第1章 くらやみの瞳、魔力の泉。
第5話
「紫乃宮さん、なにしてるの?」
5分休憩が始まって数十秒、
――みんなの中心的人物な信濃さんと、卑屈な嫌われ者の私。釣り合うわけないものね。
そんな視線を少しだけ追っていると、ネックレスの件の男の子がいた。
そして彼もまた、私を見つめ返してくる。
彼の瞳に映るのは、強いくらやみ。
漆黒…もはやブラックホールの如く、光すら消してしまいそうなほどの暗闇。
「っ……!!」
胸がギュッと締め付けられる感覚がして、思わず顔を顰めてしまう。
そして鼓動が早くなり、手に汗が滲んでくる感覚を鮮明に感じさせられる。
「どうしたの?」
「…お腹痛いから保健室に行くわ」
「え、え?」
「先生には…説明しておいて。一人で行くから」
困惑する信濃さんを放置して、教室を飛び出した。そのまま向かうのは、人気のない旧校舎のトイレ。人がいる廊下を走り抜け、軋む床を気にも止めず、飛び込んだ木製のドア。
「はぁっ……はぁっ……」
激しい息切れと胸の痛み、頭痛。
間違いなく拒絶反応………。
そっと瞳を閉じて、大昔のことを思い出した。
『私の瞳を、その綺麗な紫の瞳に焼き付けなさい。これが呪術師の瞳よ。アンタを呪い、苦しめる者の瞳。』
『何千年先も忘れられないようにしてあげる。もし忘れたら……その時は』
『また、思い出させてあげるわよ。あなたは絶対に私の瞳を忘れられない。』
私の顔を覗き込むように、私の瞳をくり抜くように、彼女はその瞳を焼き付けてきた。
『これが、グローネフェルトの瞳よ』
「……グローネフェルトの血」
あの瞳は―――アナのものとは色は違う。
けれど、瞳孔の奥に存在する「くらやみ」は、おそらくグローネフェルトの象徴。
アナもそうだし、アナの遠い親戚でグローネフェルトの血が薄い男もくらやみを持っていた。きっと……少しでも血を引き継いでれば、くらやみは現れるのだろう。
どんな距離から見てもあの瞳を一度でも覚えた者は、再び見た時に吸い込まれそうになってしまう。
――きっとあの時、グローネフェルト家を抹殺し損ねたんだわ。
魔法は地上で起こした物だから、例えばグローネフェルト邸宅の地下に跡取りを保護していたら…………今もその血は生きているかもしれない。
グローネフェルトの血を、あの男子が継いでいるのならきっと呪術が使えるはず。
「……ははっ」
私のこのネックレスが彼にだけ視えるのも納得ね。人間には見えない仕組みだもの。
現代で目が覚めてからしばらくの間、私は魔力が流れている者を探しに各国に飛び回った。結局何も得られず、元育った場所へ戻ってきた……それが、私の今いる町だ。
だいぶ長い間探していたような気がするが、魔力を持っている者も、呪術が使えるものも、見つからなかった。
―――まさかこんなところで見つかるとは。
そうは言ったものの、だからといって私がファルケンハウゼンの者であること―――ヴァレリアであることに気づくことはないだろう。一通り書物を確認しても、現代ではあの時代のことは気づかれてすらないのだから。
――ともかく、思考を整理するわ。
あの男子の瞳孔には、「くらやみ」がある。記憶の限りで考えると、あれはおそらくグローネフェルトの血を継いでいる。つまり、呪術が使えるはず……。
そして、呪術は魔法では防御できない。その上魔防ネックレスをつけている限り、私が魔法を出すことはできない。
―――状況は最悪。
そもそもアナのくらやみですらあそこまで大きく、強くはなかった。数メートルは離れていたはずなのにそれでも検知できる「くらやみ」って……どれだけの強さなのだろう。そんなことを考え、息が詰まる。
かつての時代にくらやみが大きくなる条件を誰かから聞いた気がするが、一切思い出せない。
「クソッ……」
―――偉大なる魔女様がこんな事でうろたえていてはダメよね、なんて言い聞かせてみる。私は負けないわよ、絶対に。
そんなことを思っていると、遠くから予鈴が聞こえた。そんなに長考してたかしら。
最近、時間の流れが不思議に感じることがある――というか、私が知らないところで動いている時間が存在している気がする。
ネガティブな気持ちのまま、とりあえずトイレを出て、軋む床を歩く。この旧校舎はもうすぐ取り壊されるらしい。
教室にはいるなり、1番に目に入るのは彼の「くらやみ」。
――あ、やばい、吸い込まれる。
咄嗟に防御魔法が働くも、魔防ネックレスが効果を発揮して光るだけで、魔法は起こらない。強く強く魔法を出そうとしてしまい、ネックレスがより紫色に光る。
――このままじゃ飲み込まれてしまう上に、ネックレスも耐えきれなくて壊れる。
「ねえ、ちょっと、ジャマなんですけど〜!?」
「っっ!!!」
見ず知らずの女性に強く肩を叩かれ、ハッとする。
「ごめんなさい、そしてありがとう」
「……アンタ、紫乃宮さんだっけ」
「ええ、そうだけれど」
そう答えると、彼女は強めに私……いや、私じゃないなにかを見ている。
「――ま、いいか」
そう言って彼女は私の後ろを通り過ぎて行き、着席して行った。
あの男子のことが気になったが、もうあの顔は見れない――さっきは本当に危なかった。
「……紫乃宮さん!大丈夫だった!?」
「あ…大丈夫だったわよ。」
「なら良かった――って言うか、さっき海辺くんの事見てたけど」
「海辺??」
「あぁ、昨日の男の子……ちょっと変わってるんだけど。さっき見てたから、またなんか言われたのかなって」
「何も言われてないわよ」
そう返すと、安堵した表情になる信濃さん。
やがてまた授業が始まり、落ち着きのない一日が再出発した。
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