第19話
あなたは、まるで脳の中を無理矢理殴られたような―――そんな衝撃的な恐怖と興味を感じたことはあるだろうか。
HRが始まろうとしている教室。
朝の柔らかい光が差し込み、クラスメイトはどこか浮ついたような雰囲気。
――誰も気づいていない。
今、と言うべきだろうか。あの瞬間、何かとても強い時間を感じ、すぐさま消えた。1秒もない、本当に本当に一瞬の事だった。世界が歪んだのか、時間がおかしくなったのか。
とにかく形容できないほどの強烈な衝撃と違和感が襲った。
何者かが力を使ったのか?―――例えば、紫乃宮ミチル…とか。
「あれ?海辺は今日休みなのか?」
1番前の空席……海辺レイネの席。
入学した時から誰とでも仲良くなれてしまうほど、平等に接せる人。人類の中央値、と言っても過言ではないほど、人間として平均的な人。親しい友人は敢えて作っていないように見えるし、イツメンなんてのもいないように見える。ただ、誰とでも仲良い。いつでも誰かといる、そんな人。
一つだけ人と違うのは、その整った顔面だろう。妙に整った顔面と平等な性格…ありえないくらいモテる。今まで何度も裏庭で告白現場に遭遇したし、放課後の教室で振られて泣いてる女の子を見た。死ぬほどモテるのに、誰とも付き合わない。不思議な人。
そんな人が最近仲良いのは…紫乃宮ミチル。
本当に不思議な2人。
海辺は今朝はいたのに、焦ったように教室から飛び出してから居なくなってしまった。
「朝居たよね?」なんて声がクラス中から上がる。その瞬間に色々考える。
「海辺、調子悪いっつってたんで帰らせました。」
「……ッッ!!!」
強い頭痛で目を覚ますと、いつもの自室。
隣には、呆然と座る海辺くんがいた。
「私…………ごめんなさい。」
「いや………」
無表情のまま遠くを見つめ、口は開いたまま……死んだ魚のような目をしている彼に、「どうしたの」なんて声をかけようと思ったが、その勇気すらなくなってしまった。
彼を散々なことに巻き込んでいる自覚はもちろんある。反省もしないわけではない。
だからこそ、ここまで抜け殻になられると、やはり思うものがある。かと言って、謝るのもなんだか違う気がする……そんなことをぐるぐると考えていると、先に口を開いたのは海辺くんだった。
「体調、大丈夫?急に倒れてたから」
「え?えぇ……禁忌魔術を使うと代償が大きいから、倒れてしまうのよ」
「禁忌……?」
「……気になる?」
そう聞くと、ゆっくり頷く彼。
また息をそっと吸って、飲み込んで、私は話し出した。
かつて、六つの禁忌があった。
その禁忌は、人々が人々らしく生き、死ぬために神によって定められた。
一、時間の流れに触れる魔術、呪術
二、生命の終を無くす魔術、呪術
三、生命の終を左右させるような保護魔術
四、異種人間同士の婚姻・出産
五、神への不敬
六、精霊への殺害
過去に移動したり、未来に移動したり、時間を止めたり、本来の時間の流れに逆らうような術の禁止。
不老不死になる術の禁止。
本来の運命を変えてしまうほどの強力な保護術の禁止。
異種術者・人間同士の婚姻と出産の禁止。
神に逆らう行為の禁止。
精霊を殺害する行為の禁止。
一から四までの行為を犯した者は、その世での一生をその場で終える。
五と六を犯した者、魂が消滅する。
「――つまり、禁忌を犯した者は即座に死ぬってことよ。」
「じゃあ、紫乃宮は……」
「不老不死の呪いをかけられているから、禁忌を犯しても死なないのよ。」
「なんだそりゃ……まさにチートじゃねえか」
「…チートってのはよくわからないけれど、私だって驚いているわよ。禁忌に対する罰を上回る呪術……、いや、本当に禁忌に対する罰なんて存在するのかしら?」
「神が定めた、っていうんだから神の力なわけだろ?今紫乃宮が生きてるってことは、そもそも禁忌に効力がないように感じるけど」
「そう……ね、でも、どうなのかしら」
あの日、呪術をかけられた日。
あの時、彼女は確実に私に術をかけて死んだ。禁忌に対する罰はあるように感じてしまう。
「その辺もよく調べないといけないのかもしれないわね」
「そうだな……でも、いくら紫乃宮でも時間停止はかなり体力使うんだな」
「そうね、もって五分くらいだもの。」
「時間って……すごいんだな」
そう言いながら時計を見る。針は3時の方向……かなり長く眠っていたことに気づく。
「……あなた、学校は?」
「うわやべ……飛んじゃった」
「ていうか、時間停止してから大体6時間!あなた、ここで何してたの?」
「……すまん、座りながら寝てた」
「はぁ……次からはベッドで寝なさい。」
私がそう言って振り向くと、気まずそうな顔をしながら海辺くんが口を開いた。
「……一応、女子じゃん?女子のベッドに寝るのは」
「一応?」
「だ、だって!!魔術師だしなんかすげー年取ってそうだし」
「年取ってそうですって???」
「いやっ、そんなつもりじゃ……」
そんな失礼なことを言われたのは、生きていた時も指で数えられる程度。
年の差は数万歳、おかしいくらいの年齢差だけれど、もしかしたら友達だと思ってもいいんじゃないかと、心を許してもいいんじゃないかと、そう思った。
「あなたに特別に見せてあげるわよ」
「……え?」
この術式を解くのは数十年ぶり。
いつも色白で黒髪で、日本美人のような雰囲気に化けていた。
初めて本当の自分を見せてもいいと思えた。
頭のてっぺんから術が解けていく。
黒髪がまるで粉のように消え、現れたのはふわふわとした、まるで巻いたような癖のあるシルバーヘア。目の色は朝のような淡い青色、目鼻立ちは日本人の系統からはかけ離れていた。来ていた制服はくるりと解けて黒のドレスが現れる。痣を隠すように背中まで覆われたデザインは、高貴さの上にかっこよさまで演出している。
世界中が欲しがり、世界中から羨まれた容姿。それが、ファルケンハウゼン令嬢であるヴァレリア・ディ・ファルケンハウゼン。
「……これが私の、ヴァレリア・ディ・ファルケンハウゼンの本当の姿よ」
「綺麗……博物館で見るような、彫刻作品みたいな……」
「言葉、失いすぎじゃない?」
唖然とする海辺くんを横目に、そっと術をかけ直した。
「年齢はいってるけど、呪術がかけられた時の年齢のまま何も変わっていないのよ。だからまだ普通に女子よ。一応じゃないから。」
「ご、ごめん……いやでも、さすがに、本当にお姫様というか……そんな感じの風格で、俺もう言葉が出ないよ」
「お姫様なんて甘いものじゃないわよ、魔王だもの」
「魔王……って呼ばれてたのか自称してるのかは知らないけど、俺にとってはただ美しい令嬢って感じだよ。今の姿は気品溢れる女子高生って感じだけど」
「そう、嬉しいわ、あなたとならこの先もこの世界の謎を解き明かせる気がするし、探し物も見つかる気がする。契約とかじゃなくって、あなたと対等な友達になりたいわ」
「そりゃもちろん」
そりゃもちろん、なんて短い言葉。
その言葉が少し私の心にじわっと染みて、凍ったものが解けた感じがした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます