第七話

 案内された部屋は、屋敷と言っていいレベルの広さだった。

 廊下から入った扉は、黒に金の竜の装飾で凄く豪華。で、あたしの家のリビングを二倍にした広さの小部屋があって、そこには侍女服を着た四人と帯剣した二人の騎士がいた。


 で、で、小部屋の奥にまた扉があって、漸くリビングなんですが……広さが、あたしの家全部が入るほど広くて、ね。正直、ここで紅茶を出されても落ち着きゃしない!! いや、紅茶は大変美味しかったですよ、うん。


 で、で、でだ。リビングの左に扉が三個あって、テラス側から温室、着替え用の部屋、寝室でしたよ。着替え用の部屋に置かれてたドレスが誰用なのか、怖くて聞けなかったあたしは悪くない。

 リビングの右の扉も三個。こちらは、キッチン、トイレ、お風呂でした。


 全体的に広すぎて、運動不足のあたしには住み心地が悪そうな印象しかないです、はい。

  

 部屋の案内をしてくれた色白眼鏡が部屋からいなくなると、とてもいい笑顔の美女な侍女が四人、音を立てずに寄って来た。そして、誘われるままにお風呂へ。

 手早く全裸にされたあたしは、侍女さんたちの手で丸っと洗われたのでした(まる)

 貧相な身体を見られるのも恥ずかしいけど、無駄に褒めちぎられるのも死ぬほどはずかしいと学びました。腰が細いのは、ただ単にあたしの食生活が野草のスープオンリーだっただけですからぁぁぁぁ!!


 そして、現在あたしは、人が五人は寝れそうなベットで寝かされている。無理だ。寝れませんがな!!

 ベットふかふかで超気持ちいいけど、広すぎて落ち着かない。ホットミルクでも飲めば寝れるかな? でも、手を取るのも悪いし。あぁ、こんな時、我が家なら好きにできるのに……。


 侍女かぁ、色々な表情を見せてくれるけど、セスは本当に皇帝陛下だったんだなぁ。今さらだけど実感したわ~。

 ゼスと一緒に居るって決めたから、出来ることを探していきたい。けど、あたしに何が出来るんだろう? ゼスは、ただ居るだけでいいって言ってくれたけど、せっかくならゼスが大切にしてる人たちが幸せになれるように手伝っていきたい。

 

 何か役に立てることが無いか考えていたあたしは、頭の中で色々と想像してみる。


「……ダメだ。役に立てる気がしない! 少し外の空気でも吸って、今日はゆっくり寝よう」

 

 寝れない時こそ、夜の空気を胸いっぱいに吸い込んで深呼吸! 研究に行き詰った時、良くお祖母ちゃんが言っていた事だ。

 お祖母ちゃんとの懐かしい思い出にニマニマしながら、テラスへ続く扉を抜けて外へ出る。


 冷たい空気が肌に刺激を与え、星が瞬く空に瞳が奪われる。

 

 あたしは、何を焦ってたんだろう? 月の色、星、お肉、変わらない物は沢山あって、あたしのできる事をやればいいだけじゃん。迷ったら、ゼスに相談して、一緒に考えていけばいいだけじゃないかな? うん、なんか良い気がしてきた。


「よし、大丈夫」

「それは、ようございました」


 突然上がった淑やかな女性の声に、ハッと振り返る。

 黒い布で顔を隠してる女性に対して、怪しい人! なんて考えていたら、キラリと銀に光る物があたしの頬を掠めた。


「いっ!」

「ひと思いにと思いましたのに……申し訳ございません」


 謝ってくれているけど、意味が違うし、言葉が不穏すぎるよ! と、頭の中でツッコミを入れながら、必死に逃げなきゃと考えて身体を動かそうとしてみる。だが、震える身体が言うことをきいてくれない。


 焦りが募ったせいか、漸く動いた足は縺れ、逃げたいと願う思いとは裏腹にあたしの身体をその場にとどめる様にして倒れた。

 這ってでも逃げようとうつ伏せになると手を伸ばす。必死に爪で土を掴み、なんとか数センチだけ動いた時だ。刃物女が、あたしに覆いかぶさって来る。

 刃物女の両手に握られたナイフが、高く持ち上げられた――。


 嫌だ、こんなところで死にたくない! まだ、何も一緒にしてないのに!!

 まるでコマ送りのように振り下ろされるナイフ見えた。

 痛みに抗うように、瞼をぎゅーっと瞑った。


 ………………ゼスっ!!

 ………………

 …………

 ……ん、あれ? 痛くない?


 いつまで経っても来ない痛みにおかしいなと思いながら、そろりと薄目を開けてみる。

 と、そこには、濡れた髪から雫を垂らした水も滴るいい男――全裸のゼスがっ。

 あら、引き締まった良いお尻。じゃない! ぎゃー、色々見えてる、お股の間のヤバい物が見えてる!


 刃物女の首を片手で掴み持ち上げただままゼスが、こちらを振り返る。

 咄嗟に目を閉じて、気絶したフリをするあたし。

 ゼスが歩み寄ってきているであろう草を踏む音が近づくと同時に複数の金属が擦れる音と主に足音がして、ドサっと重い物が投げ捨てられた音がした。

 そして、あたしはお姫様抱っこをされている。全裸のゼスに。


 いやぁ、降ろしてえぇぇぇ。絵面が、ヤバすぎしんのすけだよ~!!


「ぐっ」

「レッドニル! グリン! ブルータス! 今すぐこの女の主を探し出せ! レオナルド、直ぐに魔医を連れてこい」

「「「はっ!」」」


 別の意味でパニックに陥ったあたしは、魔族三兄弟の名前が本当に光の三原色だったことにすらツッコミを忘れ、抵抗する余裕もなく与えられた部屋へのベットに運ばれた。色々な物を晒しまくったゼスに……。


 頼むから、誰かゼスに服着せて~!! 眼を開けるタイミングがわかんないんだよー! あたしは、大丈夫だから……って、うぇええええ!! ちょっと、何一緒のベットに入って来てるの?! いやぁぁぁ、手に、手に柔らかい何かが当たってるぅぅぅぅ。


 ガクッ。



♢ ♢ ♢


太ももに当たっていた腕を勢いよく引っ込めたシアが、本気で気絶した後。


 気配を消していたらしいリカルドが、ベットの傍に来る。


「……グロスト陛下、流石にそれはご無体と言うものです」

「仕方ないだろう? 四百年以上探し続けた番だ。シアのためならば、帝位を捨ててもいいとさえ思えるし、何をしても愛おしく可愛いとしか思えんのだ」

「……まったく、貴方と言う人は……。それで嫌われても知りませんよ?」

「シアが我を嫌う? ありえないな」

「ソウデスカ」


 我の言葉に呆れた様子を見せたリカルドは、大きなため息をひとつ吐く。幾ら信頼している相手とは言え、これ以上シアの寝顔を見せるつもりはない我はシアを抱きかかえ話題を変える。


「それで? お前がここに居ると言う事は、相手が分かったのだろう?」

「はい。やはりあの方でございました」

「そうか。対応はお前に任せる」

「はい」


 丸投げともいえるがあの国への対応には、番を失いかけた我よりもカルドの方が適任だろう。正直、今すぐにでも殺してやりたいところだが、今は我慢だ。皇帝として今後の同盟関係については、各大臣と顔を見て話す必要があるがな……。


「それで陛下……、流石に全裸はやり過ぎですし、髪は乾かされた方がよろしいかと。風邪を召されて、番様にご心配をかけたいのでしたら別ですが?」

「服を持って……」

「こちらに」

 

 差し出された着替えに瞼を瞬かせる。起き上がりトラウザースに足を通したところで、髪を魔法で乾かされた。そして、シャツを羽織るとベットへ戻った。


「これで一応、同衾したことにはなるな? 書類提出だけでも早めて良いな?」

「はぁ……、仕方ありませんね。式は準備や招待客の関係で一年後となりますが、書類のみ先に提出いたしましょう」

「頼む。それから、もう一つ――」


 オーバーヒートを起こして意識を失ったあたしは、その後行われた二人の会話を聞くことなく、良く昼過ぎスッキリとした目覚めを迎えるのだった。

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