第10話


「さすがに手が痺れたわね……」


魔術で強化していたとはいえ、男性一人持ち上げて飛ぶのはかなりの負担がかかったようだ。しかし…人間には厳しい衝撃だったのかもしれない。


「……起きなさい」


気絶している海辺くんにそう声をかけても、彼はビクともしない。

ツン、と指でつついても、目を覚まさなかった。


「困ったわね」


ここは異国の無人島――ビーチ。

その脇にある、大きな洞窟の入口に座っている。人間が過ごすのにはかなり厳しい気候なので、私自身と海辺くんに気温から保護する魔法をかけた。また、何泊するかわからないため、予め用意しておいたものを洞窟の入口に設置した。


ベッド、テーブル、椅子、コンロ、大量の食料などなど……なんでもある。


「拠点の設置は完了ね」


この島は、何故か魔力に満ちている。特にこの洞窟の最深部の方向からは強い自然発生の魔力を感じ取れる。

不死の呪いのおかげで膨大な魔力を保持している私は、魔力の枯渇に怯えることは早々ない……だけれど、もしもの出来事に備えて魔力の供給源は見つけておきたかった。

また、ここまで強い魔力が存在する島は確実に何かしらのお宝や秘密が眠っているに違いない。少なくとも、魔術が当たり前だったあの時代の私と同程度の量の魔力が眠ってる…。


「この島なら……ロッドも手に入るかもしれない。」


地面で気持ちよさそうに眠る海辺くんを見て、レーを思い出し果てしなく絶望する。

レーは――レーは、私の大切な人だった。


『大丈夫?どこか痛いの?』


私が人生で初めて触れた優しさ。


『……別に』

『血出てるよ、今手当するね』

『必要ないわ』

『いや、必要だよ。こんなになって……』


レーと初めてあった日は、雨の強い夕暮れだった。訓練でボロボロになり、逃げてきた森で出会った。慣れすぎた怪我――私はそれを治せる魔力を持っているのに、レーは手当てをしてきた。


『はい、終わり。お姉ちゃん、名前なんて言うの?』

『……は?』


初めて聞く単語に思わず困惑してしまうが、私のことなど気にせずニコニコとしている彼。


『僕はね、レーってよく呼ばれるよ。』

『……そう、私はリア。』

『リア?綺麗でかっこいい名前だね!!』


私の正体魔王を知らないレーは、人生で初めて私に優しくしてくれて、人生で初めて私と対等に話してくれた人だった。


「……レー。」


この島にねむる魔力、何かしらのヒント。

それがあれば、またレーと出会えるかもしれない。悲しみに暮れるのをやめて、私はそっと息を吐いた。ぽたぽたと壁から自然の水が垂れている、その音だけが響く。

地面に寝かせていた海辺くんをそっと持ち上げ、ベッドの上に寝かせた。


「……んっ」

「あら、起きた?」

「……ここはどこだ?」

「異国のビーチの脇の洞窟よ。」

「洞窟……」


彼は周りを見渡した後、大きなため息をついた。


「なんだよ……状況全然わかんねえよ」

「ここは日本からは遠く離れた国の無人島、誰もいないのよ。」

「はぁ…?」

「私たちはここを捜索しなければいけないの。」

「なんでだよ……」

「ここの島には、魔力が眠っている…だから、調べなくてはならないの」

「それって、お前1人じゃダメなのかよ」


遠くを見つめている海辺くんの顔を見ると、かつてレーを怒らせてしまった時のことを思い出してしまった。

――いや、怒らせてしまったのかしら。


「勝手に殺そうとしてきて、勝手にいなくなって、今度は勝手に変なとこに連れてこられて……いくら契約したとはいえど、ここまで自分勝手に動かれると、流石にしんどいんだよ」

「でも、駒になるって――」

「言ったよ!!!!!!」


突然の大声に、流石にビクッとしてしまう。

そんな私を見て、海辺くんは頭を抱えて丸くなった。


「……言い出したのは俺だ。でも、俺はお前に殺されるところだったんだ」

「仕方ないじゃない」

「仕方なくねえよ……お前は人の気持ちってのがわかんねえのかよ」

「……」


ぐしゃっと頭をかいたかと思えば、おもむろに立ち上がって出口の方へ歩き出す彼。


「……いくら魔力が使えたって、他人の気持ちは推し量れないんだな。」

「待って」

「1人にしてくれ」

「待ちなさい!!」


出口の方向へ消えていく彼を見て、急いで追いかけようとした瞬間だった。


「っ……!」


瞬間的に自分に保護魔術をかけ、視界がピカっと光る。攻撃魔術のクナイが床にコトンと落ちて、すぅっと消えていった。


「……なによこれは」


私の周りを取り囲む魔術のクナイ。

10個くらいはあるだろう。そして360度全方位にあり、その刃の先は私に向かっている。


「下位魔術、雑な狙い方、色や魔術の香り……無意識に向けられたものかしら……」


その刃を落とそうとした瞬間の事だった。


「うわああああ!!!!!!」


洞窟の出口の方から大きな叫び声が響き渡り、嫌な予感が的中した感覚がした。


「海辺くん!!」


反射的に動きだす体、魔力で満ちていく感覚がする。血液が強く流れ、全身が光り放つのがわかる。きっとあのクナイは私を追いかけてきているだろうが、私はそれを気にする余裕すらなかった。


「っ……!」


視界に飛び込んできたのは、予感の通り猛獣に襲われる海辺くんだった。

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