第9話 ―秘伝の技と決着と―
09 ―秘伝の技と決着と―
岩谷へ激流のように猛攻を加える柏原だったが、実は内心余裕がなかった。
(くそ!こいつ本当に強えな・・・!)
柏原は心の中で愚痴る。
初手の攻撃で、意識を失いかけていたが、喧嘩への熱意と、岩谷への興味から足を踏ん張って追撃し、そう見せていたのだ。
あんなの喰らいまくったらやられちまう!
そう思い、あのデコピンを出させぬように猛攻を選択した。
岩谷のあの攻撃の威力考えると、柏原はそれが正解だと確信し、更に速度を上げて猛追をするが、どれも寸でのところで避けられてしまう。
ああ、本当に・・・なんて奴だ。
さすがだ。さすが、あの大石たちに一人で立ち向かって勝った奴だ。
正直弱そうな見た目で、所詮は噂かと思っていたが、反省しなきゃいけねぇ。
大石が大人しくなった原因がわかったぜ。これじゃあ納得もいく。
だが、俺も漢として負けられないんだ。
初めの一撃以来、未だ避けることしかしない岩谷を見て、柏原は考える。
攻めあぐねているのか?それともあれしか攻撃方法がないのか?まぁどちらでもいい。避けるということは、当たれば効くということだ。だからとにかくスピードをあげちまえばいい。いつかは当てられる。
更に加速し止まることのない攻撃を岩谷は避け続ける。
そしてその猛撃の中、先ほどのひび割れた床の破片によって岩谷は体制を崩した。
(っ!今だ!!!!)
「うぉらぁあああああああ!!!!!!!!!!!!!」
隙を見つけた柏原は勢いよく蹴りを放った。
暴風のように激しく、横なぎのそれは必ず当たると柏原は確信した。
がしかし、岩谷は冷静な顔でその蹴りを見ている。
(ヤバい!あの隙は罠か!クソっ!!)
柏原は岩谷の顔を見てそう思うが、その勢いの蹴りは止めることが出来なかった。
—―――秘伝技術、「カゲオニ」
岩谷は片足でその蹴りを踏みつけ、逆に体制を崩されて隙が生まれた柏原にデコピン術を当てる。
パァン!!!!「ぐ!?お!??」
柏原は二度目のデコピンにまた意識を失いかけるが、寸でのところで持ち直し、踏まれた足を振り払って、大きく踏込みながら激しい勢いの拳を出す。
「うるぁああああああ!!!!!!!!!!」
豪速の拳。あまりの速度に見ているものは息を飲んだ。
だが、岩谷はそれを難なくと避け、その反撃は空しくも空振ってしまった。
(チッ!ペースが悪い!)
柏原は避けられた拳を戻して、岩谷の反撃を警戒しながら、再度猛攻を仕掛ける。
仕掛けるしかなかったのだ。
手をこまねいていると、またあのデコピンを喰らってしまう。
それに俺の蹴りを踏みつけるなんてことができるんだ。他にまだ手があるはずだ。
だが、仕掛ける攻撃は全ていなされてしまう。
そこで、柏原はひとつの秘策を思いつく。
(そうだ、相打ちを狙っちまおう・・・!)
強烈なあのデコピンに何度も堪えられるとは思っていないが、それでも一矢報いるならば、岩谷の攻撃の瞬間のあと。そのときならば絶対に避けることはできないはずだ。
またあの技を喰らうのはかなりキツいが、絶対に堪えてみせる。
それに俺の攻撃が当たれば必ず勝てるはずだ。そう結論づけ、策略にハマるように立ち回る。
そしてその時がきた。
バレないように手を少し抜いて大振りの左フックを仕掛けると、岩谷はガラ空きの側面へ回り込み、指を輪っかにする動作をする。
(きた・・・!)
一瞬の間に柏原は懐に入り込まれて額に攻撃を受ける。
破裂音が鳴り、霞そうな意識。
だが倒れるわけにはいかない、せめて一撃を。
そう自分を奮い立たせ、両足に力をこめる。
そしてその計算通りの行動に、柏原は即座に隠しておいた右の拳で繰り出した。
「おらぁああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
当たればひとたまりもない大振りの一撃。柏原が暴走族を纏め上げ、フィーズの界隈で名を上げた代名詞とも呼ばれる豪速の剛拳が動かない岩谷へ襲いかかる。
だが、岩谷はそれを待っていた。
―――秘伝技術、「カクレオニ」
目と鼻の先にある拳を前に、岩谷は小さく呟いた。
それは一瞬の出来事だった。柏原は、絶対に当たったと思った。
それは当たっていると思った。いや、当たるはずだった。
だが、感触がない。おかしい、その拳の先には、
「あ?あ・・・?」
確実に目の前にいたはずの岩谷がいない。その事に柏原は混乱する。
ありえないだろ。いたんだぞ?目の前に。
だが岩谷はどこにもいなかった。
どこだ?
ファンたちを見る。ファンは誰もが柏原を見ている。
どこにいる?
柏原は仲間を見る。仲間は全員柏原を見ている。
アイツはどこにいるんだ?
西澤を見る。西澤は柏原を見ている。
誰もが俺を見ている。なぜだ・・・?なぜ俺を?
俺・・・?まさか、俺の後ろか!!!!
柏原は勢いよく振り返ると、中指と薬指二本の指を構えた岩谷がいた。
「しまっ――「デコピン術応用、二指」
二重に鳴った破裂音、重たいその一撃に、意識が途切れそうになる。
しかし、柏原はもう一発だけ拳を決めるために堪えた。
最後にもう一度、そう思って踏みしめる。
最後に、一発だけどうしても当てたかった―――
「おぉ・・・・らあぁ・・・・・!」
だが、柏原の体はついてこず、その拳はあまりにも遅く弱いものだった。
簡単に避けられる速度。脅威にもならない威力。
しかし岩谷はその拳に応えた。
―――秘伝技術、「コオリオニ」
あまりにも遅いその拳は岩谷の顔面に当たった。
もちろん岩谷は効いてもいない。
だが、柏原はその結果にとても満足だった。
「やっと当たったぜ・・・・・・・楽しかったなぁ・・イワタ・・ニ・・・・」
その言葉を最後に、柏原は岩谷へ倒れ込む。
岩谷はそっと彼を抱えると、その表情を見て思わず笑ってしまう。
「・・・まぁ僕も・・・少しは楽しかったよ」
ゆっくりと柏原を寝かせた岩谷は、ざわめきを忘れて喧嘩の結果を見守る周囲を見渡し、呆けている西澤を見つけると、普段見せない笑顔を向けた。
「どうだ?憧れは守れたか?」
その言葉に頬を赤くした西澤は、それを誤魔化すように髪をかき上げてそっぽを向き、それを見た岩谷は「たまには意趣返しだ」と小さく笑った。
そして、周囲の人間全員が喧嘩の決着に大きな大歓声をあげた。
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