第二話

 人族の国にいるあたしは、魔族の事を良く知らない。だから、気になった事を聞いてみたのだが、ゼスは空いている指先を顎に当てて、考え込んだ。

 そうして、五分ほど時間が経ち、落ち着いた声を発した。


「まず質問だが、シアは人族と魔族の違いについて、どこまで学んでいる?」


 いきなり愛称呼びですね。あ、はい。何も言いませんよ。


「人族と魔族の大きな違いは、魔力総量の違いでしょ? 魔力が多いから魔族は、他種族に比べて長く生きるし、膨大な知識を有している。それと、魔法も色々使えると聞いたわ。ただ、唯一の欠点が、子ができにくい種族だってことぐらい?」

「概ね、その認識で合っている。だが、欠点については違う」

「え、そうなの?」

「あぁ。魔族の中でも魔力量が多く、血筋――種族によって違うんだ。我らのように永の時を生きる種族は、長い時を生きる事になるだろう? だからこそ、同じ時を共に生き、支えてくれる唯一を傍に置きたいと強く願う。その習性のせいで、番以外を妻にしない者も多い。勿論、我も自分の番シア以外を妻にしたいとは思っていないがな」


 副音声で、自分の番って部分があたしの名前に聞こえた気が……。よし、スルー、スルー!

 古い文献で、何度か人族が魔族の元に嫁いだ記録を読んだけど、きっと番だったのね。

 ん? 長命だからこそ、番を求めるってゼスは言ってるけど、番の寿命はどうなるわけ?


 ハイハイと片手をあげて、疑問に思った事を聞く。


「それについては、結婚してからの方が良いと思うが……、聞くか? それとも、実地するか?」


 頷いてはいけない予感!? 話を戻そう!!


「で、それがさっきの光と、どう関係があるの?」

「ふっ、まぁいい。光の事だな。我の手首に在った痣は、番が近くに居れば熱くなり、番が触れれば、光って判別できると言うモノでな」

「へぇ~って、は? え? ちょっと、はぁ?!」

 

 ゼスがここに来た理由が、あの痣だったわけね? で、痣があたしに反応したから確かめるために触らせてみようと考えたと……。

 一方のあたしは、罠にも気付かないし、何の疑いもなく触ってしまう。結果、光っちゃったイコールイケメン竜族の番と判明と同時に嫁確定と……。

 …………結婚しちゃうのあたし?!

 

 いやいや、落ち着け。落ち着くんだアリシア。

 まず、考えなきゃいけないのは、番云々を受け入れられるかどうかよ。そして、お互いに愛し合って幸せになれるかも大事! だって、性格合わなかったら最悪じゃん。両親みたいに子供まで作って喧嘩別れした挙句、死ぬなんて絶対にごめんだわ。

 一番重要なのは、仕事をしてるかどうかと貯金、生活資金よね!!


 でも、番だって言われていきなり「ねぇ、ゼスってお金持ち?」とか聞けない。いくら図太い性格だとしても、それは出来ないわ……。何かいい方法はないかな……? あ! あの手を使おう。


 名付けて、遠回し作戦!

 マンマヤナイカーイとお祖母ちゃんの声で、空耳がしたしたけど気のせいって事でひとつ。


「ぜ、ぜす。あのね、番って……、嫁になるって意味なのね?」

「あぁ、そうだ」


 言い切るなりゼスが蕩けたような笑みを浮かべて、あたしの天パの髪先を弄ぶ。


 顔が、麗しい顔が近い、近い! そんな嬉しそうに微笑まれても、今のあたしに同じ気持ちは返せないよ……。


 顔を勢いよく背けたせいで、首に軽い痛みを感じながらひとつずつ確認をしていく。


「あ、あのね。ゼスは、あたしの家ここに居たいのよね?」

「あぁ。シアの傍にいる」

「……そっか、一緒に暮らしたいのね?」

「是非、そうしたい」


 なるほどなー。さて、これは困ったぞ。

 ゼスはこの家で一緒に住むつもりみたいだけど、実はこの店と家は、既に商業ギルドからの借金の抵当に入っていたりするのよ。一緒に暮らすために新しく部屋を借りると言っても、その元金が無いわけで。


 仕方がない。口が裂けても言いたくなかったけど、正直に打ち明けよう。


「ゼス。実は……この家、商業ギルドから借りた借金の抵当に入ってて、来月には出ていかなきゃいけないの!」

「幾らだ?」

「いや、あのね。返すつもりだったのよ。あたし、ほら錬金術師だから、素材買って役立つ物を作ってお金にしようと思ってたの。だけど、なんでか全部に威力三倍増しがついちゃって、売れない商品ばっかりで。今ね、あたしの全財産、銅貨一枚しかないの! 超ド貧乏なの。どうしよう、お祖母ちゃんのお店無くなっちゃう……。貯金もないし、その日食べるのにも既に困って……。そう言えば、今日の晩御飯どうしよう! じゃなくて、部屋を借りる余裕もない……の」


 いざ、事情を話し出した途端、自分の不甲斐なさが募る。せっかくお祖母ちゃんが残してくれた店も、素材も、商品も、全部自分のせいで失う事への悲しみが混み上げて、我慢できずに涙が流れた。


 必死に唇を噛んで、嗚咽を堪える。そんなあたしの唇をゼスの指先が、そっとなぞっていく。


「泣いていい。悲しみは流してこそ、先に進めるものだ」

「う〝ん」

「すまない。我は手巾を持っていないから、ここで我慢してくれ」


 言うなりゼスは、あたしを抱きしめる。

 そして、片手で赤子をあやす様に背筋をなぞり、頭を撫でられた――。


♢ ♢ ♢


 久しぶりにギャン泣きしてしまったと顔を赤くしながら、ゼスの胸から顔を離す。


「もう、いいのか?」

「ずっ、うん。平気」

「そうか」

「うん。ありがとう、ゼス」

「我が、シアを一人で泣かせたくなかっただけだ」

「うん」


 表現しがたい感情に戸惑うあたしは、視線を彷徨わせる。ふと、ゼスを見れば、紫紺の瞳と視線が絡む。

 見られているとは思ってなかったあたしは、照れ隠しに笑って誤魔化す。


「シア、店の事だが、心配は要らぬ。我には、それなりの貯金があるからな」

「……っ、でも」

「そうだな……。シアが我に金を出させたくないと言うのであれば、この屋敷を我の暮らす国に移築すればいい」

「ぷっ、何それ」


 壮大なゼスの冗談に、あたしは噴き出した。

「冗談ではないのだが……」と、ゼスが真面目な顔で言うのもおかしくて、笑いが止まらなくなる。


 上手く言えないけど、ゼス話してると胸が温かくなる。それに、触れられると、お尻の辺りがムズムズする。

 これが何かは分からない。けど、嫌な気分じゃないのは確かで……。

 

「それでだな。家の事は良いとして。シア、我と一緒に暮らすのは迷惑だろうか?」

「ううん。迷惑じゃないよ。ただ、本当にうち、超絶貧乏だから、ゼスに迷惑かけると思って……」


 髪を弄んでいた節くれだった指が、頬に触れくる。

 ゼスは何も言っていないのに、シアと呼ばれた気がして顔を上げる。そこには、言葉にできないほど美しく蕩けたかんばせがあった。


「っ!!」完全に気を抜いていたあたしの口から、声にならない悲鳴があがる。


「……シアは、出会って間もない我の事を、一番に心配してくれるのだな。その心が、嬉しい。シアが心配せずに過ごせるよう、我の全てを使って幸せにするから不安に思うことは無い」

「うん、ありがとう」


 立ち上がったゼスが、あたしの前に片膝をつくと手を取った。


「シア……アリシア・フェルズ嬢、我の番。これから我と永の時を支え、共に生きて欲しい」

「ぜ、ぜす……」

「結婚してくれ」


 ゼスに出会って二時間後、あたしはゼスにプロポーズされた。

 色々とすっ飛ばしてる気もするけど、それは追々……。


「……ほ、本当にいいの? あたし、貧乏だし、ほぼ貯金ないよ? ゼスに対する気持ちも、分からないままなのよ?」

「貧乏でも貯金がなくとも構わぬ。我がシアを心から愛せばいいだけだ」

「それに、それにね! どんなにいい素材用意しても錬金は、威力三倍増で誰にも使えない物になっちゃうし、錬金じゃないポーションですら、毒薬扱いになるの」

「大丈夫だ。素材が欲しければ、我が取って来る。ついでに、そのポーションは一度鑑定させてくれ」

「それに、あたしきっとゼスの理想の女の子と違う。だって、あたしは基本、面倒くさがりの事なかれ主義で、良く大事なこと流しちゃうし、ガサツで料理なんて野草のスープしか作れない。女子力皆無なのよ……」

「我に理想があるとするなら、シアだ。面倒なことは我がする。大事な事柄を流しても、必ず我が覚えておく。料理は、プロに作らせればいい。女子力が何かは分からんが、シアがシアであれば、我はそれで十分だ」

「で、でも……」

「それ以上、我のシアをシアが否定するなら、その口を塞いでしまおうか?」


「……ここで」と、ゼスが自分の唇に指をトントン当てる。


「返事は?」

「……うん、わかった。あたしの事を受け入れてくれるなら、ゼスと結婚する!」

「あぁ、我はシアに誓おう。シアの全てを受け入れると……」


 きっと、お祖母ちゃんが生きてたら「アリシア、あんたって子は、チョロ杉新之丞だよ!」って、言って叱られるだろう。でも、ゼスにときめいたから、どうか許して。幸せになれるかはまだ分からないけど、後悔だけはしないって思うから――。

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