あなた以外に考えられないだけ

涙も忘れるほどの幸福を

「怜、好きなの頼みなさい。 奢ったげる」


「……紅茶のシフォンケーキ、二人でシェアしよ」


「了解」


 小園高校から歩いて5分、駅前書店の隣にあるベーカリーカフェ。

私とさくらは大きなメニュー表と睨めっこしていた。

生徒会メンバー特権をフル活用して生徒会室の鍵を施錠、今日も元気に昼休み中にお弁当食べながら業務に勤しんでいた所、偶然通りかかった生徒会長と担任の先生に見つかってしまい、無事に残業の余罪もバレて今日は強制的に帰宅させられてしまった。

そんな日に限ってこうくんは陸上部の助っ人だとかで無所属なのに部活に駆り出されてしまっていて、意気消沈しながら一人でとぼとぼ帰ろうとしていたら、教室を出る前にさくらに声を掛けられた。

そのまま強引にここまで連れてこられてしまい、今に至る。

別にいいけどね、どうせ帰った所でこうくんがいなくて寂しいだけだし。


「それで? 今日一日ずっと上の空だったじゃない、なんか落ち込んでるっていうか」


「……びっくり、初めて指摘された。 よく分かったね」


「ふふ、高校入って最初の友だちは騙せないのよ」


 外では表情の変化が分かりにくいともっぱら評判だったんだけど、さくらにはしっかりバレてたらしい。

ご指摘の通り、今日は一日中酷く落ち込んでいた。

なんせ昨日の今日だし、理由は言わずもがな。


「彼氏くんのこと?」


「だからまだ彼氏じゃないよ……え、私そんなに分かりやすい?」


「そもそも怜は普段から彼氏くんのこと以外あんまり興味ないでしょ……」


 まあね。

仲良くしてくれる人とのんびりお喋りして、授業とテスト受けてるだけで優等生とかって呼ばれるから学校って楽だな~って、生徒会で仕事し始めてから気付いた。

学生は本当に恵まれてる。

社会に出たら向こう40年とか、生徒会みたいな退屈で誰でもできる仕事をしていく日々がずっと続いていくなんて今から憂鬱でしょうがない。

仕事って根本的につまんないよ。

こうくんセラピーによって恒常的に生命力を充電できる環境じゃなかったとしたら、生徒会なんてとても続かなかったかもしれない。






「贅沢な悩み」


「うわ、バッサリ」


 せっかくなので要所はボカして相談してみると、シフォンケーキに舌鼓を打ちながら目下最大の悩みを一刀に切り捨てられた。

いっそ潔いくらいに他人事という趣きで、却って気持ち良いぐらいに無理解で寄り添ってもくれない。

私はさくらのこういう所を割と気に入っている。

あ、ちょっと、食べすぎないでよ。

私の分もちゃんと残しておいて下さい。


「断言してもいいけど、怜がこれまでも、そしてこれから何をやらかそうとも、全部笑って許してくれる。 彼はそういう人じゃない」


「うぅ……」


 悔しくもこれは的を射た、芯を食った意見と言える。

だから悩んでいる。

私は自分で自分が許せない。

到底看過できないような信頼に背く行いさえ許してくれるなら、私は誰に裁かれれば許されるだろうか。

身を雪ぎたかった、このもやを抱えたままでは、胸を張ってあなたの隣を歩けないと分かっていたから。


「罪って、いつか消えると思う?」


「……」


「消えないのよ、何をしても。 怜が忘れない限り、その十字架を背負って生きていくの」


 記憶という薪をくべている限り、罪悪感という焔がずっと胸中に浮かんだままで呼吸をし続ける人生。

小さな蟠りに身体を震わせて知らないフリをして、自分を誤魔化して、目を背けて生きていくなんて、そんな自分は果たして本当に誰かに誇れるのか。

異国の両親は私の欺瞞に何を思うだろう。

こうくんは、そんな醜い私でも本当に愛してくれるだろうか。

嫌な記憶というのは、得てして忘れられない。


「怜が彼氏くんに何をしたのかは知らないけど、大切なのは向き合い方なんじゃない? 悪いと思ってるなら、やることなんて一つでしょ」


 いつかの日を思い出した。

そうだ、あの日から。

私はただ、私のことを大切にしてくれる人たちに対して誠実でいたい。

清廉でなくてもいいから、真摯に向き合いたい。

そう思っていた筈。

危うく大切なものを見失う所だった。

ようやく目が覚めた。

ひとたび視界が鮮明になってしまえば、私がすべきことなんてたった一つしかない。

酷く単純で、何より大切なことだった。


「……さくらが有益なこと言った。 レア」


「怜、私キレそうかも」


「冗談。 ありがとう、さくら。 私、こうくんと話してみる」


「……まあ頑張りなさい」


 ただ今は、それを教えてくれた友人にお礼を伝えたかった。

視線を逸らして恥じらう姿はどこかこうくんに似ていて、そういえば二人は似ているなとふと思った。

生徒会の仕事を強制的に免除された今日に限ってさくらから声が掛かったのは、多分偶然じゃないんだろう。

そういえばさくらは生徒会長と仲が良かったし、メッセージアプリで情報を共有していてもおかしくない。

生徒会長もさくらも、私の周りには優しいお人好しばかりだ。












「それで先輩、大切な話って……? あと、一応言われた通り水着も持ってきましたけど、なにか関連はあるんですか……?」


「こうくん……今日、一緒にお風呂に入ろう」


「……?……!?!?」

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