鮮やかに枯れてゆく
こんなことを言い出したのには、あなた本位の理由と自分本位の理由とがそれぞれある。
あなた本位の理由というのは、えっと、こないだこうくんが一緒にお風呂入りたそうにしてたから、喜んでくれるかなって……
一緒に入る? って訊いたらそれもいいかも、みたいなこと言うから、柄にもなく期待しちゃった。
今思えばこうくんあれ絶対冗談半分だったなあ、でも私が本気で押せば断ったりしないんだ、優しいから。
私本位の理由というのは、まずは隠すもの、すなわち水着に思い当たる節があったから。
流石に裸はお互いまだ恥ずかしいし、バスタオルとかで覆うのもちょっと心もとないから水着は着るよ。
付き合ってない同年代の男女が一緒にお風呂入るだけでも凄いことなんだから。
ほんの少し前、電車で一番近くのターミナル駅のモールに二人で水着を買いに行った。
今年の私たちは思いきり泳ぐ機会に飢えていたのだ。
というのも、義務教育課程の間は夏季になると水泳の授業が必ずあったのだけど、それが高校生になった途端すっかり失われてしまったものだから、去年は二人して寂しい思いをしていた。
小園高校には授業のカリキュラムに水泳が含まれていないから、水泳部にでも所属しない限り学校で泳ぐ機会がない。
失って初めて分かる大切さ、夏に水泳の授業は私とこうくんに必要なものだった。
その時は今年の夏は海かプールでも行きたいね、なんて話していたのだけど、まさかお家で混浴するために使うことになるとは思わなかった。
こうくんのは私が選んだし、私のはこうくんに選んでもらったから、狭い浴槽で凝視することになると、その、なんか余計に恥ずかしいね……
そんな経緯で、直近で水着は用意があったから可能だと思ったのが一つ。
もっと根本的な動機的原因というか、そもそもなんで一緒に入ろうかと思ったかというと、浴室でなら素直に話せる話題もある、という気がしたから。
……本当を言うと、胸襟を開いてあなたに気持ちを伝えるそのために、私が自分の逃げ場所を塞いだだけ。
好きな人と一緒にお風呂に入っていたら、早々逃げられない。
丁度10年ぐらいになるだろうか、長年大切にこの胸にしたためてきた慕情を、ただあなた一人のためだけに打ち明けることがこれ程怖いものだとは知らなかった。
それでもこの恐怖と向き合うことから逃れてはいけない。
本来なら告白、という好意の確認には大きな勇気が伴う。
不正な方法によってこうくんの想いに触れてはならなかった。
彼の知らない所で彼の尊厳を踏み躙ったその罪過を、告解することこそが誠意だと、私にできる唯一の贖いだと思った。
「こうくん、ヘアオイル取って。 そう、そのオレンジのボトルの」
「……えっと……これで合ってますか……?」
「うん。 ありがとう」
水着を着て二人で浴室にいるなんて、なんか変な感じ。
勿論私だって緊張してたけど、こうくんが私よりもっとガチガチになってたから少し落ち着いた。
自分より動揺している人を見ると冷静になれるという謎の知見を得た。
ここは私のお家だからこうくん用のものがなくて、シャンプーとボディソープは私のと同じものを使ってもらっている。
そういえばこないだこうくんにうちのお風呂を使ってもらった時もそうだった。
お風呂上がりに私と同じ香りを纏うこうくんが珍しくて抱き締めていたら苦笑いされた覚えがある。
良いじゃん、同じ香りするのって幸せなことだと思うんだけどな。
こうくん、やっぱり私と身体のつくりが違う。
遠くでみると細身でしなやかに見えるけど、こうして間近で眺めると胸も腕もゴツゴツしてて逞しい。
よく見ると腹筋が割れてる、えっちすぎ。
細身なのに筋肉質ってどういうこと、良いとこ取りじゃない。
悔しいので自分のお腹に力を入れて触ってみた。
ぷにぷに。
虚しくなってやめた。
いつか私も腹筋割りたい。
「……お、お待たせしました!」
「じゃ、お風呂入ろっか」
こうくんが身を清め終えたようなので、二人で浴槽に入る。
お風呂に入る前に用意しておいた、あの日と同じバスボムを投入。
パステルカラーに染まったお風呂にこうくんに先に入ってもらって、その対面に私も続けて入っていく。
心拍数が少し上がった。
ベルガモットの爽やかな香りが浴室を満たしていく。
「やっぱり良い香り」
「そうですね。 なんとなく、秋って感じのイメージで……おれ、先輩のセンスが好きです」
「怜ちゃん、って呼んで。 昔みたいに。 今だけでもいいから」
「え、それは……恥ずかしいですよ」
「お願い」
「……怜ちゃん」
「うん。 ありがとう」
こうくんに先輩って呼ばれ始めたの、いつだっけ。
多分、こうくんが中学生になった頃だった気がする。
学校の中では上級生の私をちゃん付けで呼ぶのは良くないと思う、ってこうくんから言われたのかな、確か。
ちょっと寂しかったけど、こうくんが私のためを想って言ってくれてるのが分かったから渋々頷いたような。
こうくんはいつも私を立ててくれる。
尊重して、大切にしてくれる。
そんなこうくんを、私は。
「─────私、こうくんのことが好き」
いとも容易く口を衝いて出た言葉。
明言することだけ避けてきた想いを、胸中に咲いた花を遂に届けてしまった。
開花したその瞬間から、花は少しずつ鮮やかに花弁を散らして枯れてゆく。
ゆるやかに美しく滅びていく。
もう後戻りはできない。
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