やっぱりなんか思ってたのとちがう

 やっぱりさ、思ったのと違くないだろうか。

催眠ってもっとこう、えっちな奴なんじゃないの?

催眠、催眠解除、催眠って感じで……

フィクション感強いアプリ的な奴はあれとしても、正直もっと不純なものだと思っていた。

いざ蓋を開けてみれば、昨日のはもうガッツリ療法としてどこかで使われてるような感じあったよ。

なんか海に辿り着いたのボンヤリ覚えてるもん。

無意識に人生に必要なものを思い浮かべて、こうくんが私に笑い掛けてくれて、幸せ……と思ってたら朝になってた。


 え、そういう心理療法?

私、今患っている病理を伏せた状態でカウンセリングとかされてるのか。

いやいやいや、全然そんなことはない筈。

生まれつきの病も後天的な精神疾患もないし、自慢じゃないけど既往歴まっさらだよ。

勿論こうくんも似たり寄ったりの経歴だし、別にこうくんは臨床心理士でもなんでもない。


 でもこうくんなんにでも凝り性だからなあ、多分こうくんの参考にしてる本が催眠というより、それを媒介とした心理療法とかに寄ったことが書かれた書籍なんじゃないかと疑ってる。


 夢……まあこうくんの声はずっと聞こえてたし、どこからが夢かはちょっと判断できないけど。

ともかくあの海の風景とか、そういうのを覚えてるうちにスマホで調べて見ると、やっぱり『マインドフルネス』とか『ACT』みたいな単語ばっかり拾ってくる。

こういうのは認知行動療法と言って、ざっくり言うとストレスを軽減するための心理療法の一つ。


 でも私は別に病んでないから効果は薄くて、幾ら自分の心に潜り込んでみても、『家族が大好き』、『こうくんのことを深く愛していて、添い遂げたい』以外の情報がな~んにも出てこない。

だだっ広いだけの凪いだ水面が心象風景として浮かんだのは、今解決すべき心理的障壁がなにもないからだと思う。

別に嫌いな人とか嫌なこととかあんまりないし、毎日好きな人と一緒の家で暮らして、好きな人が作ってくれる美味しいご飯を沢山食べて、日々幸せに生きてるから特に悩みとか無いんだよね。

だから、ただ安眠効果だけが出てる。


 こっちの効果は覿面。

今もアラームの30分以上前に自然に目が覚めて、頭も普段より冴え渡っている。

だからこうして、普段ならすやすやタイムの時間を洗顔したり制服に着替えたりする時間として使えている。

ヤクルト1000もビックリの快眠効果が二日続けて出ているからには、流石にもう効能を疑うことはできない。

この快眠は、こうくんの療法によるものと見て間違いないだろう。


 薄々そうだろうなとは思ってたけど、当然身体にはなんの変化もなし。

多分だけど手を繋いでくれていたかもしれない、ぐらいでなにも覚えてないんだけど、目が覚めたらちゃんといつものベッドで眠ってたから、またお姫様抱っこで運んでくれたんだと思う。

こうくんが掛けてくれただろう、ふっかふかの毛布のおかげで熟睡でした。

これうちにはない毛布だから、わざわざこうくんが家から持ってきてくれたのかもしれない。


 昨日も別れ際に怜ちゃんって呼んでくれてたのかな、また聞きたい。

多分お願いすればそう呼んでくれるだろうけど、私はこうくんの自発的な怜ちゃん呼びが欲しい。

作戦を練らねば。


 変化がないどころか、いつもより調子が良い。

朝にしては関節の可動域が広い気がする、あくまで感覚的な話だけど。

今からでも全然ランニングに出掛けられるぐらい身体が軽い。

お昼ぐらいのコンディションで朝を迎えられる喜びは筆舌に尽くし難いものがある。

それはまあ、相対的に普段の寝覚めが絶望的に悪いことの証左にもなるんだけど……


 問題の本質は療法そのものじゃなくて、どうしてこうくんが私にACT染みた心理療法を掛けようとしたのか、だと思っている。

私が疲れているように見えたんだ、きっと。

最近は確実に一緒に帰れる日は木曜日ぐらいだったし、やっぱ生徒会かな……仕事がつまんないだけで、別に特別ストレスってわけじゃないんだけど。


 もう少ししたらこうくんがやってくる時間になる。

本人に直接訊くのは簡単だけど、それはちょっと粋じゃない気もしている。

こうくんが催眠的なアプローチで私の疲れを癒そうとしてくれたように(そもそも別に疲れてはなかったんだけど、それはそれとして)私も私なりにこうくんの思考回路を探ってみたい。


 まず手始めに、あの本を私も取り寄せる所からかな。

今日は土曜で授業も午前中までだし、ありがたいことに生徒会の公務は原則土日は免除されるので図書室にでも足を運んでみようか。


 ところで今朝は、それから程なくしてこうくんがやってきて、


「先輩が朝スッキリ目を覚ますようになったのは凄く良いことなんですけど、その、ちょっと寂しいですね……俺、先輩を起こしてあげるのも好きだったんで」


って、本当にちょっと寂しそうな表情で言ってきてかなりキュンキュンしたことをここに告白します。

こんなのもうダメ女製造機じゃん、私のことこれ以上甘やかさないでよ。

私以外には絶対にそういうこと言わないようにと厳命した。

無垢な子犬みたいなお顔して、もう。

この人何回惚れさせるつもりなんだ、こっちはとっくにベタ惚れしてるのに。

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