第7話
「頼む!!お、俺に提案がある!!だから消滅は……ちょっと待ってくれ!!!」
「あら、じゃあこのまま消滅魔術を保持しているから、私が放つまでに提案とやらを話しなさい?」
「…グッッ」
まるで苦虫を100匹噛み潰したような――物凄く苦しそうな顔をする彼を見て、罪悪感が湧かないわけではない。
でも、私は偉大なる魔女。罪悪感や善意なんかに負けてはいけない、鉄の女でいなければならない、そう教えられてきた。
「あ……のさ!俺は全面的に紫乃宮の味方をする。なんで俺が保護魔術…とやらがついてるのかは全くわからないけれど、その原因を探したいなら俺の事をいくら研究してくれていい。なんでも協力する、だから、殺すのだけはやめてくれ……」
「……ふぅん。」
「これは命乞いじゃない!!提案だ!!俺は絶対紫乃宮に危害を与えないし、紫乃宮の言う通りに動く。隠し事もしない。つまり――無条件で紫乃宮の駒になる!!だから、紫乃宮も俺には危害を加えないでくれ!!!」
「……」
「魔術師なら、魔力で契約とか…そういうのできないのか!?」
「ああ……できるわよ」
本当にこれで納得していいのかわからなかった。彼の目を何度も見て、何度も鑑定魔術を使った…でも、嘘は見つからなかった。あったのは、ただただ純粋な白い心だけだった。
私はそっと目を瞑って、消滅魔術の玉自体を消し去った。
「…契約ね、いいわよ」
すっと手のひらから生成される魔術契約書。この魔術も、力のある魔術師の家系じゃない限りは使えないもの。
「魔術の紙だから、感覚が変だと思うけど……これでどう?」
「どうって……何一つ読めないんだけど。」
「ごめんなさいね、太古の文字なの。今から読み上げるから…ええっと、あなたの名前を教えて貰ってもいい?」
「……
「いい名前じゃない。」
私がそういうと、海辺くんの顔は少しだけ明るくなった。
「さて、と。海辺玲音は、ヴァレリア・ディ・ファルケンハウゼンに絶対に危害を加えません。もし危害を加えようとすれば、海辺玲音に即座に消滅魔法が働きます。それから、隠し事もせず、従順な駒となります。約束できますか?」
「約束…できるけどさ、ヴァレリアナンタラって、誰?」
「私の本当の名前よ」
「かっけえ名前だな」
「……」
私にとっては呪いでしかないようなこの名を、褒められたのは――何万年ぶりかしら。
『ヴァレリア?すっごいいい名前!』
あの日の言葉が鮮明に頭に流れるが、そっとかき消して意識を
「そして、私。ヴァレリア・ディ・ファルケンハウゼンは海辺玲音に絶対に危害を加えません。加えた場合は、ヴァレリア・ディ・ファルケンハウゼンに消滅魔法が働きます。ヴァレリア・ディ・ファルケンハウゼンには、海辺玲音を自由に使う権利があります。」
「……なるほど」
「契約するならば、血をこの紙に垂らしなさい。」
私と海辺くんは共に再度指を切り、紙に1滴ずつ垂らした。深紅の血と真紫の血は共に重なり、契約書は宙を舞った。そしてメロディが奏でられ、2枚に分割した。
1枚ずつ、私と海辺くんの胸の中に消えていった。
「……なんだこれ」
「契約完了よ」
そう言うと、海辺くんは力が抜けたように崩れ落ちた。そしてブツブツと独り言を語り出す。そんな姿に、やはり罪悪感を感じてしまった。そして、私は再度ネックレスを手にしようとして、そしてやめる。
「今日の事で、アナタも少しだけ魔力が使えるようになるかもね」
「……頭が追いつかないから、そっとしておいてくれ」
強い視線を感じて見上げると、壁に張り付くのは式神。呪術師が使える、簡単な術式…盗聴のために行われるもの。
こんな古めかしい術を飛ばして、すぐそこで聞き耳を立てているのは誰だろうか。
「海辺くん。今までのやり取り全て盗聴されていたから、今からこの学校全体に魔術に関しての記憶を消す忘却魔術をぶっかけるわ。でも驚かないで、あなたにはかけない…いや、かからないから。」
「え?え?」
海辺くんが混乱しているのを横目に、私は強く詠唱を開始した。彼はその間もずっと 待てよ、とか、どういうこと?とか言ってるけれど、何も言えることは無かった。
「…ッ!」
放った魔術の光はは学校中を包み込み、ふわっと溶けて消えた。
「……この件について目撃していた者は1人、盗聴していたのも1人ね。おそらく同一人物でしょう。」
「盗聴?」
「ええ、どうやら魔術師か呪術師がこの学校にいるみたいよ。」
「そんな身近にいるもんなのか……」
「いや、いないわよ。本来は。」
当たり前だけれど、もうこの世界の呪術師と魔法使いはほぼ絶滅した状態だ。
式神を飛ばすなんて太古の方法で、わざわざ私たちを盗聴する奴がいる……。
「海辺くんの保護魔法に関係している人が聞いていたのかもしれないわね。」
「なんだよそれ……この学校の誰かが俺に魔術をかけたってことか?」
「そうなるけれど……」
この保護魔術をかけることができるほどの優秀な魔術師ならば、その魔力量ですぐさま見つけられるはず。
なんでだろう……そんなことを思いながら、ぼーっと海辺くんを見ていたところだった。
「……ちょっと待って」
全身に電流が走るような感覚がする。
「あなた、なによこれ」
首筋にそっと触れる。
「なにって……どれのことだよ!!」
「鏡、出すから見なさい」
ふわっと魔術で鏡を出す。
海辺くんは「これ以上やめてくれ」なんて言いながら、鏡に映った自分を見て、首元を見るために右に顔を傾けた……瞬間だった。
「なんだよこれ!?」
「その痣…いつからあったのかしら」
「いや知らない!少なくとも今朝にはなかった!」
「……ちょっと触るわよ。」
サイズは5mm程度ってくらい小さい。
けれど、しっかりと確認できる青っぽい薔薇の痣。
「これ……なんなんだよ」
「……」
――私が魔術師であるということがバレただけでなく、グローネフェルトのことまで伝えなければならないの?
怒涛のような不安が押し寄せてくると同時に、この痣はグローネフェルトの末裔が彼の周囲にいることを証明している。
「詳しいことは……今度話すから、時間空いてる時ない?」
「んなら今日の放課後にしてくれ……こんなの怖くて生きた心地しないよ」
「でしょうね……わかったわ。」
魔術なんてこの世に存在しないと思い込んでいた人間にとっては、とても恐怖でしかないだろう。
その上、今度は呪術なんて……。
「じゃあ授業終わったら校門で待ってるから、俺ん家で話そう」
「わかったわ」
そうして……長い人生で初めて2人きりで男子の家に行くことになったのだけれど、私にはドキドキする余裕もなかった。
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