第10話 ―僕とファンと友情と―
10 ―僕とファンと友情と―
柏原を介抱して、終わったこの喧嘩。大熱狂のこの広場の中、意趣返しが効いたのか、そわそわとしている西澤を鼻で笑いながら周りを見渡す。
親分が負けたとわかった瞬間に子分どもが襲い掛かってくるかと思って警戒していたが、そんなことはなく、割としっかりしたチームなのだと感心する。
まぁ柏原のファイトスタイルを見るに、そんな卑怯なことはしないだろうと思ってはいたけど、いかんせんこの業界の人たちだから警戒するに越したことはない。
とにもかくにも、とりあえず今日も凌いだ。
そう思い安心していると、後ろから誰かに抱き着かれた。
あれ?何か甘くていい匂いするし、柔らかい何かが背中に当たっているぞ?
ナニコレ?ボクコレシラナイ。
「とってもお見事な喧嘩だったわぁ、新人さん。」
抱擁を解かれ、離れていったシラナイ感触を惜しみながら振り返ると、そこには西澤とは違うタイプの美人。露出度の高い服を着た妖艶な女性がいた。
「ランキング上位の彼をこんなにも簡単に倒すなんてぇ、すごいじゃないの」
その人はにこやかに僕を褒めてくる。喧嘩は嫌いだから称えられても嬉しくない。
が、非常にニヤけてしまう。だって、美人だし・・・アレ大きいし・・・
「あらぁ?どこ見てるのかなぁ?Hねぇ」
胸元を隠しながら笑うお姉さん。ガン見がバレてしまい。慌てて顔を逸らす。
その様子がおかしかったのか、小さく笑った美人お姉さんはなんと。
「素敵な喧嘩を称えて、ちょっとHな少年にご褒美よ」
と言って、僕の頬に口をくっつけ、少し湿ったような温かいその感触で、僕は空想の世界に旅立った。
これって・・・見たことあるぞ!たしか恋愛漫画で見たぞ!あれだ!キスってやつだろコレ!?そうですよね!?姉ちゃん先生!!僕これについては教わっていません!教えてください!あれ?いや知っていたっけ?わからないよ!何ですかコレ!?
空想の世界で姉ちゃん先生に出会って教えを乞うていると、お姉さんは「またね」と言い去っていった。
そしてその僕得ハプニングに周囲は口笛を吹くなどテンプレートな盛り上がりをしている中、空想世界の姉ちゃん先生に蹴飛ばされて現実世界へ戻ってきた僕は、いつの間にか目の前に立っていた西澤に気がついた。
「ずいぶん嬉しそうな顔をしているわね。気持ち悪い。キスされた程度で何ニヤニヤしているのかしら?気持ち悪い。大体、あれはあなたたちの戦いを称えただけのもので、あなたがモテているわけじゃないのよ?気持ち悪い。それに何?あの下品な女。あんなのが好みなの?気持ち悪い。鼻の下を伸ばす前に趣味を変えたら?気持ち悪い。ああ、モテたことないから勘違いしたのね。気持ち悪いから直した方がいいわよ?気持ち悪い」
西澤は早口で罵りながら蔑んだ目で僕を睨み、「本当に気持ち悪い」ともう一度罵って、倒れている柏原の方へ歩いて行った。
(え?何?何であんなに言われないといけないの?僕・・・)
と少し納得のいかない批評に傷つきながらも僕は急いで西澤を追いかけた。
心配する仲間とファンたちをかき分けて、西澤は倒れている柏原の頬を軽く叩く。
「起きなさい」
数回頬を叩くと、バシッと目を見開いた柏原が飛び起きた。あの人すごいな。
「っおう!?おお?ああ・・・なるほど負けたのか、俺は・・・」
「ええ、キモ谷・・・岩谷くんの勝ちよ。そこでね・・・」
「ちょっと待て、今キモ谷って言っただろ」
不名誉なそのあだ名に嫌悪を感じて即座に突っ込むが普通にスルーして、小声でコソコソと話している西澤と柏原。
推薦者の義務とやらなのだろうか、やたらと長いその会話が少し気になるが、藪蛇をつつくのも怖いので聞かないようにしていると、話がついたのか、ゆっくりと立ち上がる柏原。
「そうか・・・そうだよな。なら、賭け通り、俺は族を辞める!!」
柏原のその宣言に、仲間の方たちは悲しみの表情をしている。
なんか・・・僕が悪者みたいになってないか?これ・・・
口を出せる雰囲気じゃないので黙って見ていると、柏原はフラフラと僕へ歩いてきた。
「おお、イワタニ。お前強いじゃないかぁ!!」
「あ、ああ。ありがとう。あんたも強かったよ」
「おいおい冗談言うなよ!嫌味に聞こえるぜ?」
大きく笑う柏原。だけど、本当に冗談なんかじゃないだけどな。
「いや、本当に強いよ。あんなに技術を使ったのは初めてだしさ」
「っ!?そうか!!そいつは嬉しいなぁ!!!」
僕の回答に満足したのか、柏原は僕と肩を組んだ。
「今日からお前は友だ!柏原和也の戦友だ!!」
と、正直困ったことを言いだす柏原の言葉に仲間の皆さんが歓声をあげる。
「あら、とてもいい友情ね。涙が出そうだわ。キモ・・・岩谷くん」
「おい、次は許さないぞ」
何を根に持っているのか知らないが、さっきからとてもしつこい西澤。
あと、やはりつらいのか、震えている柏原を支えているとファンの方々がわらわらと僕たちに集まってきた。
「「「「次はいつやるんだ!?「俺の推しとやってくれ!「いやいや、うちの推しだよ!」」」」
あれこれ好き勝手にものを言うファン・・・悪趣味な連中ども。
「ふふふ、慌てたらダメよ。彼のランキング的にも私が決めるから、挑戦したいならサイトを通じて私に連絡しなさい」
こなれた手際で群衆を抑える西澤。その発言聞いてあらためて感じたが、この変態サイトってランキングが上がれば上がるほど強敵が待ち受けるという悪循環じゃないかこれ。
悲しい事実にため息が出る。とここで疑問が生じた。
(あれ?・・・これって一位になればどうなるんだろう?)
それを聞こうと思い西澤を見るが、かなり忙しそうなので、後日聞くことにしよう。
ごった返す人だかりに対応している西澤を眺めていると、柏原が顔を近づける。
「なぁ、お前なんであんなに強いんだ?あの技はどうやって身につけたんだ?もし良かったら教えてくれないか?」
純粋に知りたいことなのだろう。僕の技術についての質問が飛んできた。
どうしよう。素直に教えるべきか。いや、正直なところ教えたくない。独占欲というか、嫉妬というか、姉ちゃん先生の技を人にあげたくない気持ちがある。半面、姉ちゃん先生の凄さを誇りたいのもある。あの凄まじい技術と素晴らしい考えは是非とも教え伝えるべきだと思うけど・・・
「んあ?何だよ、秘密なのか?なら無理には聞かないけどよぉ・・・」
黙る僕にガッカリとした顔をした柏原は、僕から離れるとバシッと頬を叩いてがっしりと立つ。
「さてと、今日の祭りはこれでしまいだ!!最後の走りで締めて、俺は引退!!!そこで、特別ゲストとして、イワタニとその彼女も連れて大爆走するぜぇ!!!!」
柏原の爆弾発言は周囲の仲間のテンションをまさに爆発させた。
(え?なにそれ聞いてない。もしかして、またアイツの仕業か?)
そう思い、チラッと西澤を見ると、彼女も間の抜けた顔をしていた。
「おいおい、何シケた顔してんだよ!今夜で最後なんだからこれくらい付き合うのが戦友ってもんだろう?なぁに、ケツにはお前と彼女を乗せてやるから安心しなって!!さぁて、お集まりのファンたちよ、今日はこれでしまい!聞きたいことはまた今度にしてくれや!!俺たちはこれからラストドライブに行ってくるからよ!!!!!」
僕、西澤、ファン、全員がポカンとして状況に置いてきぼりにされている中、バイクが集まり、会場のライト代わりにあったものも含めて数十台が目の前に現れた。
あまりの光景と、柏原のアドリブによって生じた予定に混乱する僕と西澤。
「・・・どういうこと?」
「・・・わからないわ」
集まるバイクの中から一台一際派手で一際大きな改造バイクにまたがった柏原が、僕たちの真ん前で止まった。
「え?!ちょっ!!」
「っ?!キャッ!!」
柏原とその仲間は強引に僕たちをまたがらせると、バイクを吹かせて狭い工場の道を高速で走り始める。
「たまには夜遊びくらいしようぜ!!!戦友だろ?俺たちは!!!」
「ちょっ!!危なっ!!!!」
「・・・・・・」
狭い道なので事故しないかひやひやしながら柏原に抱き着く僕。無言で僕にしがみついている西澤。その三匹のコアラみたいな一台のバイクは工場跡地を抜けて公道へ飛び出した。
もちろんその後ろからは続々と色とりどりのバイク。もうまさに暴走行為。そしてその先頭を走る主犯の後ろの我々。どうしてこうなった?
「さぁ!!!突っ走ろうぜ!!!!!!!」
「や、やめてくれ!降ろしてくれぇえええ!!!!!!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
柏原のテンションに引きずられた僕と西澤は、朝まで暴走族どもに付き合わされた。
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