第三話
プロポーズの返事をして、抱きしめられたあたしの心臓はドキドキしていた。何故かと言えば、本で読んだ限り、大体こういう時は口付けされるものだから。
ちょっと乙女になりながら、その瞬間を待ってみたけど、いつまで経ってもゼスが動かない。
で、あたしは気分が高揚してることもあって、あーなるほど、紳士だから結婚するまで我慢してるのね! と良い方へ解釈した。
再び動き出したゼスの手が、あたしの髪を梳く。
ゼスを見上げて、瞳が絡んだ――その時だ。
僅かに聞こえたドアベルの音にあたしが、素早く階段の方へ顔を向ける。
と、同時に「ごめん下さいませ! どなたか、御在宅ではございませんか?」と、かなり大きな男性の声が響いた。
珍しく、店にお客さんが来た。一気にテンションが上がったあたしは、甘い空気もなんのそのゼスを突き飛ばす勢いで階段へ。
今日はついてるな~、商品が売れたら今晩はゼスと肉祭りだ~! 婚約? したし、今日は豪華なご飯にしなくちゃ!
階段の一段目に足をかけた時、ゼスの明らかに不快だと、言わんばかりの舌打ちが聞こえる。肉祭りに浮かれたあたしは、スルーを決め込み店へ。
「いらっしゃいませ~。遅くなって、すみません。裏に居たもので……」
自分にできる最高の笑顔で、出迎えたお客さんはどうみても魔族だった。しかも、四人。
ひとりは、仕立ての良い紺色上下の燕尾服を着た男――多分、侍従さん。
赤紫色の髪は、左が多めの七三分けで、後ろは三つ編み。目が細めの眼鏡。なお、非常に目つきが悪い。頭に角は無いが肌の色が不健康そのものなので、蝙蝠とかそっち系の獣人だと思われる。
後ろに控えてる黒い全身鎧を纏った騎士然とした三人の男たち――髪色が光の三原色なので見分けやすい。
キリッとした太い眉毛と厚い唇を持つ、熱血そうな顔の赤。
緑は、ナンパそうな見てくれで、人好きする笑顔を湛えている。
動くことなく、何を考えてるのか分からない表情でこちらを見ている青。
三人が三人共に身体が大きい。一番大きい赤は多分二メートルを超えてる。次が緑でゼスより五センチほど高い感じ。青は、ゼスとほぼ一緒だから百八十ちょっとぐらいだろう。身幅は三人ともゼスの倍ある。
絶対ゼスの関係者でしょ。せ、せっかくの肉祭りが……、三カ月ぶりのあたしの肉がっ。
五体投地したいのを我慢しながら、分かってるけど用件を聞く。
「こちらに我らが魔族の王であり、ディグリュード帝国の月、至高の皇帝陛下グロスト・フェルボビッチ・ファウス・ゼルースト・ボルス五世・ディグリュード様が、いらっしゃるはずだ。出せ、娘」
「黙れ、レオナルド。殺すぞ」
魔族の王なんちゃら~フレーズに驚いていたら、名前が、長すぎて更に驚いた。
アホ顔を晒したあたしが答える前に、ゼスが怒りながら出て来た。
「グロスト陛下! お探しいたしました」
あたしに対する高圧的な態度をゼスが声をかけた途端、レオナルドは百八十度軟化させた。
そして、笑顔を浮かべて膝まづくと、同時に後ろの三人も胸に手を当て跪いた。
おい、そこの魔族! あたしには絶対零度な視線むけてきた癖に、ゼスにはニコニコ笑いやがって。あたしのお肉まで奪って……許すまじ!! あんたのことなんて、もう色白眼鏡って呼んでやるからな!
「グロスト陛下、至急城へお戻りください! ジゼル様から、知らせたいことがあると
「急ぎか?」
「はい。出来れば直ぐにお戻りいただきたいと……」
「ふむ。だがな……」
色白眼鏡のことは良いとして、なによ陛下って、普通にゼスも答えちゃってるし。あたし、聞いてないわよ? ここで、今すぐ問いただしたいけど、誰が来るか分からないし……。
二人の会話が進む中、自分の浅はかさを実感したあたしは、盛大なため息を吐く。
ひとまず、心を落ち着かせるだけの時間が欲しい。ゼスにも用事あるみたいだし、ここは一旦お引き取り願おう。
「ゼス、急ぎなら戻れば? あたしも考えたいことあるし、一人の時間が欲しいから丁度いいんじゃない?」
「シア、こいつの言うことは、無視で問題ない。我はシアの傍から離れない」
「あ、そう……って、無視できるかぁぁぁぁ! 魔族の王って? ディグリュード帝国の月って?! グロスト陛下って、どういう事よ! あたしはね、皇帝なんかと結婚できるほどの教養も身分もお金もないっての!」
ディグリュード帝国と言えば、エリニュース大陸において最大にして最強と言われている軍事国家だ。そして、全ての魔族を統べる皇帝――最凶の魔王グロストが統治している国である。その魔王は、幾多の逸話を残している超有名人でもあったりする。
美しい調べで謳われる皇帝グロストの歌は、どこへ行っても必ずと言っていいほど吟遊詩人たちが歌っている。
『美しき闇の化身、その美貌に数多の美姫が惹かれては、涙を流す。身内だろうと容赦なく、集る有象無象を凍てつく瞳で睥睨し、武力に転じれば余りある魔力で容易く蹴散らす。その名はグロスト、ディグリュード帝国皇帝陛下。渾名は、氷血帝!』と。
まさか、そんな人が自分の結婚相手になるなんて、誰が思います? こんな大事なことを言う前にプロポーズするとか、本当にありえない!! 後悔しないと決めたばかりだけど、既に後悔し始めてるよ……。
ある意味八つ当たりに近い怒りを抱いたまま、首を傾げてゼスに笑顔――自分でもわかるぐらい、完全に目が冷え切っている――を向ける。出会ってからずっと自分から近づいてくるゼスだったが、その足は自然とあたしと距離を取るように下がっていく。
ゆっくりと一歩ずつ近づいて追い詰める。そして、ゼスを挟んで壁に両手をつく。
所謂、乙女の憧れ、壁ドンだ。
「ゼスぅ。プロポーズ云々の前に、言わなきゃいけない事あるよねぇ~? ちょっとその辺を二階で、しっかりお話しようかぁ?」
あたしは、沸々と湧く怒りを抑えながら、話し合いを促した。声が、間延びしてるのは怒りのせいだ。
「……っ、わ、我はしろ、いや仕事場に戻らねばならんのでな、話は後日でもいいだろうか?」
「今、城って言ったよねぇ? お城が仕事場なのかぁ、そっかぁ~。話し合いはしないつもりなのね? だったら、結婚の話は無かったことにし……」
「絶対に、嫌だ!」
そこだけは即答するんかい! あぁもう、優しく言うのが面倒になって来た。やっぱりこう言うのあたしには合わないわ!
「だったら、しっかり全部、説明しなさいよ! 分かった!?」
「う、うむ」
同意を得られてすぐ、逃げ腰のゼスの手首を掴んで二階へ移動する。ついでに戸惑っている色白眼鏡には、クイッと首だけで着いてこいと伝えておくのを忘れない。
二階に戻ってソファーへ。腰を落ち着けると同時に、ゼスをキッと見上げて説明を促した。
「……すまなかった。我が魔王であると知ったら、シアが逃げてしまいそうで言えなかった。許せないと思うのなら、いくらでも殴ってくれていい」
まぁ、ゼスの予想は当たっている。プロポーズされる前に言われた場合、あたしは間違いなく逃げていたと思う。だから、怒るのも筋違いなんだろうけど、それでも話しておいて欲しかった。
「黙ってた理由は分かった。で、皇帝陛下が、なんで突然、仕事放り出して番探しなんかしてるの?」
「うっ、それは……だな」
「現在グロスト陛下に、とある国の王女から婚約の打診が舞い込んでいるからです!」
爆弾を落としてくる色白眼鏡に対して、驚いたあたしは漸くその存在を再び認識したのだった――。
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