第9話


「……なぁ信濃、紫乃宮の連絡先知らないか?」

「あー…知らないなぁ。」


怒涛のように非現実的な話を聞かされたあの日からもう5日になるが、俺はあの日以来紫乃宮を目撃していない。


「心配なの?」

「ああ、さすがに休みが長いなって」


5日も欠席している紫乃宮だが、俺は体調不良だとは思っていない。きっと……何かがあったに違いないと思う。

そしてなにより、この痣のことが聞きたいんだ。日に日に色が濃くなっている気がする……落ち着かない。


「ねえ、その痣どうしたの?」

「え?ああ……」


無意識に痣の部分を触っていたようで、信濃に気づかれてしまった。一瞬汗が吹きでそうになるが、あわてて誤魔化す言葉を頭に浮べる。焦っていると、机を強く叩く音と共に視界にギラギラした長いつけ爪が入ってきた。


「痣?何の話?まぁいいや……」

「え?」


ストレートの長い金髪に派手なメイク、スカートやスマホから垂れる大量のキーホルダー。

――獅音 圭子。


「なんの話してんのかわかんないけどさぁ、紫乃宮さんなんで休んでんの!?」

「え、獅音って紫乃宮と関わりあるの?」

「いや…ないけどさぁ……心配じゃん?」

「まぁ……」


獅音と言えば、大雑把で人の事考えたりなんかしてなくて、我が道を行くタイプのギャル……のはずが、何故か紫乃宮を気にしている。


「なに?アタシが人を心配するのが変だって言いたいの?」

「違うよ」

「てか、信濃は知らないの?あんなに紫乃宮に絡んでるのに」

「……」


信濃は何故か下を向いて黙り込んでしまった。


「え、もしかして信濃……喧嘩したとか?」

「してないよ!」

「じゃあなんで黙るんだよ」

「わたし、紫乃宮さんのこと何も知らないから……」

「はぁ?」

「私が一方的に話してるだけなの」


信濃がもう一度下を俯くと、獅音は頭をかきながら「あー」なんて言って、また口を開いた。


「頼りになんねえな」


――冷たい目。

いや、もはや蔑んだような目。

吐き捨てたように言って、立ち去ろうとする彼女を反射的に引き留めてしまった。


「獅音は、なんで紫乃宮のこと気にしてんの?」


頭に浮かぶ、そして……事情を知った上で獅音の言動を見ていると、何かが引っかかってしまう。


「あー……紫乃宮アイツがこの間立ち尽くしてて邪魔だった時、気になることがあったから聞こうと思っただけ。」

「気になることって?」


そう聞くと、明らかに眉毛をピクっと動かした獅音は、再び冷たい目に変わった。


「知ったところで何もできない無力な人間がさぁ、深掘りしてくんの……ウザイんだよ」

「ちょ、まっ……!」


俺の静止すらも振り払い、今度こそ確かに去っていく獅音。


「なんだよアイツ……!」

「……」

「ちょ……信濃……!」


獅音と同時に、信濃も下を俯いて自分の席に戻っていってしまった。

2人に何が起きているのかわからない上に、獅音のあの発言……早く紫乃宮に報告しないと……。


「紫乃宮さんってさぁ……なんで休んでるのかな」

「先輩に〆られたとか聞いたけど?」

「うわマジ!?」

「絶対あの上品ぶってる感じのせいでしょ」


教室の隅から紫乃宮の陰口がしっかりと耳に入る。というか、日に日に人の話がよく聞こえるようになってる気がする……。

紫乃宮が休み始めて3日目から陰口はより酷くなり、今ではこの有様だ。 廊下を歩いても「先輩にボコられたらしい」だとか、「本物の御曹司の男に消されたらしい」だとか、本当にありもしなさそうな噂ばかり流れている。

学校中どこにいても気分が悪い上に、首の痣は日に日に酷くなっていってる。そして信濃と獅音のやり取り……問題は山積みどころじゃない。大問題に大問題が重なってる。

喧騒から逃げたくて来た旧校舎の非常階段で、座りながら呟いた。


「……紫乃宮」

「なに?呼んだ?」

「……は?」


見上げると、空から落ちてくる女の子がいた――紫乃宮だった。


「し、紫乃宮……大丈夫か?」

「大丈夫よ。」

「なんで学校来なかったんだよ!?」

「世界中を飛び回っていたのよ」

「……は?」

「その保護魔術の原因や実態を調べるために……ね」


そう言って紫乃宮はツン、と俺の首筋に触れた。


「色が濃くなってるじゃない、何をしたの?」

「なんもしてねえよ!!」

「こんな数日間でここまで色が濃くなるって……身近な人に呪術師がいるんじゃない?」

「身近な人って言っても……俺、父親と二人暮らしだし……」

「毎日行ってるところとか、心当たりはないの?」

「学校くらいだよ」

「じゃあ、学校よ。」


今度は軽くジャンプをして、手すりにコツンと立った紫乃宮……俺は慌てて、支えようとしてしまう。

「学校の中にいるんでしょうね、グローネフェルトが」と呟いた紫乃宮の顔は、思わず背筋に電気が走ってしまうほどの怖い顔をしていた。


「……で、私が居ない間に何か変化があったんでしょ?」

「へ?」

「あったから私を呼び出したんじゃないの?」

「呼び出し……てはいないが……」

「あら、呼ばれたのは気のせいだったのかしら。帰るわね。」

「ちょ、待って!!呼んだ!!呼んだから、俺の話を聞いてくれ!」

「……忙しいのよ、手短にお願いね」


思わずため息が出てしまうが、今にも行ってしまいそうな紫乃宮を見て、早く言わなきゃなんて焦ってしまう。


「……獅音って奴がさ、紫乃宮がなんで休んでるのか結構しつこく聞いてきてさ、なんで気になるのか聞いたら、『無力な人間が深掘りするな』って」

「無力な?」

「ああ……」


というワードに引っかかったのか、顎に手を添えて黙り込んだ紫乃宮は、少し経ってから口を開いた。


「まあいいわ、今は捜し物で忙しいから、あとで調査する」

「……おう」

「あなたも来てちょうだい」

「は?」


冗談かと思ったが、紫乃宮は本気な顔をしていた。


「欠席については安心して、私の魔術で分身を作るから。じゃ、大人しく私についてきなさい」


そういった紫乃宮は、俺のことをお姫様抱っこ……しかも軽々と持ち上げて、ニコッと笑った。


「え?え?ちょっ、え?」

「行くわよ」

「はー!?!?!?」


物凄い風と共に、視界が大きく揺らぐ。

世界が…もはや、時間が加速しているようにも見えるその景色は、まるで異世界のようだった。


「ちゃんと掴まっていてね」

「…へ?」

「もう少し、速くするから」

「えええええ!?!?」


その瞬間、風はより強くなり、もはや体に鉛があたり続けてるんじゃ――なんて思うほどの強い衝撃。

俺はそのまま、意識を失った。

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