第五話
いやぁ~、久方ぶりのお肉は、大変美味しかったです!
満腹のお腹を摩りながら、ゼスに「ありがとう」と伝えておく。
「シア、少し付き合ってくれ」
「ん、別にいいけど……?」
どこに? と、聞く隙を与えないゼスに手を取られ――。
あたしは、どこかの庭園を思わせる庭に居た。
おい、転移するなら、先に言え!! もし、あたしが魔力酔い起こしたらどうしてくれんだ!! と、心の中で盛大なツッコミを入れていると、また転移された。
今度は、半裸で分厚い肉体を晒した騎士の群れがっ! 視界の暴力が酷いです。せっかくのお肉の幸福感が今の一瞬で全部消えたじゃん、どうしてくれんの?
突っ伏したい気分になったところで漸く目的地――部屋に着いたようで、転移が終わる。
部屋の広さは、あたしの店の二倍。どうやら執務室のようで、割と落ち着いた雰囲気だ。バルコニー側に置かれた大きい漆黒の執務机。手前には、三原色兄弟が同時に座っても問題なさそうなソファーセットが置かれている。
で、執務机の上にある書類がですね……引くほど載ってるんですけど、この後ゼスは缶詰確定かな?
なんでゼスの部屋だと気づいたかと言えば、文句を言おうと思って顔をあげたら、机に目を向けたゼスの顔が引き攣っていらからだ。
「我ら魔族の至宝、ディグリュードの月、静寂と優しき光を纏いし至高たる我が君、グロスト・フェルボビッチ・ファウス・ゼルースト・ボルス五世・ディグリュード陛下、よくぞご無事にお戻りくださいました」
魔族って、全員ゼスの姿を見たら、美麗句で湛えないとダメな感じなの? 何度目か分からないけど、良く皆この長ったらしい名前覚えられるよね~。あたしは無理。ゼスの名前ですら、既に忘れてるかも……。
扉から現れたロマンスグレーのおじ様――長いからロマグレ様にしよう――は、光の加減で灰色に見える白混じりの藍色髪。後ろ髪は襟足で一本に纏め、前髪を後ろに撫でつけている。
因みに魔族だけじゃなく、魔力の多い人たちは髪にも魔力が宿ると信じていて、基本髪は切らない。
ロマグレ様はエルフなのだろう、耳が先に行くほど細く尖っている。肌は白くて、瞳は、黄緑と青のオッドアイ。中世的な面立ちをしていて、きちんとお年を召した感じの皺が所々にある。
服装は、グレーのシャツに同じ色のベスト、黒のジャケットとトラウザースも同じ黒。タイはリボン風で藍色、銀のリングで両端を入れて止めている。
ズボン履いてなきゃ、確実に女性だと思ってしまうレベルで綺麗だ。
「こちらのお嬢様は?」
「我の番だ。名をアリシア・フェルズと言う」
「これは、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。わたくし、ディグリュード帝国にて宰相の任につかせていただいております、リカルド・ビーチェ・ストロビッチ・フェルーフェズでございます」
「……どうも、アリシア・フェルズです」
ロマグレ様は、宰相さんだったのか……。ところで、あたしはロマグレ様を、毎回フルネームで呼ぶ必要があるのかな? 正直、既に名前が……。
にこやかな笑顔を向けて来るロマグレ様だけど、あたしの心は癒されるどころか、焦りを感じていた。
ヒクヒクと動く頬を抑えて、笑顔を返す。そのままゼスを見上げて助けを求めて見上げてみる。と、そこには超絶不機嫌なゼスの顔が……。
「リカルド。我の番に色目を使うな」
「は??」
「グロスト陛下、あまりにお心狭くされますといずれフラれてしまいますよ?」
「我がフラれるだとっ!?」
ゴゴゴッと背後にどす黒い炎を背負ったゼスに対して、ロマグレ様は余裕と言った笑顔を浮かべている。
途中のあたしの驚きはスルーですか、そうですか……。
ま、年の功ってやつだよね~。あたしもお祖母ちゃんには絶対勝てなかったし。で、今更の疑問だけど、あたしはなんでディグリュード帝国に連れてこられたの?
……あぁ、そう言えばゼスに急用があるとかなんとか色白眼鏡が言ってたね。でも、それってゼスに関するだけで、あたしは関係ないよ? ついでに思い出したけど、まだ魔族四兄弟から自己紹介されてないし、してないわ! いつかできる日が来ると良いな~。
「我がシアを離さない!」
「……グロスト陛下、宰相閣下。お二人とも落ち着いて下さい。今は、その話を長引かせている場合ではありません」
ゼスとロマグレ様の会話が長くてグダグダ考えながら時間を潰してたあたしは、会話を止めに入った色白眼鏡に心の中で拍手を送る。
「そうでございましたな」
「むっ、それで何があった?」
姿勢を正したロマグレ様の口から語られたのは、シーブランのお姫様がゼスに会うために滞在していると言う内容だった。
ゼスは、困惑顔を浮かべ。先ぶれの有無や本来の訪問日などを聞いている。
二人のやり取りを聞いていたあたしは、ゼスがどうしてあたしをここに連れて来たのかをなんとなく察した。
ロマグレ様が焦ってゼスを呼び戻したのは、シーブランのお姫様が予定より三日早く来ちゃったからなのね。え、普通は先ぶれ通りの時間じゃないと失礼にあたるんじゃないの? ならないって言うか、不敬を問えない感じか。
内陸でしかも火山に囲まれたディグリュード帝国は、鉱物資源豊な国だけど、気温と立地の関係で穀物は特に育ちにくいと聞いている。穀物の九割は、他国からの輸入で賄っているらしい。その最たる国が、シーブラン。
まぁ、関係性はお互い様だから、一方的にお姫様が高圧的に出ることはできないだろうね。
あー、ゼスも一応シーブランの国王に番の話はしたのね。
一年以内に番が見つからなかったら、嫁に貰うって約束させられた感じか。だから、執務机があんな状態でも城を抜け出して、
ちょっとロマグレ様? シーブランのお姫様に対して、もうゼスの
いや、まぁ『グロスト様に会いに来て、差し上げましたわ!』なんて言われたら、そう言いたくなる気持ちはわかるけど……。
え、この城に来てたった三日で二千万ゼルを使ってしまっただと!? 平民の平均年収が、四十万~五十万ゼルなのよ? お姫様ヤバすぎ晋作じゃない!! キャラが、強烈って言うかなんて言うか……凄い遠慮がない。あー、だからお嫁様気どりってロマグレ様が言っちゃうわけか。納得したわ。
あ、ゼスが怒ってる。そりゃ、誰だって怒るわ。民から納められた税金を他国の姫が、勝手に使ったわけだし。
いやぁぁぁ、魔力が、魔力が暴走しかけてる! 誰が……って、ゼスかよー!! ちょっと、あたし人間で平民だから魔力低いのよ。このまま魔王の魔力暴走に巻き込まれたら、確実に死んじゃうから……。
いやいや、今はそんなことを考えてる場合じゃない。止めなきゃ!!
「ゼス!!」
二人の会話に割り込む形になってしまうが、あたしは慌ててゼスの裾を握って強めにツンツン引っ張った。
瞬時にゼスの周囲を渦巻いていた魔力が霧散する。そして、ゼスの腕が、あたしを抱き込んだ。
いつもなら、離せと暴れるところだけど、流石に今は優しくして置こう。と言う訳で、ポンポンとゼスの腕を落ち着くように叩いて「大丈夫?」と声をかければ短く「あぁ」と返って来た。
「アリシア・フェルズ様、グロスト陛下を抑えて頂きありがとうございます」
「いえいえ。自分のためなので……」
魔王の魔力暴走なんて洒落にならないのは魔力も同じようだ。皆がみんな額の汗を拭っている。
静まり返る室内で、誰かが大きく息を吐いた時だ。
ノックも無く、扉が開けられた――。
確かにさ、番って言う概念があるゼスが、シーブランのお姫様と結婚したくない気持ちは分かるよ。分かるけど、皇帝が今直ぐ、結婚します! は、無理でしょうよ。押せ押せで来られて、焦ってるのか知らんけど筋は通すべきだよ。
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