こたえをさがす

 我らが小園高校の図書室は、誇る程の蔵書数でもないし、特別広いわけでもない。

けれど蔵書のセンスが良い。

司書さん(週3勤務で非常勤講師のお姉さん、年齢不詳美人)が大層な読書家で、賞を獲るような旬の話題作や映像化している名作から、奇書と呼ばれるような人を選ぶ怪作まで、そのジャンルの著名な作品はほぼ全て置かれている。

一部の読書家な教職員からの『悪徳の栄え』や『瓶詰の地獄』等、刺激の強い描写がある書籍を青少年の目に触れさせるのはちょっと……という消極的な否定意見を、司書さんがわざわざ職員室まで赴いて直接論破し黙らせたというエピソードは半ば伝説となって語り継がれている。


 この街は田舎ではないけど、自信を持って都会と言えるほど大きくもない。

最寄り駅もターミナル駅から5駅程離れているし、人を集めるような商業施設もショッピングモールもない、閑静な住宅街ばかりの郊外。

こういう街の書店は基本的に品揃えに難があって、店員さんに取り寄せてもらったりしないと新刊が手に入らないことも多い。

下手するとうちの図書室の方がラインナップが広いかもしれない。

そうでなくとも学校の図書室なので貸し出しは無償だし、この部屋は読書家にとって天国みたいなものなんじゃないだろうか。

まあ私はそもそも本を読むこと自体そんなに得意じゃないので、あまりここには来ないんだけど……


 閑話休題。

つまり、うちの図書室はちゃんと文芸を愛している人間が蔵書を厳正に管理しているので、ここ最近話題になっている本であればなんでもある。

入り口の話題作コーナーの本はかなり入れ替わりが激しいと聞くし、この図書室に来れば文芸の流行は全て把握できる。

以前少しお世話になったこともあって、私はここの司書さんに絶大な信頼を寄せている。

いつものようにカウンターでデスクチェアに座って妖しげな本(今日は『美徳の不幸』だった)ばかり読んでいる司書さんに一声掛けてみる。


「こんにちは……あの、志摩さん。 探したい本があるんだけど……」


「はい、こんにちは。 眞家さんなら、一度そこの棚を一通り目を通してみるだけで見つかったりするかもしれませんね」


 司書さん、優しくて穏やかな人なのに教職員にしてはパンクな恰好だし、外してるけどピアス穴バチバチだし、綺麗な黒髪も不自然なぐらい黒いから多分黒染めしてるし、割と謎が多い人なんだよね……

会話のテンポもちょっと独特で、午前中とか早いうちは廊下ですれ違ってもなんかぽわぽわしてることも多いし、私と同じで低血圧な人なのかもしれない。

その割には生徒を一人一人よく識別している、私たちは別に名札とか付けてるわけじゃないのにね。


 そこの棚、というのがすぐ隣の話題作コーナーだった。

そしてあっけなく見つかってしまった。

『リラクゼーションのための催眠誘導 ~大切な誰かに安らぎを~』。

デフォルメされた顔文字みたいな表情を浮かべた人のイラストと、その背景にいかにも催眠術っぽい幾何学模様が浮かんでいる表紙。

これがこうくんが持っていた本で間違いない。

え、第8刷目!?

めちゃめちゃ重版してるじゃん!

この本そんなに売れてるの、世も末でしょ……


 早速手に取って読み始める。

今日は土曜日で授業は半日、図書室に用事があると伝えてみるとこうくんは特に用事がないとのことで、持ってきたお弁当だけ二人で一緒に食べてから、今日のところは先に帰ってもらった。

思い付きで卵食べさせてあげたらちょっと照れてた、かわいすぎる。

その後甘めの味付けを褒めてくれた、恋に落ちました(2日振り117回目)

あ、食器用洗剤の買い出し頼むの忘れちゃった、帰りスーパー寄らないと……


 まだ正午から少し、夜ご飯までフリーなので時間はたっぷりある。

普段から活字を読まない私はそもそも本を読む習慣がないので、ここで貸し出しなんてしてしまえば最終日に急いで読破する未来が目に見えている。

今日のように時間を確保してその場で読み切ってしまうのが最善なのだ。

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