第12話

「……どうして?」

「どうしてって……」


自分の手を見つめると、血管が脈打つ感覚がわかる。指先を見つめ、自分に本当に魔力があるのか疑った。


「……」


薄暗い洞窟ならちょうどいい……そう思って、指先に意識を集め、光る魔術が出るように祈った、ただそれだけだった。


「うわっ!!」


ピカっと微弱ながら光り、静電気が流れるような感覚――おそらく魔術が体内を駆け巡り消費されていく感覚がする。


「なにをしているの?」

「本当に魔力が使えるのか確かめたかったんだ……」


光る指先を見て、また俺は絶望的な気持ちになっていく。まるで、あの夜の車のライトのようで―――。


俺は現実的に…そして真面目に生きてきた、つもりだった。

『特待生、期待しているよ』

『ありがとうございます。』


俺の帰る場所は、亡き父が残した家。

家族は猫のナオとマオだけ。

父が病死してすぐ母は家を出ていき、毎月生活費だけを振り込んでくるようになった。

親戚にも頼れず、教師にも頼れず、それでも進学する夢を諦められなかった……狂うほど努力して手に掴んだ

これでやっと、周りの同級生と同じように生活ができる――になれる。

そう信じて入学した憧れの高校はやはり素晴らしくて、この場所だけが俺を普通の高校生にしてくれた。なのに……。

また面倒事に巻き込まれて俺の大切な日常が壊されていく。それが耐えられない、許せない、やるせない、苦しい。

体だけがここにあり、心はまるで地面の奥底にどんどん入っていくような…。


「……自分の光をみなさい」

「え?」


ハッとして、自分の指先の光を見ると、綺麗な黄色の光が半分ほど黒に染まっていた。


「な…なんだよこれ…」


嫌な予感がして、焦れば焦るほどに染まっていく速度が早まる。「大丈夫よ」、その声とともに覆われた自分の手。彼女の手が離れた瞬間には、光は元の色に戻っていた。


「未熟な魔術師は気持ちが影響するの…例えば、絶望した気持ちで魔術を使おうとすれば、勝手にになって、物を壊したり誰かを殺したりしてしまうのよ。だから、あなたに魔力をコントロールできるように特訓を提案したのだけれど……無理強いするつもりはないわ。私がいる限りはそんな事させないから」

「……今、何をしたんだ?」

「ネガティブに影響された魔力だけ取り込んだのよ。普通他人の魔力を吸い取ることはできないのだけれど、ネガティブな魔力だけ吸えるように……教育されてきたから」


……その単語が何故か心にチクッと刺さったような気がした。

例えば俺が持ってしまった魔力のせいで、意図せずに誰かを殺してしまうかもしれない。そんなことを看過できるほど、俺は冷酷な人間ではない。


「意図せず魔力が出ないように、私がつけてたネックレスのような物を作ることはできるわ。でもそれも、多少コントロールができないと危険なのよ」

「……わかった、お前の特訓とやらを受けて見るよ」

「そう」


彼女はそういうと、そっと立ち上がって俺の顎を強めに掴んで、言い放った。


「魔術を扱う覚悟をしなさい。」


薄暗いこの洞窟の中だが、何故か彼女の顔だけはハッキリと見えた。

目線は俺の事を見ていない―――どこかを見ている。何を見ているのかはわからない。

突然の顎クイ、しかも乱雑……男女も逆だし、突き放したくなる。なのに、目の前にあるその美しい顔に見蕩れてしまう。

透き通った白い肌は正気がなく、そして手はすごく冷たくて……まるで棺の中にいる死体のように美しい。


「行くわよ」

「あ……うん」


絶世の美女すらも彼女を前にしたら何も言えなくなるだろう。この美しさに人類が気づけば、彼女は一躍 時の人になるに違いない。

……そんな事を、彼女の後ろを必死に追いかけながら考えていたら、視界に更に美しい光景が飛び込んできた。


「この地底湖――魔力の泉になっているのよ。あなたが1億回魔力を使い切ってもなくならないくらい、魔力で満ちているわ。」

「魔力って、こんな色をしているのか」

「いえ…透き通った魔力だけがこんな美しい色をしているのよ。魔力は置かれている状況や使う人によって、色が変わるもの。さっきのあなたの黒い光もそうよ」

「なるほど…」


何色、とか形容できないほど美しい景色に心奪われる。そしてその水面に反射する彼女の顔も、また美しかった。


「そういえば、紫乃宮って俺と目合わさないよな。さっきも……」

「あなたには見えていないの?」

「何がだ?」

「目の奥のくらやみよ」

「……くらやみ?」

「えぇ。てっきりお互いが見えていると思ったのだけれど―――あなたの目の中に、まるで吸い込まれそうなくらやみが見えるのよ。だから目を直視できないの。」

「それはなんで生まれるんだ?」

「わからない……唯一見た事あるのは、グローネフェルトの目にあったくらやみだけなの」

「なんだそりゃ、じゃあ俺もグローネフェルトの血を引いてるってことか?」

「それはないわ、だって……血が紅だったでしょう。」


あの日のことを鮮明に思い出す――紫乃宮から滴る紫色の液体を。


「今は謎だらけで何もわからなくても、一つ一つ紐解いていけばわかるようになるかもしれないわ。」


彼女はそう言って、魔力の湖に足を踏み入れた。


「……ここに眠っている可能性のあるロッドを見つけて、あなたの魔力を最低限コントロールできるようにしましょう。」

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