第18話
「……は?」
窓の外を見ると、ベランダに海辺くんが立っていた。しかも早く開けろと言わんばかりに窓を叩いている。
「ま、待ちなさい」
急いで窓を開けて、問い詰めようとした瞬間だった。
「教室でなんか力を感じた!!魔術師か呪術師かもしれない!!!」
「っ……!?!?」
即座に移動魔法で学校のトイレに移動すること、その間0,5秒。
教室に最も近いトイレの一室に男女2人きり…。
構造的におそらく男子トイレの方で、廊下の方では微かに話し声が聞こえる――授業中だからか、あるいは廊下に人がいるのか。わからないまま、焦った彼が口を開く前に、時間停止魔術をかけてしまった。
視界が一瞬揺らぎ、紫がかった世界が生まれる。トイレの蛇口から滴る水は宙で止まったまま、無音の世界にやってきたようだ。
私と海辺くんの呼吸音だけになった世界。
「……え?世界が、紫に」
「時間停止魔術を使ったのよ」
「時間停止……!?」
困惑する海辺くんの横をすり抜け、男子トイレから脱出する。案の定、廊下には数名の生徒がいた。時間を止めていなかったら2人で出てきたところを目撃されていただろう。
「停止できる時間に限りがあるの。あなたが力を感じたのは教室よね?」
「ああ、そうだ」
現代に力を使う人間がいれば私は気づくはず……なんて思いながらも、自信が持てなかった。
前回の海辺くんの
昔、牧師が言っていたわ――「力が大きくなると、小さい力は見えなくなる」。
まるで、大きな人間は目を凝らさないと蟻が見えないように。
力の小さい海辺くんだからこそ、何かを感じとれたのかもしれない。
「クラスメイト一人一人のカバンと動作を調べて」
2人で手分けして探すも、実践してみると時間が無い。
「チッ……時間が無いわ!!」
「時間ってどれくらい止められんの!?」
「………本来止められないものなの、私の体の負担が激しいから……もって後2分よ」
「120秒……クソ!!!」
「海辺くん、教室から出て」
「なっ……!?」
「埒が明かないから魔術で人とバッグごと持ち上げて怪しいものだけ取り出すわよ」
「そんなのして大……」
「いいから出なさい!!!!!」
そう叫んだ直後、海辺くんが退室したのを確認して即座に詠唱を開始する。
人々、机、もの、もの、もの。
何もかもがひっくり返る光景。
「な……んだ……」
愕然とする海辺くんを脇目に、私は魔術でスキャンしていく。
「……なにも…何も見つからない…海辺くん、ちょっとでも力を感じるものってない!?」
「み、見てみる!!」
浮いたものにサッと手をかざして教室を一周する海辺くんだが、反応的には何も無さそうだ。
「海辺くん、移動魔術1回分の魔力は残っているかしら?」
「た、たぶん……」
「今から私がこの部屋をリセットする。それと同時に時間停止が解除されていくと思うから、リセットが終わった瞬間に私と貴方を家に移動させなさい」
「できるかわからな……」
「やりなさい!!!!!もう時間がないの!!!」
「ッッッッ………」
その後交わせる言葉もなく、私は海辺くんを信頼するしかないままリセット魔術がかかってしまった。
浮き上がった机、人、椅子、もの、すべてが元の位置に戻っていく。
その光景はまるで、時間を巻き戻しているようだった。
最初に持ち上げた椅子が床についた瞬間、紫色の世界が強く波打ち、時間の加速と停止の境界線に立った。視界は白く光っていき、目を開けた瞬間は見慣れた家の風景。
紫色の世界が元の色に戻っていき、かなり強い時の流れが訪れる。
「と、時が…動き出す瞬間って、こんななのか……」
「………」
春が流れたのか、夏が流れたのか。
外が晴れなのか曇りなのか大雨なのか、そんな全てが繰り返され、加速し、そしてまた戻り、加速し、流れは少しずつ緩やかになり、また早くなる。春の桜が混じった風が途中で夏風に変わり、金木犀の香りがする風になり、突き刺すような冷たい風になる。
そしてその風が捲りあげた、日めくりカレンダーは今日の日付に戻った。
時計がカチコチと動き出し、時間の流れが正常化したことが確かに確認できた。
できた瞬間に、私は倒れ――いや死に、また生き返った。いや…死なせてもらえなかった。
「元の時刻……俺ら、戻ってこれたんだ」
「…そうね、でもごめんなさい、私、ちよっと――――――」
そう言ったのが最後、わたしは倒れてしまった。海辺くんの前で、情けないくらい膝から崩れ落ちるように……。
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