第六話

 開いた扉の先から現れたのは、件のシーブランのお姫様その人だった。

 腰まである太陽の日差しを思わせる金髪、大きな海色の瞳。小さな顔は、健康的な色合いでありながら白く、薄紅の花のような色合いの唇はぽってりと。ふわりと膨らんだプリンセスタイプのドレスは、ゼスの瞳の色を意識してか紫色をしていた。

 

 入って来て直ぐにゼスを見つけて瞳を輝かせたお姫様は、その腕の中にあたしが居るのを見つけて扇をバサッと広げる。


「グロスト様、そちらの小汚い娘はなんですの?」

「小汚いだと?」

「あら、あたくし間違ったこと言いまして?」


 おぉう、このお姫様初対面のあたしを見下して来てる~。王女様なんだから当然ちゃ当然か。でも、選民意識強そうで、あたしはあんま好きになれなさそう……。


「ふっ、おかしなことを言う。皇帝の執務室に伺いもなく押し入り、挨拶もしない者と比べてみたらどうだ?」


 唇の端をあげて鼻で笑うと言う器用なことをやってのけたゼスが、辛辣な物言いではあるものの筋を通して反撃のアッパーを繰り出した。

 お姫様はグッと眉間に皺を作る。が、それは直ぐに解かれにこやかな笑み――目元だけしか見えない――を浮かべる。


「それは、大変失礼を致しました。愛する様がお帰りになったと聞いたものですから……」

「今すぐ、国に帰れ」


 ゼスの拒絶度合いが酷いです。


「うふふ。ご冗談を、愛するグロスト様。あたくしたちは既に結婚が決まっておりますわ。お忘れですか?」

「勘違いも甚だしい女だ」

「旦那様は恥ずかしがり屋ですわね。うふふ」

「フン。貴様など妻にするわけがあるまい? 我の妻は彼女だけだ」


 ちょっと、今そんな蕩けてますって顔で抱きしめられたら、お姫様がっ!! あぁ、オワタ。お姫様の綺麗な顔に見事な青筋たっちゃったよ。眼力ヤバすぎて、もう顔上げられないよー。


「その小汚い小娘が妻と仰いまして? おかしなことを仰いますわ。その小娘は、どうみても平民でしてよ。良くて、側室? 愛妾の方が良さそうですわね」

「我の妻は、でいいと言っている」

「っ! まさか、あたくしの父シーブラン国王との約束を違えるおつもりですの!? そんなことをすれば、この国が輸入している穀物がどうなるか、お分かりですわよね?」

「その時は、こちらもそちらに融通している物資を打ち切るだけだ」


 脅しには脅しで返すってか。ゼスからすれば当然の返事だとは思うよ。思うけど、会話が子供のケンカに聞こえるわ! 国にとって大事な話じゃないのか?!


 オロオロと周りを見回して見たあたしは、誰も彼もが頷いている姿を見てある意味あきらめの境地に立たされた。


「そ、そんな事をすれば、同盟関係に傷をつけることになりますわよ?」

「問題ない。シーブラン国王には、』と連絡済みだ。その上で、今後も同盟関係を続けることになっている。だが、貴方の言う通り同盟を継続するか否かは、後日国王と話し合うことにしよう」


 お姫様の顔色が赤から白っぽく変わると同時に、完全勝利を手に入れたゼスはフンと鼻を鳴らす。


 その仕草が、非常に子供っぽいんだが、皇帝陛下ですよね? ところで、ゼスはいつの間に連絡とってたの? ……あぁ、あの時――色白眼鏡が「至急~」とか言いながら、ゼスに渡した紙がそうだったのか!!

 謎が解けたところで、ゼスの腕から顔を出してお姫様の方をチラっと見る。

 と、ガチで目が合った。


 別に勝ったとか負けたとかで見た訳じゃないんだよ? ただ、同盟関係云々の話が出てたから大丈夫かなって思ってみただけで……。物凄い睨まれてますやん! あたし、明日には死んでるとかないよね? ね?

 

「……あたくし今日は、これで失礼いたしますわ! 詳しいお話は明日にでもお茶を飲みながら……」

「今夜は、寝る場所を貸してやろう。明日、朝一番で祖国へ戻られるがいい」


 おふっ、ぶった切ったよ!


「っ!!」

「そうそう、この国でそなたが使い込んだ金子については、勿論返済してもらう」


 女性に対する話し方とは思えないほどゼスの物言いは辛辣だった。他の人もゼスを諫めない所を見ると、お姫様の存在自体が迷惑だと思われているらしい。

 それであたしの気持ちが引くかと言われたら、ぶっちゃけ自業自得だとしか思わない。ま、王女様だからお金を使ってなんぼの所があるのかもしれないけど、無駄遣いダメ絶対……。

 今回ゼスがこんな言い方したのは、国? 国民? を大切に思ってるからだし。お姫様も自分勝手すぎるから、擁護とかは出来ないよね~。平民のあたしじゃわからん政治の事だし、お姫様が本当にゼスの性格を知って好きだってんなら、もうちょっとやり方があったようにも思う。

 あたしとしては、無理かなぁ……。なんとなくだけど、違う気がするんだよね。ま、気持ちも分からないままプロポーズを受けたあたしが言えた義理じゃないけどさ。


「許しませんわっ」


 通り過ぎる直前、お姫様の唇が動く。

 ゼスに抱きしめられていたあたしには聞こえないほど小さな言葉は、ゼスには間違いなく届いていたようで厳しい視線が彼女の背中を睨みつけていた。


 お姫様の姿が見えなくなって暫く、ゼスから重いため息が漏れる。

 それが合図になったのか、ロマグレ様や色白眼鏡たちも肩の力を抜く。

 

 お姫様の性格はどうかと思うけど、今回の件がきっかけになってシーブラン国王との関係が崩れないといいな。ゼスは大丈夫だって言ってたけど、あのお姫様の物言いからして不安は拭えない。

 ま、あたしが心配したところで、何か出来ることがあるわけじゃないけど。

 

 すっぱりと思考を切り替えたところで、あたしは未だ回ったままのゼスの腕をポンポン叩く。


「ゼス、そろそろ放して?」

「もう少し……」

「却下で」

「シアが冷たい」

「知らなかったの?」


 軽口をたたき合っていたら、先にゼスが折れて腕を外してくれる。それにホッとしたのも束の間、自分から言っておいて腕が外れると少しだけ寂しさを感じた。


「レオナルド、シアに部屋の用意を」

「畏まりました」

「あー、そう言えばさ、ゼスに聞きたいことがあったんだけど……」

「何でも聞いてくれ。と、その前に、リカルド、茶の用意を頼む」


 色白眼鏡が部屋から出ていく。ゼスに誘われてソファーに座ったあたしは、ロマグレ様がお茶を置いたタイミングを見計らい気になっていたことを聞く。


「ゼスの名前ってグロストなの? それともシュ……」

「ゼスと呼んでいる方の名前は、我の真名だ。魔族は皆、真名を持って生まれてくる。その名は番以外には教えてはならない決まりだ」


 シュゼリオスは、魔族であるゼスの本当の名前――真名だった。真名とは、魂の呼び名である。

 この真名が悪意ある者に知られたなら、魔力を乗せた言の葉で、その身を縛ることも殺すことも可能になってしまう。だからこそ、名を言おうとしてしまったあたしの口を塞いだ。

 で、グロストの方は、真名を知られないための偽名と言えばいいのかな? 要は、ディグリュード帝国の皇帝が代々継ぐ仮名だそうです。ちなみに、グロストの後ろに続く名前も尊敬する皇帝や師匠の名をつけたものだって。


「なるほどね~。じゃぁ、魔族の皆さんが長い名前なのは、わざとって事?」

「あぁ」


 お姫様の相手をしていた時とは打って変わった様相を見せるゼスに手を取られながら、あたしは魔族に関する習性やら生活やらを色々と教えて貰った。


 大体の話を聞き終わった頃、色白眼鏡が「部屋のご準備が出来ました」と言いながら戻って来た。

 そのまま席を立ってゼスと共に歩き始める。

 ふと、このままゼスも部屋まで来るのかな? と、思っていたらゼスの肩をロマグレ様が、ガシっと掴んだ。


「グロスト陛下? まさか、執務を放り出して、お部屋でお休みになるなんてことをお考えではありませんか?」

「……」

「陛下!」

「シ、シア……」

「うん、無理」


 黒い笑顔を浮かべるロマグレ様の顔を見て、ゼスはあたしに助けを求めた。が、あたしはさっさとゼスに手を振って別れる選択をする。ゼスには悪いと思うけど、あのロマグレ様には逆らえない。

 執務机へドナドナされていくゼスに頑張れ~の意味を込めて手を振ったところで、あたしは色白眼鏡と共に部屋を出た――。

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