第1話

授業が終わり、騒がしい教室。

差し込む夕焼けが眩しかった。


「じゃあね」

「ばいばい」

「このあとさ〜〜」


そんな言葉が飛び交う教室だが、私に会話相手はいないので、手を止めることなく帰りの支度をする。そんな毎日だが――時折、こんな私にも話しかけてくる変わった人間がいる。


「紫乃宮さん、数学の課題提出してくれる?」

「ああ……ごめんなさい、忘れていたわ」

「いえいえ。もう帰るの?」

「そうね、特に行くところもないから」

「そうなんだ。紫乃宮さんはいつも本読んでるじゃん?今度さ、おすすめの本貸してくれる?」

「……別にいいわよ。」

「ありがと、じゃあまたね」


確か名前は、信濃さん……だったはず。

彼女はなにかの委員を勤めていて、その要件で話しかけてくる。

そしていつも、その流れで雑談にもっていってくれる。今の時代での唯一の話し相手だ。


――まぁ、そんなふうに言うと、まるで私が今の時代で言う「陰キャ」や「ぼっち」になってしまうようだけれど、そうではない。私は人間なんかとはもう関わりたくないもの。


そもそも、友人だっていなかったわけではない。けれども、残念ながら、友人はもう全員死んだわ。―――ていうか、私がそうしてしまったのだけれどね。


とにかく、私は「人間なんて嫌いだ」と自分に言い聞かせている。そうでないと、脆くてすぐ死ぬ人間と関わると苦しむのは目に見えているのだから。


校舎一階のトイレの中、

ふぅ、とひとつため息をついて、瞳を閉じて、瞬間移動魔法を使う。

トイレが藍色に染っていく。眩しい光は、瞼を閉じていてもわかる。



次に目を開けたら自宅……といっても、魔法で色々ごまかして何とか住めた1LDKの一室。

この家には、他の場所にはない強みがある。

そう、間取りには物置と書かれていた「事実上の密室」。

窓も証明もないこの部屋が、誰の目も気にせずに魔法を自由に使える空間である。

「ふぅ……」と一息をついたあと、

とりあえず、体育の時間にぶっ壊れたネックレスを修繕するところからはじめることにした。正直、こんなカスみたいなネックレスにはもう触りたくもない。誇り高き魔術師の家門に生まれ育った私が、こんなおんぼろを生み出すなんて―――一族の恥でしかないもの。

こんな私の恥の象徴はもう修復するのではなく、宇宙空間に行って粉砕した方がいいかもしれないわね。

いや、恥の塊のこの世界ごと……もういっそ作り直し―――――


「ゴホッ」


物置スペースに置いていた白い机が紫色に染まっていく。そして紫は広がり、やがて床に滴る。


「んっ」


ぽたぽた滴るものを必死に口の中に抑えようとして、トイレに駆けだす。

口の中で何とか抑えていた紫色ソレを精一杯吐きだす。


「ああっ……」


トイレットペーパーで口の周りを拭いて、便器の中を流す。そうしてすぐに物置に戻って、紫色の液体を拭いた。


「相変わらず辛いわね」


人間の血は鉄の味、なんて聞いたことがあるけれども、とても想像はつかない。

私の血は、いつも辛いわ。


―――作業用の机の周りのものも、全て血まみれになってしまった。

こうなってしまうと地獄でしかない。

私の血液には、当たり前だけれど魔力がある――いわば、魔力が含まれた液体。

魔力が含まれる液体を物体にかけてしまえば、物体は魔力を持った「魔具」に変化してしまうのだ。

これがまた面倒なもんで、例えば少しでも私に歯向かうような感情のある魔力ならば、すぐさま攻撃してくる。また、魔力の主が憎んでいる相手がいるならば、その相手を攻撃する。たとえボールペンであろうと、高速で飛び込んできたら弾丸に変わりない。

は死ぬ。

……だから、排除しなければならない。



古代の魔法使いは、様々なものに魔力を与え、魔具とさせ、それを人々は生活の利便性を高める道具として使っていた。

普通の魔法使いは、魔力を与えることは容易にできる。だが、それを取り除くとなると、また話は別であった。


――かつてのサンタリンヴァヌン鉄道の大事故、カンドミヌス魔法の大虐殺……あれらの事故は、魔防や吸収の力があれば未然に防げたでしょうね。


しかし、魔法を吸収できるのは、ファルケンハウゼンの魔法の血が流れた者しかできないこと。そして、私はそのまの血を継ぐもの――純血を。


「つまり、私には……あなたたちみたいな貧弱なえんぴつと机から、魔力を没収することなんて―――」


魔力のオーラである紫色の光が、そっと消えていく。


「朝飯前なのよ」




さて、魔防のネックレスを再建するという話だったけれど……机の上に血の色が残ってしまって、それどころじゃない。


「魔法使いでもないくせに、一丁前に呪いなんか残しやがって……」


何処にもいない彼奴に呟いている私は、きっと神様から見たら情けない者なのだろう。


私の名前は紫乃宮ミチル……とは言ったものの、そんなものは私が作った名前で、本当の名前はヴァレリア・ディ・ファルケンハウゼン。数万年前の、歴史では消された時代――魔法時代の令嬢である。

自分の年齢なんてものは数えていないわ、いくつになっても外見は変わらないもの。


―――私がこんな現代まで生きているのは、かつての文明で生活していた頃にかけられた不死の呪いのせいだった。

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