第23話
霊力があった。
そしてそれは数万年の時を経ても引き継がれ、現在も使用されている。
先程の光景を思い浮かべれば、すぐ納得はできる。
レーの死後、ファルケンハウゼンという身分を隠し放浪していた。そんな私に声をかけてくる果ての孤島出身の者が多かった。
必ずしもリズ一族とは限らないが、話しかけてくる内容は『あなたに2体の霊がついています』という話だった。聞く気すらなく、勝手に話してきたやつは殺そうかと思った。
――実際に、レーの特徴とアナの特徴を口頭で話された時は、怒りのあまり消滅させたこともあった。
今ここで霊力を認めてしまえば苦しむことになる。
あの放浪の日々に出会ったリズ一族の言葉を聞きレーと意思疎通ができたかもしれない。
何万年に渡ってレーを探し続けることも、なかったかもしれない。何万年もの孤独感を、いつか必ず会えるという希望を、どんなに探しても見つからない絶望感を。
……全て、なかったかもしれない。
私は幾度ものチャンスを逃し、挙句の果てに殺した。ああ、魔王らしく愚かな姿。レーはあの時、見ていたのだろうか。
美しいと褒めてくれた美貌が消え、魔力の化身のような、悪魔のような見た目をした私を見ていたのだろうか。
「ついていたのは一体……だったわね」
記憶を何度もほじくりかえすが、変わらない。アナみたいな霊だけだった……つまり、レーはどこかに………行ってしまったのか。
どこに?
レーは私を見限って離れてしまったのだろうか?
永遠を誓った、あの夜の約束を忘れたのだろうか。
私は……見捨てられてしまったのだろうか。
もはや、絶望の渦に巻き込まれてしまいそうだった。
自らの手でチャンスを逃したこと、見捨てられたこと。ああ、死んでしまいたい。そう思って刃物を体に突き刺しても、私は死なないのだ。
「ただいま〜……って、大丈夫?」
「……あ?ええ…大丈夫よ」
呑気にコンビニ袋をぶら下げる彼は、悔しいことに察しがいい。すぐ黙って冷蔵庫にものを入れた後、私の横に座った。
「何かあった?」
「別に……なにも。」
そう、なにもない。
最初から何も、なかった。
何も無かったんだ。アナも、レーも、目標も、夢も、誓いも、本当に本当に全て失った。
「紫乃宮」
「…?」
絶望に暮れる私の目の前に、ニコニコと立っている。ああ、なんて空気が読めない男なんだろう、なんて思ってしまった。
「めっちゃ美味しいケーキ買ってきたから食べようぜ」
「ケーキ…………」
ただ呪力で生かされている不老不死の私は、食事なんてとる必要はない。
時々気分で食べたりもするけれど、現代の味は私の口に合わないことも多かった。
甘いものなんて尚更、興味がなかった。
もうずっと……食べていない。
「……1口、食べて美味しくなかったら」
「その時は俺の事消してもいいよ、それくらい美味いんだから、コレ。」
「そう」
焼き目のついた黄色いケーキ……チーズケーキだろうか。時々街中で見かけるやつだ。
チーズも、ケーキも好きではない……だから刺さらない、と思っていた。
「……美味しい」
思わず零れてしまった「美味しい」、そんな言葉はいつぶりだろう。思い出せないほどに溶けてしまったその言葉を、もう一度取り戻せたのは……このケーキと、なによりも海辺くんのおかげだ。
「え!?もう食べきったの!?」
「美味しかったから」
少し恥ずかしくて、目を背けてしまう。
すると海辺くんはまた目の前に立って、ニコニコしてきた。
「大切な人を探すのももちろん大切だけどさ、せっかく生きてるんだからその為だけに生きるんじゃなくて、美味しいもの食べるとか楽しいことをするとか……そういう小さな幸せに目をくれてもいいんじゃない?」
「そんなこと……」
「もちろん、探しながらな。メインは探すこと!だけどサブで色んな幸せを堪能してみた方が…俺はいいと思うけどね」
そんなこと、考えたこともなかった。
レーと出逢うまでは空っぽの私だった。レーと出逢ってから教えてもらった全ては、結局レーだからこそ持っているもので、レーがいなければ私は成り立たないとまで思っていた。
初めてレーから教わったのは、街の大衆食堂の美味しさだったっけな。邸宅を抜け出して、平民人間に変装して行った夜の大衆食堂。食べたこともないような食材が並んでいた。
『あれは何?』『ああ、カエルだよ』『カエル…!?美味しいの!?』『シーッ、平民には当たり前の食材だよ』『そ、そうなんだ……』
そんなやり取りをしてでてきた、まるで泥水のような色の汁に浸かったよくわからない食材。『これはヘビ、こっちがカエル、それからソラトビ』『い、いただきます…』ドキドキしながら食べた一口、驚いた。脳に衝撃が来たような感覚がした。それくらい美味しかった。レーといて、ひとつひとつ世界が広がっていくのが楽しかった。
「……これからは、美味しくて珍しい食べ物でも探しに行こうかしら」
「お、いいじゃん!!羨ましいな〜」
「何言ってるの?あなたも一緒でしょ」
「え……あ、うん!ありがとう、じゃあ今度放課後にさ、うちの近くの中華料理屋行こうぜ」
「どんなものがあるの?」
「ラーメン、チャーハン、まぁなんか色々…町中華って感じよ」
「まち……ちゅうか……?よくわからないけど、今度連れていきなさいよ。」
そんなやり取りをしながら食器を片付けていると、なにか大切なものを踏んづけた気がした。
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