第4話


今日みたいに暑い日は、すぐさま水を浴びたくなる。体が汗でぐっちゃぐちゃになる度、呪いをかけられたを鮮明に思い出してしまうから……。

帰宅早々、その不愉快さを消し去るために、お風呂に駆け込んだ。


――私にかけられている呪いは、本当にくだらないものだ。

これはあくまで呪いの一部でしかないけれど、私が鏡で自分の薔薇の痣を見れば、その鏡はぐっちゃぐちゃに割れる。

そしてシャワーを浴びる度、私は薔薇の痣が消えてくれていないかチェックするので、毎回割れる。そんなときは割れたあと修復する魔法をかければ良いのだが……毎日毎日めんどくさい。

それからもう1つ。

かけられた呪術の副産物として、このデカすぎる魔力がある。

コントロールが効かない程に増した魔力は、大昔の魔術師全員の魔力を集めても今の私を越えられないくらい膨大な量と化してしまった。


少しだけ呪術と魔術の話をしようかしら。

呪いは魔術師同様、呪術師の血が流れる者しか使えなかった。

普通の人間の血は紅いが、魔術師の血は魔力によって色が変化し紫になる。紫の色が濃ければ濃いほど魔力が強い証だとして、出血させればひと目で判断できた。

同じように、呪術師の血は綺麗な青色だった。それも力が強ければ強いほど藍色になっていく。


『血の色が…』

『っっ……ごめんなさい』

『どうして、こんなに濃い色……隠してたの?』


呪術と魔術ができることはだいぶ違う。

そして、魔術には呪術を解く・防ぐ・無効にすることはできないし、その反対に、呪術が魔術を解く・防ぐ・無効にすることは不可能。

つまりお互いが不可侵の力なのだ。


では、呪術師が魔力を持った者に呪いをかけたらどうなるか?反対に、呪術師が魔力を持った者に攻撃されたらどうなるか?

―――私たちは、お互い抵抗する術を知らない。つまり、ただただやり合うことしかできなかった。先に殺ったもん勝ちで、盾のない最悪なデスゲーム。


『アンタは私を殺して終わりかもしれないけどね、私はアンタを殺して ハイ終わり! とはならないわよ。だって私、根に持つタイプだから。』

の言葉が鮮明に脳内に流れ込む。


私のこの薔薇の痣は、呪術の一級家門グローネフェルト家の者につけられた呪いの象徴であった。また、呪術の強さは痣の大きさと比例する――私の背中にある薔薇の痣は、肩甲骨の辺りからおしりまで伸びている。


『私の苦しみはあんたに殺される一瞬だけ。でも、アンタの苦しみは私が呪い続ける限り続くわよ』


あの日、アナ・ファ・グローネフェルトは私に不死の呪術をかけて―――私は世界を破滅に追い込んだ。私の魔力は、偉大なる呪術師アナ様には防げなかったってこと。


そして、身体が生み出す魔力は時間と共に増加する。

呪いがあって、現代ここにいる。

現代ここにいるから、魔力が強まる。


「アナ、残念だけど……私は今現代ここにいて、こんなにも強くなってしまったのよ。」


私が鏡を通して、自分の瞳の色を見る度に、彼女アナを思い出す。


「……見苦しい女。」


そう呟いて、私は布団に寝っ転がった。

この人生で何度眠りについただろうか……。

そんなことを考えているうちに、意識は深淵に落ちていく。


そしてまた、幾度訪れたかわからないような朝がやってくる。

少し気だるい体を起こした後、制服に着替えて魔防のネックレスを着ける。

今日はどこかきらきら紫色に輝いているように見えて、少しだけ不安になった。


「……大丈夫かな。」


昨日の出来事が鮮明によみがえってくる。

あの男子、何故このネックレスが見えたのかしら。

私の魔術のかけ方に不備があったのならば、今すぐにでも魔防をかけなおさないといけない。チラッと時計を見ると、7時30分。今からじゃ……絶対間に合わない。

そもそも本当に私の不備なのか。

もし魔力が流れる者なら―――いや、それはそれでとても厄介である。


とにかく、会いませんように。

そう願って、私はいつもの場所へ瞬間移動魔法をかける。


正直、私は学校なんか好きじゃない。

けれど……約束があるから通うしかない。

そんなことを考えながらとぼとぼ歩いていると、真正面に黒髪サラサラの……昨日の男子が歩いているのを発見した。

ひゅ、っと息が引いてく感覚がして、思わず歩く速度を緩めてしまう。絶対見つかりたくない、でも確か同じクラスなはず……気まずい。


「紫乃宮さん」


トントンと肩を叩かれ、驚きのあまり「うぁっ」という声と共に魔術が発動しかける。そして魔力に反応して、魔防ネックレスが強く光った。


「ごめん、驚かせちゃった?」

「いえ、なんともないわ」

「昨日のテレビ見た?」

「あー…見てなかったわ」

「わたしね、PALっていうアイドルグループが好きなんだけど、その子たちがテレビに出てたの。」

「ああ、推しみたいな?」

「うん、そう」

「素敵ね」


そういうと、信濃さんは嬉しそうに微笑んだ。


「あ、私当番なの忘れてた!先いくね」

「わかったわ、またあとで」


そう言って走っていく信濃さんは、まさに現代の女子高生という感じで…胸が締め付けられた。周りの生徒も、ふざけてじゃれあったり、恋の話をして盛り上がったり、朝から追いかけあったり、笑っていたり―――。

私が得られなかったものが、現代にはある。

しかし、現代にいたからと言って、得られるわけではない。こういう光景見ていると、もう少し友達がいてもいいかもしれないなんて生温い感情が育つ。


そういえは…信濃さんは私の現代の初めての友達って認識でいいかもしれない。

そして。明るくて楽しそうに生きている彼女を羨ましく思い、また彼女みたいに生きたいなとすら思う。


そうして教室に入ると、私に向けられる視線はとても冷たいものである。

転校してきた当初は、みんなも好奇の目を向けてきたり話しかけてきたりしたが、もうその面影すらない。

何も聞こえない、何も見えないふりをして席に着くと、私は本を取り出す。

これが日課…悲しい日課。

別に魔法で黙らせることもできるし、殺すこともできる―――だからこそ、相手にする必要はないもの。


「紫乃宮さんって喋り方がさ、気取ってるよね…」

「なんか、氷って感じじゃね?」

「冷たいよね」

「人を見下してそう」


日々聞こえる陰口は、実際事実である。

間違ったことではない以上否定する気も反論する気もない。

ただじっと授業が始まるのを待ち、そして休憩時間は人気のない場所に行く。

授業が終わればすぐ帰り、すぐ寝る。なんのために生きてるかわからない日々だけれど、それでも私は約束を守らなければいけなかった。

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