第21話


「それ以上は、言わないで頂戴」


そう言って、彼の唇から指を離すと、獅音さんは残念そうな顔をした。

――何を想像してるんだか。


「……除霊するのはいいのだけれど、このは相当しぶといわよ」

「ナニソレ?まるで知人みたいな言い方…」

「知人よ。」

「はぁ!?こんなクソでかいヤべーのが!?紫乃宮サンが生きてるだけでも奇跡なレベルなのに!?知人!?」

「私の知ってる人と顔が一緒なのよ。声も、話し方も……ああ、気持ち悪い」


あの霊は、間違いなくアナだ。

アナ・ファ・グローネフェルト……彼女の顔だった。あの地味で厭らしい顔、気持ち悪い程くすんだ青髪、呟いていた『ヴァレリア』『許さない』。

しかし、彼女は死んで相当な馬鹿になってしまったのか、あそこまで憎んでいる私を認識できていなかった…。いや、霊に認識能力なんてないのかもしれない。


「ま、除霊するけどさ……失敗したらゴメン」

「別にいいのよ、しなくても。私は困っていないから。」

「いや〜、教室とかでアタシの視界に入るの鬱陶しいモン。フツーに邪魔!ブツブツうっさいし。」


死んでもなお鬱陶しいものとして扱われるアナ。生まれを呪いなさい、なんて思いながら、獅音さんの手を掴んだ。


「…よろしく頼むわよ」

「お、俺からもさ、紫乃宮心配だし…よろしく」

「オッケー、任せといて!!!!」


その声と共に、彼女が懐から取り出した10枚の御札。両手に広げられ、彼女は何かを念じ始める。


――とはいえ、彼女の全てを信じたわけではなかった。


全く信じてないわけでもなく、半信半疑という言葉が一番適しているだろう。

彼女の視界を術で見たけれど、例えば魔術や呪術でひょいと変えることだってできるのだ。

彼女からそういった力を感じたわけではない。ただ……疑って生きてきたからこそ、疑わざるを得ない。

いざとなったら消滅魔術をかけるつもりではいるが、それを海辺くんが察知したら命懸けでも割って入ってくるだろう。彼はなんだかんだ優しい人だから、命すら投げ出してしまいそうだ。そして、獅音さんも悪い人には見えない……だから、半信半疑なんだ。


彼女が詠唱のようなものを終えると、手を振りあげた。いつつけたのかわからないが、右手首につけていたパワーストーンが綺麗だった。そして御札を10枚、彼女は前に突き出し、それを私の後方に投げつけた。


……その瞬間だった。


「っ……!!」


彼女の真正面に急いで向かい、保護魔術を目の前に貼った。


「お、おい!!何が起きたんだ!?」

「私にもわからないわよ!」


確かに獅音さんは札を私の後ろの霊に向かって投げていた。そのはずが、瞬時にふわりと打ち上がり、それが刃物のような形になって獅音さんに襲いかかった。

保護魔術に刺さっている札は8枚、全て黒く変色している。


「間に合わなかった……!?」


即座に後ろを向くと、倒れ込む獅音さん。

腰と、太腿に札が刺さっている。札の変色は進んでいく。


「獅音さん!!!」

「あ……ぅ……」


小声で唸りながら、札に手をかけようとするが、届いていない。例えばナイフならば、知識もなく引き抜いてはいけない。とにかく止血と回復魔術をかけるしか今はできない。


「回復魔術をかけるから」

「お、俺も!!!」


微力ながらも、2人がかりで2つの傷口を塞ぐように回復魔術をかける……が、効かない。


「呪術…?霊が呪術を使える…ことなんて…………」

「あは……ごめ…ヘマしちゃったかも……」

「無理して喋らなくていいわよ」

「札…………黒くなってる…このままじゃ…………」


その言葉で札に目をやると、先程よりも更に黒くなっていた。保護魔術に突き刺さった札は変色していない。血液か、生命力か、何かに反応して黒くなっているのだろうか。


「……こっちが先ね。私が札を引き抜くから、すぐさま傷口塞いでくれる?」

「やってみる」


きっと普段だったら「できるかわからない」とか「できない」とか言ってそうな海辺くんは、いつにも増して頼りになる顔をしていた。

そして札を引き抜こうとした瞬間だった。


「……っ!?!?!?」


どう足掻いても、札を触ることができない。


「なんで……!?!?」


そう呟いた瞬間、獅音さんのパワーストーンが強く光った。光は膨れ上がり、強いトンネルを作り出し、そのトンネルから現れたのは…年老いた女性だった。


「御守りが発動したかと思えば……なんじゃな、これは」

「誰?」


すぐさま消滅魔術を発動しようとする。


「そこでくたばってる小娘の祖母さ。なんだね、その汚い札は。」


女性が指を指す先は確かに獅音さん。

獅音さんのパワーストーンは、おばあちゃんが作った御守りだったということか。

くたばってると言われた獅音さん本人は、会話を交わせないほど衰弱している。


「アンタね、久音の事だったり、この霊の事だったり、ウチに迷惑かけすぎなのよ」

「……久音?どういうことですか?」

「まさか、忘れたなんて言わせないよ。まぁ……アンタみたいな死に損ないには思い出せなくて当然なのかね」

「殺されたい?」

「紫乃宮!!!!!」


突き出した手を海辺くんに強く握られ、睨みつけるも聞かない。頷くのみだった。


「いきなり現れて失礼だと思いませんか、死に損ないだとかなんだとか、僕は詳しく知りませんけど…………年の割には常識ってのがわかってないんですね。」

「小僧の分際で生意気だね」

「僕みたいな小僧を構ってる暇があったら自分の孫を助けたらどうです、まさかそんな能力もないのにここに来たわけじゃないですよね?」


いつにも増して強い口調の海辺くん。

獅音さんの祖母は強く海辺くんのことを睨みつけたが、彼には聞かなかった。


「……行くよ、圭子。そこのアンタは、圭子が治るまでに久音の事を思い出しなさい」

「殺さなかったことに感謝してくださいね」

「うるさいね、文献通りの女だ」


祖母に担ぐように持ち上げられた獅音さんは、完全に力が抜けていた。光のトンネルが再び開き、彼女たちは消えていく。私たちの中に混乱と焦りを残したまま。

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