朝 ふわふわ

 目が覚めると長年連れ添ってきた鈍痛がすぐさまやって来て、全身の気怠さに辟易すると同時に少しの安堵感を覚える。

これこれ、怠いけど最早これがないと落ち着かない。

勿論こんな気怠さは取り除けるならそれに越したことはないんだけど、低血圧に起因する寝覚めの悪さと不調は生まれ持った性質だからもう諦めている。

母も祖母も曾祖母も終生苦しめられているし、私の一族はもうそういう運命なのだと受け入れる他ない。


 遠くから声が聞こえる……気がする。

思考に靄がかかっているようで、聴覚から届けられる情報を上手く整理できない。

寝ぼけた頭では人の声さえしっかり聞き取れないから、それが知人の誰と符号するかも考えられない。

平日なら必ず、休日でもたまに、こうくんが起こしに来てくれる。

だから声の主がこうくんなら現実で、違ったならこれは夢の続き。

私は好きな人に毎朝起こしてもらえる幸福をもっと噛み締めて生きていかないといけないな……


 開かれた窓から吹き込んだ風が、冷気を含んだ静謐な朝の空気と柑橘系の爽やかな香りを運んできた。

瑞々しくて清潔な香り。

人に伝えてもあんまり納得してもらえたことがないので、これは私だけが持ってる感覚なのかもしれない。

人は遺伝子情報が自分から遠い人間の下へ辿り着けるように、魅力的な異性の香りに好感を持つようにゲノムに刷り込まれている。

つまり私とこうくんは相性が良いってこと!

こうくんから見た私はどうだろ、この理論でいくと少なくとも不快な香りはしてないと思うんだけど。

おんなじこと思ってくれてたらいいな。


 ちょっと風が冷たくて肌寒い。

暖気を求めて、ぼんやり人の形をした良い香りの源に抱き着く。

よく見えてないけど、シトラスの香りがするから多分こうくんだ。

こうくん、あったか~~~い。

私は常時体温が低いし寒がりな方なので、時々こうしてぽかぽかのこうくんを抱き締めて体温を吸収している。

湯たんぽとしての才能。

冬場の私はいつにも増して冷たいので、抱き締めると逆にこうくんの方が寒そうにしていて大変に申し訳ない。

HPドレイン。


 ぼんやりしたままベッドから起きて、こうくんが手を引いてリビングまで導いてくれる。

まだ脳が覚醒してないと平衡感覚が終わってるので一人では満足に立ち上がることもできず、こうくんを抱き締めるような形で支えてもらわないと、5分以内にベッドからは出ることはできない。

休日は完全に覚醒するまで10分以上は死んだ目で天井とにらめっこしてるので、言ってしまえばこれは、信頼している人がいるからこそできる裏技で荒療治という奴です。

まあ私は朝一でこうくんの体温と香りを堪能できるので役得なんですけど……

首筋をすんすん香るとちょっと恥ずかしそうに身じろぎしているのが雰囲気で分かる。

覚醒していれば恥じらうこうくんを見つめられるのに、朝に弱い遺伝子が今は憎い。


 リビングに出ると、美味しそうな朝ご飯の匂いが鼻腔をくすぐってきた。

なんか、いつもより豪華……?

基本食事は当番制の私たちは、朝だけは例外としてこうくんが用意してくれる。

自炊プロフェッショナルなこうくんは最小限のひと手間で美味しいご飯を作ってくれるんだけど、焼き魚のようなしっかりめに手間の掛かる料理が朝に出てきたのはもしかして初めてなんじゃなかろうか。

ありがとう、グリルは私が洗うよ……えっもう洗っちゃった……? そう……ごめんね……


「先輩、おくちあーんして下さい」


「あーん……」


 お皿に盛られた焼き鮭をお箸で小さく切り分けて、口まで運んでくれるこうくん。

……うん、美味しい!

ふっくらしてて肉厚でジューシー、お醤油で旨みが更に引き立っている。

寝起きに食べるには勿体ない美味だよ、あまりの美味しさに完全に覚醒しちゃった。

朝からこんなに贅沢してていいのかな、焼き魚最高、日本に生まれて良かった……

お箸貰うよ、ありがとね。

美味しくて完全に目が醒めたから今日は自分で食べます。

朝から美味しいお魚が食べられてだらしなく頬が緩んだ顔を晒している私を、こうくんはただ隣でにこにこと眺めていた。

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