本当に許されたいのは

「ご馳走様でした」


「お粗末様です。 喜んでもらえて良かった」


 朝食をあっという間に食べ終えてしまって余韻に浸っていると、いつもの二割増しぐらいの笑みを浮かべたこうくんに見つめられていた。

もう頭は完全に覚醒しているので流石に恥ずかしい。

食べるのは好きだけど食いしん坊みたいに思われるのはちょっと、乙女心的に嫌だし……


 使った食器と箸をササっと洗ってから歯を磨いて、リビングに戻ってからそのままこうくんにダイブ。

膝枕してもらいながら訊いてみると、やっぱり昨夜いつもより安眠できたお陰で早く目が覚めたらしく、日曜だし時間もあったので、というのが朝から焼き魚事件の経緯らしい。

しっかり癒されてくれていて、良かった良かった。


「……その、変なこと訊くようなんですけど……」


「……?」


 こうくんが言い淀んでいる、珍しい。

こうくんは頭の良い人なので、直接言い辛いことはなるべく迂遠な言い回しで言ったりしてくれる。

優しいので言葉を取り繕ってくれるというか、人が傷付かないような伝え方を心得ている。

そんなこうくんが、こうも伝えにくそうにしていることなんて今までもあまりなかった。

答えは二つに一つ、つまりこうくんの羞恥心に関わる恥ずかしい話か、多少エッチな話のどちらか。

何でも大丈夫だから続けて、と目で促す。

伊達に10年以上も幼馴染みをやっているのだから、今更何を言われても信頼は揺るがない。


「先輩、昨日おれにキスとか、しました……?」


「……えっ……いや、してないけど……?」


 急に何言うの、驚いて疑問に疑問で返しちゃったじゃん。

できる勇気があるならとっくにしてるよ。

というかしていいの?

拒絶されないならしちゃうよ私。


「……して欲しい?」


「先輩……そういうこと気軽に言っちゃダメです」


 ぐぬぬ、フラグ建築失敗。

ほんとにキスしたろか。

誰にでも言うわけないでしょ、もう。


「その……昨日そういう夢を見てしまって……」


「わたしにちゅーされる夢」


「ちゅーって……!? 先輩は恥ずかしくないんですか……!」


おいおいおい、かわいすぎかおのれは。

できるだけ詳しく説明して下さい。

今、私は冷静さを欠こうとしています。

耳まで真っ赤にしてそんなこと言わないで欲しい、ほんとに襲っちゃうぞ。

膝枕されてる今、身体を起こせば簡単に君に口付けできるということをどうかお忘れなきように(?)


「いやいや、恥ずかしいのはそんな夢見ちゃったおれか……先輩、本当にすみません……額に……」


「……ひたい?」


 あ、なんだ額にか~~~。

そりゃ恋人でもないのにマウストゥマウスなわけないか。

普通に全然したよ、恥ずかしい勘違いしちゃったじゃない。


「えっ……あれ、ん……? これはおれがおかしいんですか……?」


 だって額だよ、額。

大切な人に愛してるって伝えることを恥じる必要なんてないし。

流石に起きてる時にするのは恥ずかしいけど、して欲しいなら良いよ。

ちゅー、したい?


「………………そういうのは……ダメです……」


 めっちゃ迷うじゃん。

迷うぐらいならしてあげるって言って、身体を起こして、そのまま目を閉じてじっとして無防備なこうくんのおでこに口づけを……するふりをして、赤くなってるお耳に、そっと唇で触れてみた。

お耳のそばでリップ音が鳴るとちょっと恥ずかしい、こうくんにはその何十倍も響いているだろうから。


「……~~~~~!」


 わ、珍しい反応。

お手本のような声にならない悲鳴、静かに絶叫してます。

とても器用。

やっぱりこうくん、お耳が敏感。

今度こうくんがリビングで寝ちゃったら、耳元で囁いてみようかな。


 両手を頬に添えてみると、こうくんは少し落ち着いた様子。

私の手は冷たいから、火照った熱はこれで少し引くだろう。


 体温が低いことがこういう時に役立つのは正直複雑。

私は誰かを暖めてあげることなんて一生できない。

例えば私が人並みの体温でこうくんに触れることができたなら、何か変われただろうか。

肌を突き刺すような冷気に強い身体だったなら、あなたに気を遣わせることなく隣を歩けただろうか。


「おれ、先輩の手が好きです。 細くてしなやかで……握ってもらえると安心できる。 ありがとうございます」


 こうくんの温かな手が私の手に触れて、指を絡めて握られる。

安眠誘導中に今と同じ形で手を繋いでいたことを指しているのかな。

そんな寂しそうな顔してたか、また気を遣わせちゃったね、ごめんなさい。

結果としてこうくんからこういう、自己肯定感を高めるための、自分を慰めるためだけの言葉を引き出させてしまった自分が酷く惨めで浅ましく思える。

どうして私はこういう時、あなたの目を見て素直に真っ直ぐありがとうと伝えることもできないんだろう。

繋いだ指先から、体温と一緒に心も伝わればいいのに。


「先に手繋いできたの、こうくんだよ」


「うっ……でもおれは指まで絡めてません」


「どうして?」


「同意なしで勝手に恋人繋ぎするのは流石に罪悪感があって……」


「寝てる女の子の手を勝手に繋ぐのは良いのに、指を絡めるのは気おくれしちゃう? へんな線引き」


 私の体温が低くなければ、寒さを口実に事あるごとに手を繋ぐ機会もなかった。

年中身体が冷たくなければ、夏バテした君に抱き着かれて涼を取られることもなかった。

私が血行が悪い体質であることで思いがけず得た幸福だって沢山あるし、それでデメリットと合わせて差し引きゼロと言えるほどは強くないけど、私はこの体質のこと、昔より少しは好きになれたよ。

でもそれはこうくんのお陰なんだ、全部。


「私はいいよ、許します」


 あなたにされて嫌なことなんて一つもないんだと、再確認できたから。

本当に許されたいのは、きっと私の方だった。

それでもこうくんが嬉しそうに笑ってくれたから、それでいいと思えた。

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