第22話


「ごめん、俺があんなこと言わなきゃ良かったのに」

「いいのよ、それより貴方……とても頼りになったわ。」


海辺くんはそれでも唸るが、彼がきっかけで起きたことではないのは確かだった。最初から獅音さんにはアナが見えていたこと、それが日常生活に支障をきたしていたことを考えれば、いつの日かはこうなっていたはずだ。


……そう、今朝の事だった。






「ちょっと、ちょっと」

騒がしい教室がいつにも増してうるさい気がした。もう一度「ちょっと」が聞こえ、あまりのうるささに右を向いたとき、彼女が私の横に立っていることに初めて気づいた。


「……私かしら?」

「そう。あのさ、アンタにでっかい霊ついてんだけどさ!!!!!!!」

「霊……?」


そんな会話をしていると、海辺くんが飛び込んできた。


「あーあのさー漫画の内容面白かったよね!!あのさ!!!今日3人で紫乃宮の家いこうよ!!!」


海辺くんがそう大きな声でいって、獅音〜〜自販機行こうぜ〜〜なんて行って彼女を連れ去って行った。念では、『獅音と紫乃宮は目立ってるから教室でよくわからない会話するのやめた方がいい!!』なんて飛んできていた。……なんかちょっとムカついた。



そうして、うるさい彼女の話を冷静に聞く為に我が家に呼び込んだのだった。


「それにしても獅音ってガチ霊媒師だったんだ……ってか、この世に存在する力って3つだったよな?」

「魔力と呪力、そして人間の創造力よ。霊力は、一応……果ての孤島に住む民族にだけ言い伝えられてるのを聞いたことがあるわ。最果ての民リズの解釈が正しいのなら、霊力はあるものだけど……」

「え?え?ちょっとごめん、なんかよくわからないから1から説明してくれる?」

「ああ……そうね。」


私がファルケンハウゼン当主だった時代の話だ。私たちが住む大陸から遥か先に、小さな島があった。あまりの遠さから果ての孤島と呼ばれていた。そんな浮世離れした孤島に住む、伝統的な民族がいた―――果ての孤島に住む民族、リズ。

リズ一族には代々、神が人類に与えたのは魔力、呪術、創造力だったが、適合するリズの民にだけ霊力が与えられたという話が伝えられていた。確か、生と死を司りバランスをとるのが役目だった…はず。

リズ一族が謎に満ちていることもあり、オカルトじみたその主張は誰も聞き入れなかった。別の宗派と言われることも無く、もはやデタラメな話として有名になっていった。


「そんな一族が………よく孤島で暮らせてたな」

「不思議でしょう、だから誰も彼らのことを信じなかった。なにか不正して暮らしているか、他国に支援してもらっているとか、本当は孤島で暮らしてないとか、そんな噂が平然と溢れていたのよ。」

「そうだったのか………ちょっとさ、ジュース買ってきてもいい?疲れちゃって。」

「いいわよ。私にも何か買ってきてくれると助かるわ」

「了解」


軽い足取りで海辺くんは飛び出して行った。

騒動の後、突然静かになった部屋では何だか寂しさを感じる。




リズ族が嘘つきだと思われているのは当たり前だった―――だけれど、あの日のリズ族の主張は嘘だとは思えなかった。


『ヴァレリア様!!どうか…お聞きください!!!』


原住民、という言葉が似合いそうな、動物の毛皮や羽をそのまま纏ったガタイの良い男性が、見た目に反して土下座していた。


『はあ…なんですか、次の客人がもう見えてるのです。お引き取りください。』

『私達は霊力があるのです、その力をヴァレリア様に捧げます。ですので……』

『対価に何をお望みですの?』

『……ヴァレリア様の保護魔術さえあれば、リズ一族は他国に攻め入られることもないのです。保護魔術を、かけていただきたいのです。霊力があるという証明はできます!』

『ほう、証明ですか……どのように?』

『私の視界をヴァレリア様に見て頂ければ、この世界が霊に溢れていること、霊力を神から与えられたことがわかると思うのです。』


前当主だった父親は、私を厳しく育てた。教育は成功しなかったのか、私は極度に冷たい心と同時に極度のめんどくさがり屋になってしまった。若くしてファルケンハウゼン当主となった、ヴァレリア・ディ・ファルケンハウゼン……あの時はまだ15歳だった。

つまり、とにかく面倒くさかったのだ。

付き人は早く切り上げないとまずいと念で教えてくるし、庭園で客人を待たせていた。

……なにより、おばけは苦手だった。


『はぁ…あなた達の力に興味なんてありません。しかし、果ての孤島に保護魔術をかけるなど朝飯前……私は困っている貴方達を見捨てるような魔術師ではありません。後日伺い魔術をかけるので、今日のところはお引き取りください。』

『ヴァレリア様……!!!本当に、ありがとうございます!!』

『いいですよ。では3日後に伺います。ヨナ、お客様のお帰りよ。』


土下座し、立ち上がった後も頭を下げ続けるリズ族の男性を執事・ヨナは無理矢理応接室から追い出した。


オカルトじみた彼らが求めていたのは、生きる為に必要な保護と支援………ただ、霊力を対価にと言えてしまうほどのあの恐ろしく真っ直ぐな目を私は今も覚えている。

あの日、もし私が対価として霊力を頂いていたら、あの後レーを見つけることができてたのだろうか。今ももっと簡単にレーを探せてたのだろうか。


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