第17話
「いつもこんな部屋で過ごしてるのか?」
「ええ……」
海辺くんが踏み入れた私の部屋は、遮光カーテンが完全に閉まっていて薄暗い状況だった。片付けもしていないから、かなり物が散乱している。
「ちょっと散らかっててごめんなさいね」
「……だ、大丈夫だけど、どこ踏めばいいんだ?」
「魔法で空中に道を作ってみたらどうかしら」
「んな……できるかわかんないけど、訓練じゃないんだからさ!」
「はぁ……仕方ないわね」
ガタガタ、カンカン、なんてかなり激しい音を立てて、物が左右に固められていく。
「魔法でまとめて物どかすのかよ!」
「あなたがこの程度のことで困ってるからよ」
そう言って私たちは薄暗いこの部屋を進んで行った。
「アンティークというか、骨董品みたいなのがいっぱいあるんだな」
「……全て、私が生きていた時代のものよ。」
「生きていた?」
「今も生きてるけれど……まともに生きていた頃、と言うべきかしら。」
そう言うと、海辺くんは「よくわからないな」なんて言いたげな顔をして、棚に飾られていたとある物をじっと見つめていた。
「それ、気になる?」
「ああ………なんか、見た事ある気がして」
「昔はこんな飾り物、どこにでも売っていたのよ。もしかしたら貴方の魂がなにか覚えているのかもね」
「前世、紫乃宮の生まれた時代で生きてたかもしれないな」
「そうね」
「でも、紫乃宮って意外と作りが甘いアクセサリーとか保管するんだな。パールとかダイヤモンドを身に付けて高笑いしてそうなイメージだったけど」
「もちろん、いつも高級品ばかり身につけていたわよ」
棚に並ぶ他のアクセサリーは激しく輝いている。その中、唯一このアクセサリーだけが輝いていない。魔術も含まれていない、ただの安物。それをそっと手に取って、握りしめる。
「これは、大切な人がくれたものの一つなの。だから、どんなものより大切なのよ」
「大切な人…彼氏とか?」
「……どうかしら。当時は彼氏なんて概念なかったわ」
「え?じゃあ、結婚の概念は?」
「それはあったわよ。人間は王の前で、魔術師はファルケンハウゼン当主の前で、呪術師はグローネフェルト当主の前で、その人との魂の契りを結ぶのよ。」
「た、魂の契り……?」
「生まれ変わって現世での姿が変わってもずっと一緒にいましょう、みたいなことよ。」
バカバカしい、と小さな声で呟き、アクセサリーを棚に戻す。そんな私を見る彼の目は、同情の目をしていただろうか。どんな目をしていたのだろうか……そんなことを、棚を見つめながら考えていた。
「それぞれの種族で結婚の仕方が違うってことは、ただの人間と呪術師とか、魔術師と呪術師みたいなカップルは―――」
「許されないわ。」
「ゆる……されないのか」
「当時は許されなかったのよ。」
崩れかけてたカップの保護魔法が薄くなっていた為、もう一度かけ直す。柔らかい光がカップを包み込む景色を見る度、このカップを手にした時の気持ちを思い出す。
「……で、学校に行こうって話よね?」
「ああ、ここ最近また休んでるだろ?だから、何かあったのかと思ってたんだ」
「そう…別に、何も無いわよ」
「さっきも言ったけど、頼りたくなったら頼ってくれよ」
「ありがたいわね」
少しの沈黙の後、私は再度口を開いた。
「とりあえず今日はやる事あるから、学校はあなただけ行きなさい。」
「で、でも……」
「遅刻するわよ」
時刻は8時手前、ここから徒歩では間に合わない。問答無用で海辺くんに移動魔法をかけると、彼は「またやりやがったな」なんて叫びながら消えていった。
……それにしても、他人を招くような家ではなかったな。
カーテンを締め切っているせいか、ジメジメとしていて空気も重い。久しぶりに片づけでもすべきなのかしら、なんて思って足元の紙を1枚拾ってみた。もはや崩れかけている紙には、ぼんやりと何かが書いてあるが、読めない箇所が数箇所ある。
[ らは御 の 手 久音一族。]
[きみへの 忘れず]
[定めて君 消す。]
「これ…なんだったかしら?気味も悪いし」
捨てようとゴミ箱に入れそうになったが、記憶の奥底で何かが動くような感覚がした。不快感と同時に不安感が襲ってきて、私の記憶が疼いてくる。嫌な予感がしたので、棚の横にそっとしまっておいた。
さて、片付けを開始するか、とカーテンを開くとちょうど直射日光が入ってくる時間帯だった。眩しいし、暑いし、光に透けて埃が見える。少しため息を吐きながら床を見ると…
カビが生えていた。
「ほんッッッッッッとうに……最悪ッ!!」
思わず叫びそうになるのを我慢しながら、対カビ用魔法で胞子ごと焼き払っていく。
こういうことをしていると、幼少期を思い出す。
あまり管理されていなかった部屋に素敵な本を見つけて、自室に持ち帰った。たまたまその翌日からしばらく旅行で自室を不在にした。帰ってきた時には、本にカビがうつっていた。もっとも、【いちばん大切な本】にまで。大切なものを奪われたような気持ちになり、わたしはカビを魔法で焼き払った。
……つもりだったのが、威力の調整ができず、自室ごと焼き払ってしまった。大切な本が炭になっていく様は今でも鮮明に思い出せる。騒ぎを聞いた父上が急いで消火魔法をかけてくれたし、私のこの失態も『偉大な魔術師になるに相応しいほどの魔力』と称賛したくれた。褒められても何も嬉しくなかった……あの本を失ったから。
―――そういった理由で、わたしはカビが大嫌いだ。許せない。結局成長して魔王と呼ばれるようになった頃には、カビだけ燃やす魔法を出せるようになったりした。
まぁ今は、この世界のカビ全てを焼き散らす魔法すらも余裕で出せる。そんなことしたらさすがに可哀想だからやらないけれど……もし私が理性のない者だったら、この世の人達は相当苦労したでしょうね。
で、私は片付けにもどらなきゃいけないのよ、なんて呟きながら立ち上がった。しゃがんでたせいで足の裏が強く痺れているが、面倒くさいので放置する。改めて明るくなったこの部屋、ゴミ等は散らかっていないけれどもゴミ屋敷同然の見た目をしている。魔王の住処にしては少し……いやめちゃくちゃ、汚らしい。
「……原点回帰、腕で片付けるか」
そんな小さな決意をして、埃まみれの本を持ち上げた時だった。
「紫乃宮!!!」
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