第11話


「退きなさい!!!」


急いで海辺くんに物理保護の魔法をかけようとしたが、それでは間に合わないと悟ってすぐさま爆破魔法に切り替えた。


「!?」


獣が弾け飛ぶと同時に、海辺くんの保護魔法が発動し眩しく光った。自分の背中から流れる熱い液体の感覚すら、忘れてしまうほどの――綺麗な眩しさだった。


「海辺くん!!大丈夫!?」

「紫乃宮、それ…」

「怪我してない!?」

「紫乃宮!!!!!!」


グッと肩を掴まれた瞬間、我に返った。


「なんで、お前が出血してんだよ……?」

「あ……」


背中に伝う熱い液体血液、クラっとする感覚と、思い出す痛み。


「……またいつ獣が現れるかわからないから、とりあえず戻るわよ」


そう言って、私は瞬間移動魔術を使った。

次に目に入る光景は、洞窟内の焚き火のゆらゆらとした光。そして、抱きかかえた海辺くんの心配そうな顔。

彼をそっと地面において、私は目を背けてしまった。


「…私の怪我は、大丈夫よ」


さっきの魔術クナイを壊す前に彼を助けに行ってしまった為、その全てが背中に刺さってしまったらしい。確かにズキズキと痛むし、かなりの量の血が出ている。


「嘘つくなよ、そんな血…し、死ぬんじゃ」

「死なないわよ」


「…死なないの」


もう一度、小声で呟いた。

何があっても私は死なない。

例えどんなに出血しても、どんな怪我をしても、四肢を失っても、心臓を貫いても、死ねなかった。

人生で死のうとした回数は思い出せないほどで、今も毎朝自分の動脈を切りつけている。それでも、グローネフェルトの呪術が自然と直していく。

今のこの怪我も、呪術の忌々しい光が背中に集まり、傷が癒えていくのがわかる。


「…その光も、魔術か?」

「いいえ…呪術よ。」


醜いグローネフェルトの呪術が自分の体を包む度、守る度、治癒する度…酷く憎しみに襲われそうになる。


「気持ち悪い光だな」

「光の色を認識できるの?」

「認識…できてるのかはわからないけど、なんか、うっすらと気持ち悪い色してる」


感じてた違和感が繋がり、疑惑が確信に変わる。


「海辺くん、あなたは恐らく……魔力を保持できる体になってるわよ」

「え?」

「大昔の話だけど……」


昔、魔術師でも呪術師でもないただの人間が、魔力を保持しようと試みたことがあった。名前も知らない下位貴族の馬鹿な魔術師と、欲に負けた馬鹿な人間が実験を行っていた。そう簡単には上手くいかず、500人前後が実験に参加し、実際に魔力を保持できた人間は1人だけだった……。

そんな出来事が表に出たのが、失敗した500人が魔獣に変化し街を襲ってからだった。

下位貴族は魔獣に食い殺され、成功した人間も行方不明――そんな気味の悪い事件だった。


「すごく低い確率で、後天的に魔力を保持できる人間がいるのよ」


そんな怪事件をファルケンハウゼン当主――私の父が放っておくわけもなく、1年半の年月をかけて事件の解明と、魔力を保持できる人間の仕組みを調べていた。

結果わかったのは、超低確率でを持った人間がいること。

ただし、魔術師と違い人間は自分で魔力を生み出すことができない……空っぽのコップを持っているだけだった。そこに魔力を注げば、コップは魔力を保てる。そして、魔術を使う度に魔力を消費し、また空のコップに戻る―――そんな、魔術師とも人間とも言えないような人間が、ごく稀にいるということだった。


「――ということなの。あなたには、もしかしたらがあるかもしれない。」

「でも、そしたら魔力の供給源が必要だよな?俺は魔力を吸ってないぞ」

「そうね……例えば、あなたの保護魔法が供給源になっていたりして」


そういって私は指先に軽い魔力を溜めて、海辺くんの周りをなぞる。薄くだが、綺麗に輝く光……。


「昔、文献で見た事あるの……。保護魔術の中には、初回発動後に何かしらの魔術を永続的に生み出すものがあるって」


指先に意識を集中させればさせるほど、海辺くんの周りは綺麗に、そして強く光り続ける。


「例えばその魔術が、魔力を生み出す魔術……とかなら、私が貴方の保護魔術を発動させたのが引き金で、貴方に持続的に魔力が注ぎ込まれるようになったとか?」


保護魔術の性質を調べようとするが、全く読み取れず断念する。少しでも魔力を弱めれば光は弱まり、強めれば光は更に輝く――こんな美しい保護魔術をかけられる魔術師がいるなら、私はこの目で見てみたい。


「……じゃあ、俺は魔術が使える人間になっちゃったってことか?」

「そうね」


先程の魔術クナイ――あれは恐らく、彼が向けた怒りや敵意が魔術として現れたものに違いない。数本しか出せていなかったとはいえ殺傷能力は十分にあり、無意識下で使ってしまっている以上危険なことには違いない。

そっと息を吸って、また吐く。

――きっとクナイの事を伝えたら、彼は顔を曇らせて何度も謝罪してくるだろう。


「さっきも言ったけれど、この島には魔力が眠っているの。だから、この島で貴方が少しでも魔術を使えるように…魔力をコントロールできるように、特訓しましょう」

「特訓!?」

「ええ。貴方も使えた方が、何かあった時に便利でしょ?」

「……俺は魔力なんて使えなくていいから。」


海辺くんは想定外の返答をしたあと、地面の岩を握りながら……死んだような魚のような瞳で「俺には魔力は必要ない」と呟いた。

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