第3話 佃組600人の精鋭部隊

 佃は連絡のつく限りの所に電話して戦闘員を集めた。


 生半可な奴ではだめだと思っていた。胆の据わった、人殺しを何とも思わない精鋭達。それをかき集めた。勿論その中には正も入っていた。


 そして正はこう思っていた。


『あの時は不覚を取ったが、今度は組の命運がかかっている。それにこれは喧嘩じゃない、命のやり取りだ。それならまだ勝算はあるはずだ』と。


 佃は親戚筋にも連絡を取って集めた精鋭は600余人だった。


 これにチャカやドスと言った道具を持たせて万全の態勢を整えた。今度こそあいつをあの世に送ってやると。


 勿論事は秘密裏に進められてはいたが、やはりこう言う事は何処かから漏れるものだ。キナ臭い動きがあると同業者の間でも噂が立ち始めた。


 そんな時、大阪府警の組対四課の川北にもその話が持ち込まれてきた。川北は部下の太田に


「ミナミ界隈で、何かおかしな動きがあると言う話知らんか」

「いえ、特には。何かあるんですか」

「まだはっきりした事はわからんのやがな、わしのSがそんな事言うとった」


「それって、この間の発砲事件と何か関わりがあるんですかね」

「わからんが、火種はどうやら佃組みたいや」

「佃組ですか。結構大物ですね」

「一丁調べてみるか」

「はい」


 この話は官邸にも持ち込まれた。


「何だって、戦争だって」

「いえ、まだそこまでは行ってませんが、どうやら鳴海が、やくざ相手に喧嘩を仕掛けたようです」

「しかし君、もしそんな事になったらどうなる。あれに武器を持たせるようなものだろう。やくざとの戦争だけですんでくれればいいが、もしそれが一般市民に飛び火でもしたら」


「そうなんです。私も心配するのはそこです。更にそこに警察が関与したら、警察も敵対相手と見なされるかもしれません」

「その場合の被害は」

「わかりませんが、彼の実力からして、恐らく警察官の500人や600人が出ばったとしても全滅かと」

「おいおい、それは大問題だよ。国内でそんな事が起こったら内閣の威信を問われる」


「そうですね、ですから今ここで取れる最良の方法は、

警察に関与させない事でしょう。どっちみち相手はやくざです。どっちが死んでも世の中の為にはなるかと」

「そうだな。では警察当局に指示を出したまえ」

「はい」


 ここはここでまた、とんでもない策略をめぐらせていた。


「川北さん、一体どうなってるんですか」

「わしに聞くな。わしかて腹立ててるんや」

「どう言う事です。現場に近づくな。何があっても関与するなって。そんなん滅茶苦茶やないですか」

「わかっとるわい、そんな事は。しかしこれは超法規的処置やと言うとった」

「なんですか、それは」

「わからんが上の方で決めよったんやろう」


 現場では一般市民に対して回避誘導が取られていた。ただ時間が時間だけに、この時間にここに来る者は殆どいなかったのは幸いだろう。


 当日、夜がまだ明けきってない早朝に、やくざの精鋭部隊はその戦場に集結した。総勢600余名。対するは鳴海一人。


 常識では戦争どころか喧嘩にすらならない数だ。しかし相手は世界最強の傭兵、『戦場の死神』とまで言われた男だ。この戦争、果たしてどちらに勝利の女神が微笑むのか。


 鳴海は黒い戦闘服の上下に、長めのマントコートの様なものを羽織っていた。


 鳴海の事だ、普通のコートではないと思われる。そして捨てられてあった、ミカン箱の様な物を立てて静かに腰を掛けて待っていた。


 対する佃組は、先頭に拳銃部隊80名を要していた。これで勝敗を決するつもりでいた。

 

 後はあくまで予備軍だ。バックアップに過ぎない。ただこの数だ、これはこれで相手に対する威圧にはなる。


 第一80丁もの拳銃を前に、どう戦おうと言うのか。それこそバズーカ砲か何かでも持って来なければ勝負にならならいだろう。


 そして戦闘の火蓋が切られた。拳銃を持った一団が鳴海に近づいた時、鳴海のマントの裾から持ち出された物は、大きな丸いドラムマガジンの付いたマシンガンだった。


 ただ中に装填されていたのは、普通の弾丸ではなく超小型のミサイル弾だ。こんなものが世の中にあったのかと言う様なものだ。


 それを鳴海は、先頭集団の足元に撃ち込んだ。その衝撃で一瞬にして数十名が吹き飛ばされた。


 4発のミサイル弾で拳銃部隊は沈黙した。それこそ戦争にすらならない。


 その後鳴海は、そのマシンガンを何処に隠したのか、代わりに黒光りする木刀を取り出した。鳴海の取り出した木刀だ、普通の木刀であるはずがない。


 そして鳴海は残りの組員目掛けて突っ込んで行った。鳴海が木刀に気を込めると、微かに黄色く光り出した。


 そしてその一閃で、十数名が一瞬にして弾き飛ばされた。これは木刀で打っているのではない。


 鳴海の身体から発動された気を木刀に乗せて、その剣気で打っていた。


 しかもその剣気を浴びたものは、身体の全活動脈が麻痺させられてしまう。動けない生きた死人みたいなものだった。


 これもまた戦争にもならなかった。数分で600余名の精鋭部隊が壊滅していた。鳴海は誰も殺してはいなかったが、佃組の被害は膨大なものだろう。


 一人一人が動けない。生きた死人だ、寝たっきりの病人と同じだ。


 人員の損出だけではない。600人もいれば介護や看病にかかる費用もバカにはならない。しかもそれがどれだけ続くのか。


 今更悔やんでも後の祭りだが、まさか佃もこんな事になるとは想像もしてなかっただろう。


 ただここは本当の戦場ではなかったので、鳴海は『戦場の死神』にはならなかったが、確実に『疫病神』である事は間違いなかった。

 

 鳴海としても、日本国内と言う事で、大量殺人は踏み止まったと言う事だろうか。


 しかしこの男は、そんなに甘い男ではない。必要とあればいつでも『死神』になれる男だ。例え敵が何千、何万人いても。


 そして鳴海は最後の仕上げに入った。佃組本部で報告がなされていた頃、鳴海もまた佃組に向かっていた。


「オヤジ、えらい事ですわ。みんなやられました」

「みんなやられてってどう言う事や」

「そやから、ほんまに皆やられてしもたんですわ」

「なんでや、チャカ80丁も持たせたやないか」

「それがオヤジ、あいつ小型のミサイル弾を持ち出して

発射して来たんですわ」

「なんやと、ミサイル弾やと。そんなもんがあるんか」

「わしかて知りまへんでしたがあいつは持っとりました。それで拳銃部隊は全滅ですわ」


「それで他は」

「それが・・・」

「なんやねん。はよ言え」

「これもまた信じられん話ですが、木刀でみんなやられたそうです」

「木刀やと、おまえ何言うとるんや」

「ほんまです。木刀で一閃する毎に十数名が飛ばされて、倒されてしもたそうです」

「おまえ、夢の話でもしとるんか」

「夢やったら覚めて欲しいんですけど、ほんまらしいですわ」


「どう言うこっちゃ、それは」

「要するにあいつはバケモンや言う事ですわ。わしら人間が相手出来る奴やありまへん」

「それよりも、倒された奴らがそのままですよって回収に行ってやらんと」

「わかった。手配してくれ」

「わかりました。ほな行って来ます」


 そう言って頭の岡部が部屋を出た後に、ひょっこりと鳴海が首を出した。


「よう、どうだい。報告は受けたかい」

「おまえ、何でここに」

「そりゃ、まだ決着がついてないからな」

「決着とはどう言う事や」

「大将同士まだ生きてるだろうが」

「おまえ、わしの玉取ろう言うんか」


「取ってもいいんだけどさ、そんな汚い首もらってもな」

「なんやと、ほな何が欲しいんや。金か」

「金ね。金は十分持ってるから別にいいよ」

「ほな、なんや」

「そうだね、じゃーちょっと印でも付けとくか」

「な、なんやと。印ってなんや」


そう言うと鳴海は佃に近づいて佃の胸に人差し指をまげて一本拳(第二関節の先端)で突いた。


 特に痛みはない。少し黒ずんでだだけだった。


「『三年殺し』って言うの知ってるか。そこから痛みが始まってやがては体が動かなくなって三年後に死ぬ。ただ俺のは半年位で結果が出るがな」

「なんじゃ、それは。漫画の見過ぎやろう」

「だといいな。それを治して欲しければ謝りに来い」


 これも一種の武術の秘技に当たる経絡秘孔への攻撃だ。


 特別な技と言う事でもない。ただ奥義には属するかもしれない。個々の流派でも伝承されている所はあるだろう。


 人間の体には数百に及ぶ秘孔(急所)がある。そこに指で点穴を行うと身体が痺れたり動かなくなったりする。場所によっては死ぬ事もある。


 ただし鳴海の点穴は普通の点穴とは違う。点穴を行う時に鳴海は気を入れて打つ。これで細胞が滅亡して行く。鳴海が解穴するまでは。


「これであんたの寿命は決まったようなものだ。俺が治さない限りどんな医者でも治せないよ。まぁ、色々やってみるんだな。それじゃーな」


 そう言って鳴海は去った。


「ま、待ってくれ」


 佃は不安に駆られて途方に暮れていた。


 時間が経てば経つほどこの効果は増大する。何処の医者に診て貰ってもわかならない。こんな物は存在しないと言われた。しかし日に日にその痛みはひどくなり、黒点も広がって来た。


 そうなると鳴海に治してもらうより手がなくなってしまう。それは取りも直さず鳴海に屈服する事になる。


 官邸では首相と法務大臣が報告を受けていた。


「で、どうなった」

「それが、実はわからないのです」

「わからないとはどう言う事だね」

「いえ、結果はわかっているのですが、その状況が全く掴めませんでした」


「どう言うことだね、それは」

「実は偵察に向かわせた者達全員が眠らされてしまったのです」

「誰にだね」

「それがわかりません。何かの薬を嗅がされたのかそれともまた別の方法でか。ともかくその闘いの最中の事は確認が取れなかったと言う事です」

「ただ結果の確認は出来ました」

「それで」


「はい、佃組の600人程は全員が倒されてしまいました。それも短時間の内に。彼らが目が覚めた時には全てが終わっていたと言いますから。その間15分程度ではないかと」

「それは本当かね。たったそれだけの時間で。それで皆殺されたのかね」

「いいえ、誰も。ただ」


「ただ、何だね」

「全員、死人の様に動かないのです。勿論死んではいません。脈はあったそうですから」

「どう言う事かね、それは」

「わかりません。ともかく何らかの方法を使ったのでしょう」

「ふーむ」


「しかし信じられんな、たったそれだけの時間で600人余りを倒すとは」

「正直私も驚きました。まだまだ過小評価していたようです」


「もし、もしだが、そこに警察官を導入していたらどうなっていただろうかね」

「わかりませんが、今回の実力からして同じ結果に終わったのではないかと。もしかすると更に悪い結果も予想出来ます」

「それは」

「もし彼が警察の導入に腹を立てたとすれば全員が殺される事もあり得るんではないかと」

「それほどの男かね」


「はい、彼の戦場での二つ名をご存知ですか」

「いや、知らんが」

「『戦場の死神』と言うそうです」

「『戦場の死神』か、関わりたくないものだね」

「はい、確かに」

「やはり世界のトップシークレットのリストに載る男は伊達ではなかったと言う事か」



 その頃大阪府警の川北と太田は


「なぁ、太田、おまえどう思う」

「どう思う言われましても、我々にはどうする事も出来ません」

「確かにこの事件は書類上終わったかも知れんが、わしらの関わった事件の本筋はまだ終わってないやろう」


「それはどう言う事です」

「この二つの事件の被害者や。被害者言うても被害は受けとらんかも知れんが、誰が狙われたかまだわかってないやろう」

「でもそれは何処の誰かも」


「そうや、確かに第二の事件に関しては何もわからん。しかし第一の事件では目撃者もおる。ちゃんとマルタイはおるんや。それなら探せん事はないやろう」

「川北さん、マルタイ探すつもりですか」

「それしかこの二つの事件を解く鍵はないやろう」

「そうですね」


「それにな、この事件、どうもやくざ絡みの様な気がするんや」

「なんでですか」

「普通の人間がプロのヒットマンに狙われるか。しかももし有名人ならあの店でもわかったはずや」

「一般人が知らん有名人と言う訳ですか」

「そうや、ほな誰になる」


「やっぱり裏家業の人間かそれに近い人間と言う事ですかね」

「ああ、そうや。しかも2度も狙われる程のな」

「川北さんはあの2回の標的は同一人物やと思てはるんですか」

「そうや、そうでなかったらおかしいやろう」


「2回とも標的が誰かわからん。そして二人共プロのヒットマン。そして2回ともヒットマンの方が死んだ。これが偶然である訳ないやろう」

「そうですね、でも」

「そうや、そうなると標的はとんでもない相手と言う事にならへんか」


「プロのヒットマンに狙われて生き延び、逆にヒットマン全員を殺せる人間と言う事ですか」

「そんな人間が普通の人間であるはずがないやろう」

「と言う事は」


「こっちもプロやと言う事や。それも殺しのプロやろう。もしかしたらそれが『死神』かも知れん」

「川北さん、それってなんかやばないですか」

「かもしれんな」


「しかもそれだけやない。何か上の方が絡んどる」

「上の方言うたら刑事部長ですか、それとも本部長」

「いや、もっと上やろう」

「もっと上言うたら警視庁」

「いや、それはない。いくら警視庁でもここまでは影響力ないやろう」

「ほなら」

「警察庁かもっと上、そんなとこかな」

「警察庁より上言うたら、そんな」

「それもあり得ると言う事や」

「一体上は何を隠しとるんや」


 その頃鳴海はせっせと残りのやくざ狩りをやっていた。そしてその頃から、鳴海と言う名前をちゃんと名乗っていた。


 それと供に、あの佃組を壊滅させたのは鳴海と言う『やくざ狩り』だと言う噂が内々で広まっていた。


 こう言う事は何時までも隠しておく事は出来ないと言う事だ。


 大阪ミナミを中心としたやくざ組織の大半は鳴海に叩きのめされてしまった。


 と言っても、鳴海がそれに取って代わってしまを支配した訳でも、新しい代紋を揚げた訳でもない。


 叩きのめされたと言っても殆どの組はそのまま存続していた。だから鳴海の事が表沙汰になる事はなかった。


 ただやくざ達に取って鳴海と言う名前は『疫病神』以外の何物でもなかった。その名を聞くだけでみんな震え上がった。

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