第8話

同日16時半、私は予定通り海辺くんの家にいた。新築らしい戸建ての家には、2匹の猫がいた。可愛いなんて思う余裕はなくてチャチャッと鑑定魔法をかけて、威嚇されてしまったところだった。


「……で、この変なのから聞きたいんだけど」


海辺くんは首元のそれを指さしながら深刻な顔をしているが、私はそれ以上に深刻な事実に気がついてしまった。


「ええ……まぁ、それは……」

「勿体ぶらなくていいから」

「……ごめんなさいね、私もまさかあなたの首にその痣がつくとは思ってなかったのよ」

「そうなんだ………じゃなくて!!普通にこの痣がなんなのか教えてくれ!!めちゃくちゃ怖いんだよ!!」


海辺くんは声を荒らげた後に、自分が大声を出したという事実に気がついたのか、口を手で覆う。

私は はぁ、とため息をついて、全てを話す覚悟を決めた。


「……まず、私は現代に生まれた魔術師ではないの。大昔に一度世界を破滅に追いやった魔術師よ。」

「……破滅!?」

「質問は後で受け付けるわ。私は、今から数えられないほど大昔に生きていたの。偉大なる魔術師として――魔王として。だけれど……」


アナのことを思い出して、息が詰まる。

頑張って声を絞り出そうとして、少し咳き込んだ。


「ひょんなことから偉大なる呪術師と揉めて、世界を破滅に追いやる羽目になってしまったわ。」

「呪術師……」

「大昔は、人間と呪術師と魔術師が共存していたのよ。絶対に覚えていてほしいのは、呪術師は魔術を防御できないし、魔術師は呪術を防御できないってこと。」

「それって、お互いやりたい放題というか…」

「そうね。戦争しようものなら、攻撃の早い者勝ちよ。」


……実際、それで何度も戦争が収まったことがある。

王に近い家門も初めは魔術師だけだったのに、この仕組みのせいで呪術師も上がってくるようになった。


「呪術と魔術は特性が違って、正直魔術師の方が優れているわ。私はなんでもできるし、なんでも他人にかけられるけど……呪術はそうではない。」

「それって…例えば?」

「例えば……そうね、呪術師はいくつかの決められた呪術しか使えないのよ。人を呪い殺す呪術、人を攻撃する呪いもあれば、自分が幸せになれる呪いや人を幸せにする呪いもある。ただ、どの呪術も概念がぼんやりしてるのよ」

「……幸せとか、攻撃とか、詳細までは指定できないってことか?」

「そう。呪い殺す呪術をかけても、どう死ぬかは呪術師も知らないのよ。但し、例外として、指定できる呪術がたったひとつだけある。」


ふう、と息を吐いて、再度覚悟を決める。


「不死の呪いよ」

「んだそりゃ……」

「まぁ…その痣は不死の呪いではないけれど、呪われてる証なの。呪術は魔法と違って欠点ばかりだわ。だから、呪術をかけられると痣ができるし、その痣を見ればどこの家の呪術師がかけた呪いかもわかる。」

「呪われてるって…え、俺が?何もしてないのに?」

「……」


その通りだ。

彼は何もしてない。何もしてない人間なのに、ネックレスが見えて、保護魔術がかかっていて、私に消されそうになって、挙句の果てに呪いまでかけられている。


「その痣のサイズからすると、おそらく……弱い攻撃の呪いかしら」

「攻撃って……え、俺死ぬ?」

「死なないわよ。呪いで死んだら私が蘇生魔術をかけてあげるわ。」

「はぁ……良かった。」


とは言ったものの、保護魔術が蘇生魔術を通してくれるとは限らない。

そもそも、この保護がどう言った魔術から保護する作用があるのか確かめないといけない。


「ただ、あなたが狙われてるのは事実よ」

「なんでだよ……てかこの痣、薔薇みたいな形……気味悪いじゃん。」

「そうね。それは私が昔揉めた呪術師――グローネフェルト家の紋章よ。グローネフェルトの血を継いでいる人間が呪いをかけると、かけられた人間はその痣がつくの。」

「ぐろ……え、なんて?」

「グローネフェルトよ」

「……聞いたことないってか、この国の名前じゃないよな」

「当たり前でしょ、本当に太古の話よ。」

「紫乃宮も、ヴァレ…なんとかだったよな。」

「……ヴァレリアよ。ヴァレリア・ディ・ファルケンハウゼン。」


現代でこんな風に自分の本当の名を名乗る日が来るなんて…そんなことを思ってもいなかった私は、海辺くんからそっと目を逸らしてしまった。


「てか、普通に話聞いてたけど……この世界には紫乃宮みたいな魔術師だけじゃなくて、呪術師もいるんだよな」

「ええ、そうね。私も信じ難いけど」

「正直、パッとしないというか、受け入れられないというか……」


呑気に伸びをする猫を見ながら、悲しそうな顔をする海辺くん――そんな横顔を見て、大昔のことをパッと思い出した。




『レー、どうしたの?』

『……僕が貴族だったら、リアを困らせなくて済むのかな』


猫を撫でながら、夕日に照らされるレーの悲しげな顔を私は美しいと思ってしまった。


『そんなこと気にしなくていいの。私だって、一般人になりたいわよ』


そんなレーの頬を撫でて、くらやみの目を見つめた。


『リア……何があっても一緒にいよう』

『もちろんよ、例え世界が滅んでも、死んでも、何があっても……あなたの傍にいると誓うわ。』

『ほんと?』

『ええ。私が嘘をつかない人間なのはよく知ってるでしょう?』



―――嘘つき。

「紫乃宮?」

「……っ」

「紫乃宮、どうした?」

「なんでもないわ…………」


私はレーに謝らなくてはいけない。

何があっても傍にいるという誓いを反故にしたこと、嘘つきになってしまったこと。


「なんでもないならいいんだけど……俺、怖いんだよ、色々と。」


より一層悲しげな顔をする海辺くん。

無理もない、というか、当たり前の反応であると思う。魔術も呪術もない世界で生きてきたのに、いきなり魔術も呪術もかけられてるなんて……。


「大丈夫よ。あなたの事はできる限り守るから」

「……ほんとか?」

「もちろんよ。駒を守らず見捨てるなんて、ファルケンハウゼンのやり方ではないわ」

「駒……か。」

「安心してちょうだい、駒とは言ったけれど……弱い者に意地悪をするような教育もされてきてないのよ。大切に扱わせていただくわ」

「ハハッ、紫乃宮の方がよっぽど弱そうなのに……やっぱ人は見かけによらないな」


少しだけ、彼の顔が和らいだ。

また嘘をついてしまったけれど、人を安心させる嘘ならいくらついてもいいんじゃないか…なんて、最悪なことを一瞬考えてしまった。


「ちょっと触るわよ」

「え、え?」

「保護魔術が発動しても驚かないで頂戴。」

「ちょ、ちょっと待って!!何する気だよ!?」


海辺くんの首筋に触れようとした手を強く掴まれ、止められる。海辺くんが小声で「冷た……」と呟いたのを、私は聞こえてないふりをした。


「攻撃の呪いが発動したら即時修復する魔術でもかけようかと思ったのよ」

「なんだよ!怖ぇよ!!最初から説明してくれよ……」

「ごめんなさいね」


顔の緊張が解れたところで、再度彼の首筋の痣に触れた。微弱だけど、効果は絶大……そんな魔法ならば、保護魔術が反応しないんじゃないか。なんて思って、とにかく指先に意識を集めた。

キラキラとした左がそっと首筋に定着したところで、手を引いた。


「……保護魔術、発動しなかったわね」

「ああ……なんでだ?」

「恐らく、悪意や敵意のある魔術を弾くタイプなのね。まるで、あなたを魔術師から身を守るために――そして、その魔術師にあなたを傷つけさせないために、つけられた魔術なのでしょうね」


自分の手に残るキラキラとした魔力をじっと見つめる。彼についている保護魔術はどう見ても異質だ。

調べなければならないことが山積みで、私はギュッと手を握った。

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