第7話 ―僕と平和と災難と―

 07 ―僕と平和と災難と―



西澤との取引締結日から早二週間。あれから変態どもによる乱痴気騒ぎは開催されておらず、僕は平和な青春を謳歌している。

あの夜の出来事が嘘かのように何も起こらないので、もしかしたら西澤が何か対処をしてくれているのかもしれない。いや、それとも何か企んでいるのかもしれないが・・・


ちなみにあのあと、僕はモッチと南さんによる過激な取り調べを受け、それを何とか誤魔化して事なきを得たと思いきや、なぜか西澤と僕の距離に怒っていた南さんに漫画部研修と称して、二人きりでアニメショップ巡りの約束を取り付けられた。

 大人しいはずの南さんが情緒不安定で理解不能な行動を引き起こすのはたまにあることで、それをラブコメ漫画の展開と照らし合わせてみると、もしかしたら僕に気があるのかと思ってしまう。

 けど、「Hey、春子!僕のこと、好きなんだろ?」なんて気持ち悪いこと聞けないし、拡声器の生まれ変わりのモッチに相談なんてできるはずもない。

 それに漫画と現実は違うし、やっぱり僕がモテるなんてことはないだろう。あれは言葉通りに漫画研修で、漫画知識の足りない僕に向けた喝なのだろうさ。きっと。


 それとは別に、今度は僕の情緒を不安定にさせた出来事もあった。

 それは、学校で有名美人として名が通っている西澤が僕とすれ違うたびに親しげに会釈をしてくるので、嫉妬にかられる男子に目をつけられたことだ。

 盛岡軍団のような新たな連中が生まれるかとひやひやとしていたが、意外にもそれはなかったので安心するも、もちろん弊害はあったようで、西澤ファンクラブの鋭い視線と南さんの冷たい視線という、非常に胃が痛い毎日が生まれることになった。

 それでも、フィーズなる変態組織とその一同による被害に比べたら些細なもので、そう考えると学生らしい青春ということで何とか堪えている。


と、二週間の間にあったことだが、今のところ西澤と変態たちも音沙汰ないし、あんな組織のことは忘れて、学生らしく勉学に励むとしよう。

そう意気込みながら学校へ赴き、モッチと南さんとの毎朝恒例のアニメ語りをしてから南さんとクラスへ向かうと、クラス前がやたらとざわついており、それを不思議に思いながら人混みをかき分けて教室へ入ったらなんと、違うクラスであるはずの西澤が僕の席に座っているという珍事に遭遇。その光景に僕は平和が手を振って去っていく幻想を見た。

(あれ、絶対に何かトラブルの予兆だ。間違いない。だっていい顔してるもん。あいつ・・・)


 朝日に照らされる西澤は普段の冷淡な雰囲気とは違い、儚げに微笑んでおり、見惚れるようなその横顔と綺麗な姿勢で座る彼女は、ざわつく周りの言葉を借りるとまるで女神のよう、だそうだ。

ただ事情を知る僕から見ると、その顔はこれから起こる騒動に愉悦を感じて思わず顔に出ているだけで、その騒動が決して安全なものではないと確信する僕には平和を刈り取る死神が座っているようにしか見えなかった。

 

 西澤は灰になりそうな僕に気がつくと、つかつかと歩み寄り、

「おはよう、岩谷くん。今晩の夜はあけときなさい。あとで連絡するから」

 と言って、髪をかき上げながら颯爽と退室していき、有名人の考え難い発言によって教室内の時が止まった。

 ・・・・・・・・・

静まり返る世界の中、束の間の平和だったと絶望する僕と、意味ありげな発言を残して消えた西澤に呆然とする皆さん。

すると、静寂を破った南さんが僕に飛びついてきて、激しく揺らして問い詰めてくる。

「ちょ、ちょっと!!!岩谷くん!?どういうこと!?今晩って何!?会うの!?夜に会って何するの!?!?どういうことなの!?!?答えてよぉお!?!?!?!」

 話せられるわけがないので答えない僕に、さらに激高する南さん。

そして意識を取り戻した西澤ファンクラブの発狂と、何かを期待する女子の熱狂と、何故か駆けつけてきたモッチの暴走によって朝から大騒ぎになり、事情を知らない教師によってその騒動の主犯にされた僕は反省文を提出しなければならないハメになった。


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 現在20時45分。これまでの顛末。


 大騒ぎの結果、僕を騒動の主犯にすることで一度は落ち着きを取り戻したが、それで西澤の放ったお祭りがつつがなく終わるわけもなく、休み時間のたびに男子に睨まれ、女子に面白がられ、昼はモッチにいじられ、南さんに激しく問い詰められ、放課後に生徒指導室にて反省文を書かされたうえに、教師から厳重注意を受けてしまった。


 その後、西澤を探してあの問題行動を問いただしてやろうとしたら、瓦版の如く吹いてまわっていたモッチのせいで全学年に知られていたようで、余計なゴシップの渦中にいる僕がウロウロと学校を歩きまわる訳にはいかなくなり、事情を面白がるモッチと事情を知りたがる南さんの追跡を撒いて学校を飛び出した。


憂鬱な帰りの道中で両親から電話があり、残業で帰るのが遅くなるから、妹に飯を作ってほしいとの依頼があり、急いで家に帰って妹の晩飯を作っているとき、西澤から『21時に学校へ来い』とメールが届いた。

その身勝手さにムカつきながら家事を済ませて、「僕は先に寝るから部屋に入ってくるなよ」と妹にアリバイ工作をしてから、バレないように部屋の窓からこっそりと家を出る。



と、いろいろあって今に至る。

こんな時間に呼び出しだ。どうせあのフィーズとやらの催しに違いないし、早く終わらせて帰らないといけない。それに、日常を守るなどと言っておきながら、とんでもない爆弾を投下しやがったあのスレンダーもとい貧乳に文句を言ってやらんといかん・・・

などと思っていると、暗がりから西澤が現れる。


「あら?早いじゃない。時間を守る男性は好みよ」

「おかげさまでな。と、その前に今朝のあれは何だ?大変な目にあったんだぞ?」

「過ぎた事を気にする男は嫌いよ。直しなさい」

本当に話を聞かないな、こいつ。腹が立つ・・・


「・・・まぁいい。それで、何のようだ?」

「あなた宛てに挑戦が来たの。それで今日やることになったわ」

「・・・だと思ったよ」

「いろいろと面白そうなのを探していたのだけど、ちょうどいいのが来たから受けたの」

「『ちょうどいいの』ねぇ・・・頼むから変なのはやめてくれよ・・・」

「大丈夫よ、あなたならね。ふふふ、きっと素敵な喧嘩になるはずよ」

 そう言ってニヤニヤする西澤。やはり約束したのは間違いだったかも・・・?

 後悔先に立たずとはまさにこのこと。そんなことを思っていると、西澤は僕の顔を覗き込み待ちきれないといった様子で体を引っ張る。


「さて、そろそろ行きましょう?きっと待っているわ」

 待たれたくない僕を引っ張り、彼女はピクニックに行くような足取りで歩きはじめた。




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