第6話
そうしてお昼休みに入った。
いつも旧校舎の庭で、1人で食べるお弁当……だが、今日は違った。
「信濃はああ言ってたし、クラスのみんなも気にしてなかった……でも俺は、紫乃宮がネックレスつけてないっての、信じられないんだよ」
彼の目線は完全にネックレス。
淡々と冷静に語られる、2人きりの非常階段。
誰も助けてくれないし、誰にも見つからない。なんでこんなところに2人きりになったのか――私が自販機に行った時に会ってしまったからだ。
「なぁ、真面目に話したいことがある」
「……なに?」
「ここでは言えないけど…お前のネックレスについて。」
「今忙しいのだけれど」
「そうか。じゃあ、クラスのみんなに見えてるか確認して見えてる奴がいたら、この件を担任に任せることにするよ。」
「っ……」
この男子が必ずしもグローネフェルトの末裔と決まった訳では無い。そして、グローネフェルトが現代でも大きな一族を築いていたら、数万年の間にその血を多くの人類が引き継いでいてもおかしくはない。
彼だけではなく、他の生徒や先生がこのネックレスを目にしたら大事になり、あの約束が守れなくなってしまうのではないか……?
この高校は校則を破ったものに対する罰則がかなり厳しい。停学になろうものなら目立つ。
―――魔法を使って生きている以上、極力目立ちたくないのよ…。
「……わかったわ、話しましょう。」
そうして、非常階段までノコノコと着いてきてしまった。
「信濃はあー言ってたし、クラスのみんなも気にしてなかった……でも俺は、紫乃宮がネックレスつけてないっての、信じられないんだよ」
「そう。私もあなたが本当にネックレスとやらが見えているのか……信じられないわ」
「本当に見えてるんだよ。着けてる本人ならわかるんじゃないか、俺と目を合わせるとその宝石は光るんだよ」
「……なんの話かまったくわからないわ。そんな魔法じみたこと、この世界にあるわけないじゃない。幻覚が見えてるんじゃなくって?」
みんなにバラされない為にここへ来たはいいけど、言い訳が全く思いつかない。
手にじんわりと汗が滲み、自分の中に焦りという感情が湧いてるのを感じる。―こんな男に焦るなんて、私はそんなくだらない女ではないわ。
「……ああ、そう言うならみんなに聞いてみるから。もういいよ、すまなかった。」
「……っ」
その言葉で胸が突き上げられる。
このまま平和な学園生活を送れなかった、約束を守れず……レーともう一度、会うことが許されなくなる。何万年も待ったこの日々を手放すなんてできない。
――もう、方法はない。というか、一か八か当たりにいくしかない! そう念じた私は、この時きっと、1番最悪な選択肢を選んだ。
自らの首筋に手を伸ばし、フックをそっと外す。
「紫乃宮…」
外した魔防ネックレスを軽く投げ、1mほど離れたところにふわっと堕ちた。
「……ごめんなさいね」
くらやみを宿すその瞳をじっと見つめながら、私は数万年ぶりに本気で力を出して、詠唱を開始した。
「……なんだ?」
「あなたには悪いけど、忘れてもらうからッッ!!」
グローネフェルトの末裔ならば…尚更、全力で魔術を放つしかない。
紫色の光が螺旋状に太く輝き、彼の方に向かった。
――瞬間だった。
バチンッ、という何かを強く弾いたような音と共に、彼の身体が強く光った。
「…保護魔術!?」
「な、なんだ今の…」
――久々に全力で忘却魔術をかけにいった。
特に苦手な術式というわけでもなく、当たり前のように詠唱せずともサラッと出せる。ただ、わざわざ詠唱してまで効能を最大限まで高めたのに…なのに。
「おい、今俺に何したんだよ」
私の魔術が……偉大なる魔術師の魔術が、弾かれるほどの保護魔術。
「おい!!!」
「黙ってちょうだい!!!!!」
背筋が冷えていく感覚がする。
冷たい汗が止まらない。気がついたら、快晴だった天気は曇っていた。
魔術師がいないはずの現代に、保護魔術を持っている人間が……しかも、くらやみを宿している。
グローネフェルトの末裔でならくらやみは説明がつくが、保護の呪いではなく、あれは間違いなく保護魔術の光だった。
三日三晩で剥せるような強さじゃない、あまりにも硬すぎる
いくらグローネフェルトが滅んでいなかったとして、こいつが呪術師の血を引いていたとしても……保護魔術がかけられてるのは、全くもって理解できない。
誰かがこんな強い魔術をかけたのか?
こんな強い魔術をかけられる人がこの世に…………いや、いない。それは私がこの世界を飛び回ってた頃に気づいていた。
そもそも、そんなに強い魔力を持つものなら、私のセンサーで気づけるはずだ。
「……アンタ、何者だ」
「それはあなたに聞きたいわよ。何故保護魔術を有しているの?誰からかけられたもの?あなたは…………」
人間なの? といいかけて思いついた。
保護魔術がついていても、自ら出血させる分には保護は働かない。
「……あなたは、人間?」
「何言ってんだよ、当たり前だろ……俺は普通の人間だよ!!」
「では順を追って説明するわ……でもその前に、協力してくれる?もちろん、後でこのネックレスのこともありのまま説明するわよ。」
そう言うと、彼は少し悩んだあとに怪訝な顔をしながら「…………ああ、いいさ」と頷いた。
深く息を吸って、覚悟を決める。
「私は生まれつき魔力を持つ家庭に生まれたわ。魔力の血が強い貴族の生まれ、といえば伝わるかしら。」
「魔力……?」
「でも、魔力があるなんて知られたら生活ができなくなってしまう。だから、自らの魔術を制限するために、このネックレスをつけていたの。これをつけていれば、私から魔術が飛び出ることは無いわ。」
落ち着け、落ち着け、と念じながら息を吸う。
「でもね、あなたにはこのネックレスが見えた。このネックレスは、人間には見えないように隠す魔術がかけられているの。ネックレスが見える者は、相当力のある魔術師か、相当力のある呪術師か…………。」
「魔術師と、呪術師……」
「貴方の血縁は、魔術師の家系なのかしら?呪術師の家系なのかしら?」
「ンなのわかるわけないだろ!!いい加減にしろ……今見た事は事実だし魔術は信じる、でも俺の家が魔術師の家系かどうかなんて……」
「わからないのであれば、今すぐ判明する方法がある。」
彼の目の前にそっとカッター差し出す。
「んだよこれ……お前まさか!!」
「ああ、怖がらないでちょうだい」
そういって、私は自分の指先をカッターで浅く切った。彼は必死に顔を覆い、目を瞑っていたと思う。
「このように、私のような魔術師は、血液の色が真紫になるのよ」
私の指から滴る液体は、もちろん紫色。
そんな液体を見て、彼は顔を白くしていく。
「これ……ほんとに血液かよ……」
「信じられないなら触ってみる?魔術全てを拒む保護魔術がかかっているのなら、弾かれてしまうかもだけれど」
「…くっ、少しだけ…失礼する。」
そっと、そぉっと指を近づけてきて、私の血に触れた瞬間だった。
再びバチンッ、と眩しく光る。
「……これが、保護とかいうやつの力かよ」
「そうね。魔力全てを拒むタイプなのね…。厄介だわ」
ため息をひとつついて、そうして、今度は彼にカッターを渡した。
「私はあなたが私と同種なのか、それとも私を苦しめた呪術師なのか、ただの人間なのか……知りたいわ。」
「だ、だからって俺はカッター《コレ》でなにすればいいんだよ!!!」
「さっき、私の血液が真紫だったように……魔力を持つものの血は紫色で、力が強ければ強くなると色が濃くなる。呪術師は青色なのよ、力が強ければ強いほど藍色になるわ。つまり……」
「俺がここで自分を出血させれば、ひと目で判断できるってことだな?」
「ええ、その保護魔術が許してくれるかはわからないけれど、可能ならば修復魔術をあとでかけてあげるわ。だから……切りなさい。」
「ったぁよ、やればいいんだろ……」
嫌そうな顔をして、自分の指先を切りつけた彼。その指先から零れた色は――――
深紅。
「……ほら、ただの人間じゃねえかよ!俺はなんも知らないんだって」
「ちょっと静かに、指を見せてちょうだい」
切りつけてポトポトと落ちた深紅の液体は、人間の象徴だ。
しかしそんなことよりも、彼の傷口にキラキラとした魔力が集まっていることに目を離せない。
「私に破れないレベルの保護魔術に…回復魔術も付与されてる…?」
頭の混乱が止まらないが、指から滴ったあとの深紅の血液を見て安心した。
「これで人間だって証明できただろ!?だからこれ以上何も……」
「その通りよ、だからあなたは危険物質。」
消滅の魔術を詠唱開始し、手の前に突き出す。
「この私の魔力と、保護魔法をかけたものの魔力……どっちの方が強いのかしら。気になってしまうわ。」
「な、なんだよそれ」
「私は怯えているの。この現代で魔術を使えるのは私だけ。なのにどうしてあなたにそんな魔術がかかっているのか…だから、あなたが消えるレベルの消滅魔術を使おうと思うわ。」
「はぁ!?!?」
「あなたの保護魔術の方が強い保証は無いから……あなたが犠牲になってしまうのは、なんだか申し訳ないけれど…私、脅威は徹底的に排除するタイプなの。」
そう言って彼から目を背ける私は、世界から見たら卑怯者にみえるのだろうか。はたまた臆病者に見えるのだろうか。
そんなことを考える暇もないほど焦っていたのだけは、確かだ。
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