第13話


「これから、あなたの魔力を鍛えながら、ロッドを探すわ。」

「そのロッドって……なに?」

「そうね……。」


かつて神が魔術師と呪術師を生んだ時、人間・魔術師、呪術師にそれぞれ授けた3つの道具があった。

魔術師には、天使の右手を。

呪術師には、天使の左手を。

人間には、ロッドを―――。

天使の右手は、魔術の力を最大まで高める効果が。天使の左手には、呪術の力を最大まで高める効果がある。どちらも、所持者の力の器が低ければ所持者は死に、適正のあるもののみが触れる……そんな、恐ろしい手。

魔術師が左手を使うことはできないし、呪術師が右手を使うことはできない。

――そしてロッドは、無から力を生み出すもの。器を持った特別な人間だけが使える、それ以外の人間が触れると死ぬ……。

そして鍛え上げられた魔術師・呪術師が使えば、自分の持てる限界まで魔力を保持できる。つまり、魔力回復器だ。


「そんなものがこの島にあるのか?」

「ええ……確実にね」

「天使の手は?」

「一応、あるのだけれど」

「あるなら、ロッドなんて必要ないんじゃ……」

「私が持ってるのは、左手――呪術師用のものよ。」


魔力の泉の更に先を目指し、洞窟を前へと進む。

伏せないと通れないような隙間も、彼は文句言わずについてくるものだから、かなり感心してしまう。同じくらいの歳の私はきっと文句言って魔法でどうにか通ろうとしてたのではないかしら……。

そんなことを思いながら、右手で岩を掴んだ瞬間、「右手は?」と問われた。「……ないのよ」と答えるしか無かった。


私がこの生涯、この手から離してしまったもの。レーの手と、天使の右手………。


「左手は…持ってて役に立つの?」

「役に立つかなと思ったのだけれど、何もできなかったわ。だから封印しておいたの」

「そうか…そんなすごいものなんだから、呪術使えるようになってもおかしくないのにな」

「私もそう思ったけどね、使い方がよくわからなかったのよ。教わってないから」

「……左手って、呪術師に授けられたものなんだろ?どうやって手に入れたのか?」


空気がピリッとする。

ほのかに香る、懐かしい臭い……嗅いだことがある。狭い、狭い隙間の先に見えるロッドと、


「……あったわよ、ロッド」

「え!?まじか!?」

「ええ……ただ、この隙間を抜けるのは厳しそうね。魔力で壊すわ。」

「わ……わかった!」


この道が崩落しないような、弱さで……でも、しっかりと隙間の岩石が破壊できる強さで。これは集中しないといけない。

壊す、動かす、なんてものは朝飯前だけれど、細かい加減は本当に難しい……。

そんなことを思いながらも、どうやって手に入れたのかという問いを思い出す。

……それを答えてあげるほど、親しくはない。


パキッ、と美しい音を立てながら少量の岩が削れて、隙間が道に変化した。


「すげえ……」

「ここからが本番よ」

「本番?」

「見える?紫の帯が……」

「紫……?」

「見えないのかしら」

「いや、見えるけど……紫ではないぞ」

「……あなた、すごいわね」


思わず息を飲んでしまう。口角が上がっていないか気にする余裕すらない。久しぶりに原石を見つけたようで、気分が高揚する……それも激しく。胸は高鳴るし、手は少し痺れてきた。


「じゃあ、ここで魔力の特訓をしましょう。最後の目標はその封印を解くこと……いいわね?」

「この帯って…封印なのか!?」

「そうよ」

「俺には…ぐるぐるに、何十にも巻かれて……それから、なにか念が込められてるように見えるんだけど、これが俺に解けるのか?」

「やれるかやれないかじゃない。やるのよ、貴方が。」

「だってそんな大切なもの……紫乃宮がやったら一瞬で解けるんじゃないのか?」

「それが……そうでもないのよ。」


話すか少し迷ったが、納得してもらうにはありのまま話すべきだと直感が言った。


「この封印は、父の嫌がらせね……私が解こうとすると、途方もない時間がかかるようになってるわ。私の魔力にだけ強く反応するように組み込まれてる。」

「紫乃宮のお父さんが……?なんでそんなことするんだ?」

「神は言ったのよ。月が赤に染った年、偉大なる魔王が生まれる。月が青に染まった年、偉大なる呪術師が生まれる……ってね。」

「それが封印と関係してるのか?」

「現代人は、自分の娘が――性別的に跡取りにもできない娘が、その偉大なる魔王だったとしたら、受け入れられるのかしら。」

「…でもそんなの、言い伝えだろ?」

「現代人って、伝説を信じない者はとことん信じないものね。目の前にあるロッド、消えた右手、私が封印してる左手―――それらは全て間違いなく神が生んだものなのよ。」

「でも……」

「当時の人々は、それが全てだったのよ。自分の跡継ぎを魔王にしたい……そう思った人々は、月が赤くなる時を待ってたの。そしてその年、たくさんの魔術師が子作りに励んだわ。」

「……マジかよ」

「年の瀬に、聖女が神のお告げを聞いたのよ。最後の日に魔王が生まれるって……そうして生まれたのが私よ。偉大なる魔術師――魔王。ま、そんな魔王に嫌がらせをしたかった父親の悪あがきってところかしら」

「そう……なんだ。じゃあ俺、解けるように頑張るよ」


そう微笑んだ彼は、意外と頼もしく感じた。

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