第3話

目が覚めると、朝の7時半だった。


「……危うく寝坊するとこだったわ」


寝たことで集中力は回復し、魔力も増加したように感じる。さっさと制服に着替えて、昨日作った魔防ネックレスを身につけた。

「ちょっと試すか」なんて呟いて、体のバランスを取る魔術を使ってみる。

すると、魔防ネックレスは紫色にピカっと光り、発動しようとした魔術が吸収されていく。


「……うん、大成功ね」


ネックレスをいったん外して、このまま学校に直行しようと移動魔法を発動させた。

ワープ先は学校近くのトイレ――誰も使わないところ。念の為、透明化魔法もかけてからトイレに移動した。そうして、通学路を「ここまで歩いてきました」みたいな顔で歩く。

これが、私の日常。



「紫乃宮……だっけ」

「……はい?」


様々な人間の香りで蒸せかえりそうな玄関口にて、靴箱で上履きを取り出そうとした時だった。

サラサラの細い黒髪が強く印象に残るような、顔が整った男に話しかけられた。


「うちの学校、アクセサリー禁止なんだけど」

「……は?」


思わず声が出てしまう。

アクセサリー禁止なのはもちろん理解していて、校則も1文字目から最後の文字まで、読書補助魔法を使って爆速で脳に入れたものだ。

また、このネックレスにはしっかりと人間の目には見えないような保護魔術を施してある。

なのに…………どうして?私としたことが保護魔術をかけ忘れたのか……?

いや、そんなわけが無い。いくら集中力が切れていたといっても、魔王と呼ばれた私がそんなくだらないミスを犯すわけが無いもの。


「校則……ね、うん。わかってるよ」


見えてないと信じて微笑んでみるが、彼には逆効果だったようで、「ふざけてんの?そこにつけてんじゃん、それ」と強く言われてしまう。そして彼が指を指す先はネックレス。

完全に見えてるようにしか思えず、焦って記憶消去魔術をかけようとしてみるが、魔防ネックレスが光るのみだった。


「何話してんの、そんな怖い顔で」


パッと横を振り向くと、信濃さんがいた。

しかし、何一つ安心できなかった。

信濃さんは校則厳守派で、派手な女子に定期的に注意していたり、風紀には厳しいタイプ……のはずだ。大きな騒ぎにされかねない。


「し、信濃さん…」

「信濃。うちの学校、アクセサリー厳禁だよな?だから、なんでつけてんのってこの人に聞いたんだけど」


待ってましたと言わんばかりに早口で話し始めるイケメンに、怒りのあまり魔法が飛びそうになるが、再び魔防ネックレス発動してしまう。結局ネックレスが光るだけで、何も飛ばない。


「………」


信濃さんが私の体を全て舐めまわすように見てくる。焦りが止まらない。焦りと怒りで更に強力な魔法が飛んでしまいそうだ……まずい。もし飛んでしまったら、魔防ネックレスは耐えきれず壊れて魔力が暴走するかもしれない。

沈黙が続き、何か言わなきゃいけないとも思うが、何も言葉にできない。そんなところで、信濃さんが口を開いた。


「…………どこにアクセサリーつけてんの?」

「首元についてんじゃん、紫色のネックレスが。」

それを聞いて、信濃さんは再び私の首元をジロジロと見だした。そして、「何もついてないよね」と呟いた。信濃さんのその一言で焦りが一瞬止まり、物凄い困惑が押し寄せてくる。


「何も……何もついてないようにしか見えないよ。」

「いや、あるだろ、紫色の!」

「ないって……海辺くん、朝からふざけるのやめようよ」

「信濃……どうしたんだよ。校則違反を見逃すのか?」

「違反も何も、ついてないのに注意することなんてできないよ。それじゃあ冤罪じゃない。」


怒涛のような2人の会話に頭が混乱して爆発しそうになる。

1度深呼吸して、深く息を吐いて。


「……あなたの名前は知らないけれど、心配してくれてありがとう。でも、大丈夫。」


頑張って微笑んでみる。いや、こういう時くらいは微笑みの魔術は使わせてほしい。そう言ったところで、魔防が発動しないでくれる訳じゃないし、魔防が発動しなかったらそれはそれで全世界が微笑みに包まれてしまう。


「……信濃さんも、あなたも、ありがとうね。じゃあ。」


困り果てた顔をしている2人を置いて、私は教室に向かった。何を言われたとしても、真実を知るのは私だけだ。


魔力のある人間にしか見れないように作ったネックレスが何故彼に見えてるのかは謎だけれど……まあ、詮索することでもないわ。


もし本当にあの男の子がこのネックレスを目にできるくらいの魔力があるなら、それはとても……いや、信じられない事ね。


そうして騒がしい教室に入り、そっと席に座る。カバンから教科書や筆記用具を取り出したり、授業の準備に勤しんでいた所だった。


「さっきぶり。なんか、絡まれて災難だったね」


信濃さんが気まずそうに話しかけてくる。へらっと笑うその表情からは、心を読む魔術を使わなくても「私に気を使ってくれている」ことがわかる。


「まぁ……なんか、心配してくれたのだと思うのだけれど」

「……そうだね。」


そして少しの間沈黙が流れた後、信濃さんは「ずっと気になってたんだけど」と切り出した。

「紫乃宮さんって、もしかしてお金持ちの令嬢だったりする?」


……???

いきなりなんてことを聞くのか。

まさか正体がバレたのか、なんて不安になる。


「……そんなことはないけれど」

「あ、そうなんだ。言葉遣いが綺麗だからてっきり……」


ああ、なんだ、そういう事ね。


「そうかしら、ありがとう」


ニコッと微笑むと、信濃さんはなんとも言えなさそうな顔をしている。

こういう時に魔法が使えたら……なんて思うけれど、何度も言うが、魔防ネックレスのせいで使えない。そもそも、この時代に魔防ネックレスが使えること自体素晴らしいことなのだから、我慢しなくてはならない。


私たち魔法使いは1を100にすることはできるけれど、0から1を生み出すことはできない。

あくまでこの世に存在するモノやエネルギーがあって、初めて魔法が成立する。

例えば昨日、私の不手際で出血して魔具になってしまったペンを元に戻したのは、100を1に戻す手法であって、100を0にするものではない。だから、ただの鉛筆に戻っただけに過ぎない。

魔防は、この世に既に存在するものから成る。物にはもちろん性質があって、魔防に適しているものと適していないものがある。

今この時代に存在している物の大半は、魔防には適していない。

そもそも、大昔とは違って魔防が必要とされてないから当たり前だ。そして、適していないからこそすぐ壊れてしまう。

昔は、魔防の効果をどんなに入れても壊れないどころか「相手の心を読む魔法以外は全て防ぐ」なんてものや、「爆発させる魔法は危険だからそれだけを制限する」なんてものが普通に売られていた……。

それらは魔力を持った子供には持たせるのが常識だったし、低コストで簡単に作成・販売ができた。


今となっては……魔力を持った者も、素材もない。


「……紫乃宮さん?大丈夫?」

「あ…ごめんなさい、なんだかぼーっとしていたわ」

「疲れてるのかもね、ゆっくり休んで」

彼女が微笑んだ途端、授業開始の予鈴がなる。

「じゃあ…またね」

そう言って、信濃さんは足早に元の席に戻って行った。


―――現代で魔術師が人間として生きていくのは、なかなか難易度が高い。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る