第2章 力が産む幸不幸

第20話


紫乃宮の家を訪問するのは2回目。

1度目の訪問以降気にしたのか気を使ったのか、気持ち悪いほど片付いた生活感のないこの部屋に、今は恐ろしい雰囲気が漂っている。


ソファには誰も座らず、広いリビングで2人の少女が睨み合っていた。


「と、とりあえず……2人とも、座ったら?てか俺、なんか飲みもん買ってくるよ」

「ダメよ」「ダメ」


紫乃宮はもちろんだが、もう片方の少女も厳しい声を上げる。思わずその場に座り込んでしまった。


「……で、どういうことなのかしら。」

「どうもなにも、さっき言った通りなんだけど。アンタの後ろにヤベー霊がついてんの!!!!!」


そんな超常現象的なことを叫ぶ彼女は、過去にも紫乃宮の事を聞いてきた――獅音 圭子。

別名、

その名にふさわしいほどの派手な見た目は、一定の層からウケがいい……らしい。

ぐりんぐりんに巻かれた金髪に、とても綺麗な顔立ち。そんな女子だ。


「た、確かに獅音の家って、霊能で有名じゃん…だけどさ、いきなり言われても、ね、わかんないよね、紫乃宮」


2人の顔を交互に見ながら話すが、俺の声は2人の耳に届きやしない。


「嘘ついてるようには見えないから、話くらいは聞いてあげたいのだけれど……貴女が何者なのか、私にはわからないのよ」

「え、アタシの事知らないわけ!?悲しいんだけどッ……まぁいいや、自己紹介するよ」


そう言うと彼女は巻き髪をふわっと後ろになびかせて、ジャラジャラとしたカバンからよく分からない御札を三枚ほど取りだした。


「アタシ、獅音圭子。下の名前は嫌いだから、シオンって皆に呼ばれてる。こんな見た目してるけど、昔から霊力を継ぐ久遠家の分家、獅音の一人娘!!アタシは生まれた時から霊力が強くて、霊見放題プラン的な〜?そんなカンジに、めっちゃ力あるってことッ」


「……ははっ、やっぱ獅音、おもしれ〜…………」


……場を持たせるために言ったものの、紫乃宮の表情は1ミリも変わらない。

というか、絶対紫乃宮が嫌いなタイプだ。今にも消滅魔術を使いそうで怖くて仕方ない。

いざとなったら俺が獅音の前に出て俺の保護魔術に賭ければいいのだけど……詠唱なしノールック魔術を使われたら、絶対に間に合わない。震えながら紫乃宮の顔を見るが、やはりビクともしていない。


「で、私の後ろについている霊…だっけ。どういうふうにやべーのかしら?」


ようやく口を開いたと思っても、やはり表情は動いていない。いや、むしろキレてるのかもしれない。

紫乃宮がじっと獅音を見つめる中、獅音は明らかに紫乃宮ではない何かを見ている。


「もはや人の形すらしてないんだけど、よく見ると……青っぽいストレートのロングで、それが派手に見えるほど地味な顔立ちをしてる女、ずっと怒った顔をしてて、身長は低め……今は激しい怨念に囚われてる感じだけど、細かい所まで見えない。なんかブツブツずっと言ってる。」

「青のストレート……地味な顔立ち、低身長……そう。」


紫乃宮は不思議と頷いて、また怖い顔をした。


「貴女、嘘はついてないわね?」

「当たり前でしょ」

「じゃあ、嘘だってわかったらあなたのこと消してもいいわよね」

「……消すってのはよくわかんないけど、殺されるなら別にいいよ。だってアタシ、嘘ついてないもん。」


想像通りの展開と、気が変わって今にも消滅魔術をかけてしまうんじゃないかとハラハラして仕方ない。


「海辺くん、こっちに来なさい。獅音さん、ちょっと目の前失礼するわよ」


促されるまま向かうと、紫乃宮に並ぶように獅音の目の前に立たされた。


「今から術を使うわ。貴女が見てる景色をそのまま私の視界にも映すの。そして貴女はその霊に触れるなり近づくなりして、よく顔を見なさい。」

「術……?ああ、やっぱりアンタも能力者だったんだね。いいよ、アタシのこと好きにしな」

「海辺くん、あなたには証人になってもらうわよ。あなたにも見てもらうから」

「い、いいけど……怖いもの苦手なんだよな……」

「そんなことは聞いてないわよ。」


紫乃宮はそう言った瞬間に、詠唱無しで魔術の鏡のようなものを取り出した。


「この魔術の鏡を獅音さんの頭にぶつけるわ。もちろん、実態は無いから痛みはないわよ。ぶつけたら、そのまま獅音さんの視界が自分の視界になる。見たくないと思ったら、目を閉じれば自分の視界に戻れるわ。行くわよ。」


紫乃宮がそう言うと、獅音は即座に頷いたが、俺には心の準備ができていなかった。


「ちょ、ちょっっっ、やだあああああっ」


情けない叫びも届かず、そのまま獅音の中に鏡が消えていった。そして意識が持っていかれ、視界は……目の前に俺と紫乃宮がいる景色になった。


「これが……他人の視界……」


そう呟くと、目の前で目を瞑っている俺の口が動き、かなりビックリしてしまう。


「話すことはできるのよ。動くことはできないけれど」

「そ、そうなんだ……」

「で、紫乃宮サン!アタシは何すればいいわけ!?」

「後ろの霊をよく、よく見なさい」


その言葉と同時に見えてくる紫乃宮の後ろのモヤ…………少しずつ、少しずつ鮮明に……。


「獅音さん、歩いてもいいのよ。近づいたらもう少し見えないかしら」

「俺もうこれ以上見たくないよ!!」

「オッケー、近づけばいーのね。」


どんどん迫るモヤから、うっすら……いや、鮮明に!!!

地味な女の、浮世離れした顔が現れた。

しかも本当に何かブツブツ言ってる……。


「獅音さん、この霊の声はもうちょっと聞こえないの?耳近付けたりとか」

「あー、したことないからわかんないけど……できるかも」


獅音の視界はさらに霊に近づき、くるっと動いた。耳が当てられる。


うっすら聞こえてくる声……。


『……ァ、ナィ…………ァ、ナィ』


「なんだ?」

「……獅音さん、聞き取れる?」

「うっすらとだけど」

「私もだいぶ聞き取れたわ。ありがとう。術、解除するわよ。」


紫乃宮がそう言うと、意識が空を飛ぶ感覚がして、そのまま気がついたら自分に戻っていた。


「……はぁ、随分厄介なものが私の背中に憑いているのね。教えてくれてありがとう。」

「どういたしまして……っで、アタシ、ソレを除霊してみたいんだけど、いいかな?」

「いいけれど………」


紫乃宮は、複雑そうな顔をしてから、軽く頭を振った。おそらく、なにか悩んでるような…苦しんでるような、そんな雰囲気を感じた。


「もしかして、あの霊ってさ」


そう言いかけた瞬間、紫乃宮が俺の唇に人差し指を当ててきた。獅音はギョッとした後に、ヒュ〜なんて言い始めてる。


「それ以上は、言わないで頂戴」

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