第15話

「……数万年ぶりじゃない」


そういって、懐かしいロッドの柄を指で弾いた……キンッ、と高い音だけが虚しく響く。


「いるんでしょ?ロッドの精さん。何万年も囚われてて、退屈してたんじゃないかしら」


話しかけても、もう一度弾いても、ロッドからの返事はない。呆れて1度溜息をつき、じっとロッドを見つめた。


「出てこないなら、魔法で追い出すしかないわね」


そう呟いた瞬間、ふわっと現れたロッドの精……いや、精と言っていいのか?


「もう!何の用!?あたし、あんた達のことほんとに嫌いなの!!」


小さいのに馬鹿でかい、甲高い声が耳を劈く。嫌な予感がして、防音魔法を即座にかけた。


「あんた達って……私は何もしてないわよ」

「よく言うわよ!!あんたの父親に封印された直後、あんたが世界を壊したのを見たのよ!」

「……だからなに?」

「いくら無力な精霊だからって、舐めてるでしょ!私は正義感が強いの!!」

「正義感が強い精霊は、神のお下がりに勝手に住み着くのね」

「失礼よ!!!あなたみたいな穢らわしい魔術師が神の名前を呼ぶなんて、無礼!!!」

「うるっさいわね…………こんなことなら、最初に魔術で殺してしまえばよかったかしら」

「なんでそんな酷いことばかり……!」


小さな小さな精霊は怒りを露わにし、慣れない体で動き回ろうとしていた。

精霊とはいえ私よりも力はなく、無力な存在。でも……もしかしたら、グローネフェルトの呪いを解く鍵があるかもしれない。


「……あなたに聞きたいことがあるのよ」

「何?絶対答えてやらないんだから」

「そう」


疲れてるからか、なんだろうか。

精霊にとてつもない怒りを感じて、私は即座に消滅魔法を放とうとした。


「まっ、待って!!」

「何?役に立たない精霊なんて必要ないのよ」

「ち、ちゃんと、謝ってよ!あんたの父親がしたこと!それを謝ってくれたら答えてあげなくは……」

「ああ…………私には関係ないことなのに謝れって言いたいのね。」

「ちがっ……」

「さっきも言ったけど、父親あいつがロッドを封印したことに関して、私は何も関与してないわよ。」

「で、でも」

「いい?」


あまりにも抑えられない感情を抱えて、左手で精霊をつまみ上げ、右手に大きな消滅魔法を用意した。


「魔王に謝れって言うなら、消えたあとに言いなさいな」

「わ、わかった!謝らなくていいから!ちゃんと質問に答えるから!消してよ!!」

「…………」


精霊の目を見て、私は決めた。


「じゃあ、質問に答えてくれたら、この魔術は消すわ。濁そうものなら、この魔法であなたは即座に消える。だから、ちゃんと答えるのよ。」


私に捕まれた精霊は逃げ出せないことを理解して項垂れた。私は消滅魔法は保持したまま…………彼女精霊は全てを悟った。


「1つ目の質問。グローネフェルト家が現存する可能性はあると思う?」

「それは……長い長い期間、呪力を失わないように気をつけながら代々継いでいけば残存するんじゃないかな……でも、もし現代に跡継ぎがいたとしても、呪力は薄まってるはずよ。あの性格の悪い令嬢と比べば、蟻みたいな呪力しか持ってないだろうけれど。」


性格の悪い令嬢―――アナ。

アナは呪術師の中で最も呪力を持つ者だった。私が最後に殺した呪術師だし、あの子が最後に呪いをかけたのが私だ。

そんなアナの子孫がいたとしても、弱すぎる呪力――この呪いを解けるような呪術師ではないだろう。優しい絶望感が私を包み込む。


「2つ目の質問。不死の呪いを解く方法は、グローネフェルトの子孫に頼む以外に何かある?」

「ない…と思う。そもそも、私は神様がロッドを産んだ時に生まれてしまった精霊なの。だから凄い長い期間この世界を見てきたけど、不死の呪いを使った人も、かけられた人も、あなた達以外見た事ない……。強いて言うなら、神様なら解いてくれると思うけど―――まだ解けてないってことは、神様は貴方の魔力が膨大になっていってても別に困ってないってことだよ。」


思わず歯を食いしばってしまう。

腹が立つ、悔しい、やるせない。そんな感情が襲ってきて、思わず声に出てしまった。


「なによそれ……はぁ、神って意外と薄情なのね」

「薄情じゃないよ、誰にでも平等な――」

「口答えする気?」

「っ……つ、次の質問、次の質問は?」


次の質問……そうだ、あれを聞かなければならない。海辺くんの目の中にあるくらやみ……。あれは、アナの目の中のものと一緒だった。


「3つ目の質問。昔、アナの目の中に大きなくらやみがあったのよ。それに似た者を持つ人を見つけたの。くらやみって、グローネフェルトの象徴じゃないの?」

「くらやみ……ああ、魂の共鳴のことかな」

「魂の共鳴……?」

「えっと、人間や魔術師、呪術師には魂っていうものがあって―――」

「それは知ってるわよ。まぁ……魂が実在するとは思わなかったけど。」

「じゃあ、魂の説明は省く?一応……ちゃんとする?」

「知らないことがあったら怖いし、お願いしようかしら。」


そう答えると、掴まれた状態の精霊は、右手と左手を広げてジェスチャーを混ぜて説明を始めた。


「みんなには魂があって、魂には体の記憶とは違う魂の記憶があるの。でも具体的な映像とかではなくてぼんやりと染み付いたようなものだから、神様も精霊も魂の記憶を見る事はできない。その魂が、過去に強い関わりがあったり、最高に相性のいい魂同士だったり、あるいは最高に相性が悪い……交わってはいけない魂同士だと、魂が共鳴するの。そうすると、には何らかの形で可視化されるの………なんて初めて見たから、くらやみのような形なのは初耳だけどね。」

「……じゃあつまり、アナの目にくらやみが宿ってたのは?」

「あの呪術師と貴女の魂が共鳴してたんだね。最も――交わってはいけないもの同士だったんだろうけど。そして、貴女がたまたまだったってこと!」


交わってはいけないもの………それも、魂レベルの話で。

そう言われると、とても腑に落ちてしまう自分がいる。初めてアナを見た時の顔、最後のアナとの戦いでのあの顔、最期の顔――まるでそういう呪いをかけられたように、今でも鮮明に思い出せる。きっとこれは、魂に刻まれているだろう。アナのあの顔が忘れられない。初めてお互いを見た日の、あの気分も……全て。


「その見える人ってのは何なのかしら」

「それは…私にもよくわからないの。大昔、大精霊が魂を感じられる力を与えた一族がいるって話は聞いたことあるんだけど、その一族の血が少しだけ流れてるとかかなって思うよ」

「神様が人間に与えたのは呪力と魔力だけだったわよね。大精霊にも似たようなことができたの?」

「らしい………あくまで精霊の中で有名な話だから、噂話を聞いた程度に留めておいてね」

「そう……ありがとう。」


そう言って、机の上に精霊を乗せ、手を離した。精霊は服をパンパンと叩いたり、髪を溶かしたり、まるで普通の人間の女の子のように動き回っていた。まぁ、サイズはとっても小さいけれど。


そしてもし精霊の話が事実なら、大きな収穫だ。くらやみは魂の共鳴……ということは、海辺くんの魂と私の魂は何らかの理由で共鳴していることになる。そして、私には魔力だけじゃない、もう1つの力が備わっているしれないこと。まだまだ強くなれる……ってこと。

そんなことを考えていると、精霊が「ねぇ、ねぇ」と私の手をつついてきた。


「何?」

「私もあなたに聞きたいことがあるんだけど、いい?」

「いいわよ」

「あなたが世界を壊したあと………今までの間、精霊たちを見なかった?」

「ん?見てないわよ。あれ以来、精霊を見るのはあなたが初めてよ。」

「………じゃあ、みんな、どこに行っちゃったのかな」

「どういうこと?」

「精霊には、精霊ネットワークっていう…精霊がいつでも繋がって場所とか観測とかを共有できるものがあったんだけど、それを使っても精霊の力を感じられないの。長老様の力もないし……あなたが世界を壊したあともしばらくは感じ取れてたから、その後なにか起きたのかなって」

「……ああ、精霊狩りなんて言葉を一度聞いたことがあるけれど」

「精霊狩り!?!?!?」

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