドオドしてましたが、一体何がどうなってるんですか」
「まぁ、上手く行けば、それでいいじゃないですか」
「それでさ、DVDもブロマイドも物凄く売れたんだよ。これもみんな鳴海さんのお陰です」
「そうかい。それは良かったな、亜里沙ちゃん」
「お礼にあたしのサイン入りのDVD、あげる」
「それじゃーもらっとくか」
「あのさーあたしの歌、聞いた事ある?」
「あはは、生憎と俺は歌謡曲は聞かないんでな」
「なんでよ、じゃーさー、ここであたしが聞かせてあげる」
そう言って亜里沙はアカペラで歌い出した。
「おいおい」
そして最後に、
「ねー鳴海さん、東京に来たら絶対あたしに会いに来てよね。約束だからね」
曽根亜里沙はそう言って、まるで突風のような勢いで来て、そして去って行った。
「ほんとうにお世話になりました」
と一礼してマネージャーの豊洲も去った。
やっと落ち着いたので、下の喫茶店に降りて行ったら、マスターが
「鳴海ちゃん、あのさーさっきここに来てたん、歌手の曽根亜里沙と違うの?」
「そうだよ」
「なんで、なんで曽根亜里沙がここにいるんや」
「いや、ちょっと仕事の事で。もう帰ったけどね」
「そうなんや。おしかったな。サインも貰いたかったのに」
「でもさー、あの子ってまだ19だよ。マスターの年代じゃないだろう」
「あれー知らんのかいな鳴海ちゃん、あの子わしらの年代にもファンが多いんやで。歌上手いし、可愛いし、可憐やしな」
「そうかな、実物見て幻滅しなければいいんだけどね」
ただこの時、例の大阪の大手プロダクション、『弁天プロダクション』の社長、谷本は事が上手く行かず、苦々しい思いをしていた。そして、
「あのプロダクションも、曽根亜里沙も必ず潰してやる」と言っていた。
それからしばらくして、今度は年の頃なら50前後と言った、ちょっと渋い感じの壮年の男性が事務所を訪ねて来た。
きちんとした身なりはしているが、やはり何処かに崩れた所の見える男だった。
「実はお願いしたい事がありましてやって参りました。
私、神原と申します。ボディーガードをお願いしたいのですが」
と腰の低い丁重な依頼だった。
「それはいいんだが、俺はやくざの用心棒はやらない事にしてるんだが」
「やはりおわかりでしたか。でも私共のボディーガードではありません。うちのオヤジの娘さんのです。今年で16歳になります」
「組長の娘なら自分の所でいくらでも手があるだろう」
「いえ、それが娘さんは組とは全然関係のない所でお住まいなんです」
「それはどう言う事なんだ」
「実は娘さんは正妻のお子ではなく外で作った愛人の子供なんです。それに年を取ってから出来た娘さんですのでオヤジが物凄く可愛がっておりまして目に入れても痛くない程に」
「何故その娘が狙われるんだ」
「今組ではちょっとした抗争が起こっておりまして、その煽りを食って娘さんに危害が及ばないようにと言う事で」
「その可能性があると言う事か」
「はい、何しろ相手はあくどい手を使う事で有名な組でして。決して安全ではないと言う事なんです」
「つまり人質にされては困ると言う事だな」
「はい。左様でございます」
「それにその娘さんには私どもの世界とは無縁の所で育って欲しいと言う事で父親がやくざだと言う事は話しておりません」
「それで俺にボディーガードをして欲しいと」
「左様でございます」
「しかし俺の様な者でもボディーガード入ったらその娘もおかしいと思うだろう」
「ですからそこを何とかわからないようにガードしてはいただけないでしょうか」
「それはまた難しい注文だな」
「わかっております。しかしこんな事をお願い出来るのは貴方様をおいては他にいないと思いまして」
何時の世でもそうだが、こう言う裏社会の抗争と言う物は、「百害あって一利なし」。
一般人に取っては無価値で迷惑なだけでしかない。そしてそれはまた人の生命、財産を脅かすものでもある。
何故こんな者達が世の中に存在するのか。また警察は何故何年掛けても壊滅出来ないのか。戦後70年が過ぎた今ですら、反社会勢力は健全に社会にはびこっている。
まぁ、これは何も日本に限った事ではない。どこの世界でもこの手の組織はある。そして誰も完全排除は出来ないでいる。
鳴海はこの手の裏社会の組織を壊滅させるには、人間そのものをこの世から消すしかないと考えていた。
つまり裏社会とは人間の持つ心の裏側、半面だと言う事だ。人に欲や闘争心と言うものがある限りこれはなくなる事がない。種としての性と言えるだろう。
もう一つ方法があるとすれば常に戦い安全を勝ち取る事だ。
平和や安全と言う物は言葉や一片の紙で成立するものではない。血と汗の成果として勝ち取るもの。鳴海はそう思っている。
「で、その娘は今何処にいる」
「奈良でございます」
「奈良か。それじゃー出張ガードと言う事になるが」
「やっていただけますか。費用の方はいくら掛かっても構いません」
「まぁそこまでぼったくるつもりはないが、必要な費用はもらうが」
「ではやっていただけるのですね。ありがとうございます。これでオヤジも安心すると思います。鳴海様の実力は十分承知しておりますので」
「仕方ないな」と鳴海は詳しい依頼主と警護対象者の情報を確認して奈良に向かう事にした。
最近鳴海は、1台の中古車を手に入れた。
それはスカイラインGT-Rの3台目、BNR32型エンジンを搭載したマシーンだった。これに鳴海は更に手を加え、500馬力のモンスターマシーンに改良していた。
鳴海は車が好きだ。特にスポーツカーが。
戦場で普通の車を走らせる事はないが、戦闘車両の運転は状況に応じて必要なのでどんな物でも運転出来る。勿論戦闘機も。
だから鳴海にとって車とは、場所から場所に移動するだけの物ではなかった。
勿論運搬用車両と言う物はある。しかし鳴海に取って車両とは機能重視の物だった。
だから日常の車にしても、鳴海はただ動くと言う事だけで車を捉えてはいなかった。
やはり車とは走る、曲がる、止まる、と言う機能を備えてこその車だ。しかもそれは性能が高い方がいいに決まっている。
だから鳴海はスポーツカーが好きだった。そして自分でもよく走らせていた。
今回は奈良行きだ。これで行くかと愛車に乗り込んだ。
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