第6話 ―僕と彼女とこの世界―
06 ―僕と彼女とこの世界―
いざこざを片付けた僕たちはその後、他生徒の通報を受けて駆けつけてきた教師をいなして最寄りのカフェへ向かった。
大好きな騒動を間近で観覧できたからか、非常にご機嫌なご様子で注文をする西澤と、教師に目をつけられて明日からの事を思うと、非常に憂鬱な気持ちでお金を払う僕。
店内の中で一際人けのないカウンター席へ向かい、隣に座る彼女は注文したアイスコーヒーを一口飲むと、今朝の話を切り出した。
「さて、本題に入りましょう。今朝も言ったけど、フィーズにあなたを登録したの」
憂鬱な気持ちはさらに加速する。
「闘犬競技と例えたあれか。とりあえず、詳しく教えろ」
「Fist.Fight.Funding (フィスト・ファイト・ファンディング)、
通称F.F.F(フィーズ)。
ルール無用の路上喧嘩を斡旋開催する闇サイトよ。
登録方法は、戦う者と推薦者がペアで登録をするか、紹介を受けて登録をする。
紹介の場合は観戦のみだけどね。
その登録理由はさまざまで、前者はただ戦いたい、お金が欲しい、有名になりたいなどのために戦う。
後者は喧嘩を見たい、勝者の姿を讃えたい、賭博をしたいがためにと、他にもいろいろあるそうよ」
聞けば聞くほどに悪趣味な催しにめまいがしてくる。
「・・・一応聞くが、僕を登録したってのはどっちの立場だ。戦う側か、見る側か」
「もちろん戦う側に決まっているじゃない。ペアで登録だから私が推薦者ね」
「もちろんってお前なぁ・・・まさかだが、個人情報は登録していないよな?」
「ふふふ、安心してちょうだい。ある程度は登録したけど、喧嘩の相手や観戦する人にはわからないシステムだから。表示名もイニシャルだし、周りに知られることはないわ。誰かが言いふらしたり、自分で明かすなら話は別だけど」
呆れてものも言えない。何が「安心してちょうだい」だよ。一縷の望みも絶たれた今、続く話もどうせ良い話じゃないのはもう察しがついている。
「さて、続きを話すわね。フィーズにはランキングがあって、登録者の目的は上位を目指すこと。
まず、推薦された登録者は〈フィーザー〉と呼ばれて、フィーザー同士の序列を競い合ってランクを上げる。
推薦者はそのマネジメントをするわ。
勝利の証明、喧嘩の合図、ランクの申請、ファンの管理と様々なことを。
そして、そのランクを上げるための序列とは勝率と観戦するファンの人数のことよ。
大石のように大人数で戦えば勝率は上がるけどファンは増えない。
自分のランクを上げるには喧嘩を魅せて戦い、勝利することが大事なの。
それで、勝者にはファンの出したチップが手に入る。ランキング上位ならファンも多いし、そこそこの金額にはなるでしょうね。
他にも、フィーザーや推薦者同士で賭けをしあうといった取決めも可能よ」
得意げな顔しながら早口で言い切ると、優雅にコーヒーを飲みだす。
そんな姿にさすがに腹が立ってきた。
「まぁ、僕を大石に売ったことはもう水に流そう・・・
だが、そんな悪趣味なサイトに勝手に登録したことは許さないぞ。
喧嘩なんてやる気ないし、家族や友達が巻き込まれたらどうするつもりだ?
そんなにバカ騒ぎが見たいなら一人見ろよ!」
「落ち着きなさい、私は器量の狭い男は嫌いなの。直しなさい」
「勝手なことを言うな!大体、僕が付き合ってやる理由なんてないだろ!?」
「ない。だけど、遅かれ早かれあなたはこの世界を知ることになっていたわ」
「なんだって?どういうことだ!?」
「大石にからまれたあの日、あなたが一撃で倒してしまい、それを知られたからよ。
その時からフィーズ界隈では謎の少年としてもう有名になっていたわ。
私が調べた限りでは、噂を聞きつけた他のフィーザーやそのファンがあなたを探したりもしていたの」
その衝撃的な事実に目の前が真っ白になる。
これまでの説明で、大石がこのサイトの登録者なのは大方見当ついていたが、まさかこういう事になるとは思ってもみなかった。
日常とはこうも簡単に瓦解するのか?・・・・・・
「・・・・・・どうしろと言うんだよ・・・こんなの・・・・・・」
頭を抱える僕に、彼女は肩を寄せて小さく答えた。
「勝ちなさい。立ちふさがる悪意に。迫りくる脅威に。その全てを倒しなさい」
他人事のような言い方に、眉をひそめて横を向くと、真剣な表情の彼女と目が合う。
その瞳はとても綺麗で、心にあった怒りが飛散していく。
そして、彼女は諭すように優しい声で、
「もうあなたはあの世界に知られてしまっているの。
私のような誰かに目をつけられて、またトラブルになる。
それはきっと時間場所問わずに押しかけてくる。
だからあなたをフィーズに登録した。
それなら私とあなたしか狙われないし、家族や友人が巻き込まれることはないわ。
それに、趣味に付き合わせるのは少し悪いと思っているけど―――」
そう言うと、少し照れくさそうな表情になり、
「―――私、あなたの喧嘩がとても好きなの」
まるで告白のようだ。そう思い、それを理解して感じた途端に熱くなる顔を隠すように肩ごと背ける。
そして今の状況、傍から見ると恋人のような距離感に、さらに熱くなる顔を冷ますため、慌ててコーヒーを喉へ流し込む。
そんな様子がおかしかったのか、西澤はクスクスと笑い、僕もなんだかつられて笑ってしまった。
二人でひとしきり笑ったあと、険悪な雰囲気は落ち着き、僕は少し気になったことを聞いてみた。
「ところで、昨日僕が大石に負けていたらどうするつもりだったんだ?」
「負けるはずがないわ」
西澤は即答し、言葉を続ける。
「あの日見たあなたはとても弱そうにだった。どうせ大石に負ける。
だからよく覚えてなかったの。
けど、気が変わって見に行くと倒れているのは大石だった。
別の誰かの仕業かと思って調べたけど、あの界隈の噂を聞いて、
私はあなただと確信した。
ずっと探していて、それでも見つからなくて、途方に暮れていたとき、
たまたま学校であなたを見かけたときは運命を感じるほどに興奮したわ。
そして、初めて会ったあの場所で、あなたはあのいじめを苦とも思っていなかった。
その時思ったの。彼は負けない。負けるはずがない。私に魅せてくれるはずだ。
ルール無用の壮絶な喧嘩、華麗で圧倒的な姿を、とね」
息継ぎもなく当たり前のように言った彼女は、妖艶な表情で僕を見る。
その顔に少し見とれてしまう。すると、彼女からも質問がきた。
「私も聞きたいことがあるの。もういじめを終わらせるつもりでいたと言っていたわよね。どうして急に思い立ったのかしら?」
「ああ、あれか・・・」
盛岡たちのいじめ。
南さんを保護してから半年くらいいじめられていたわけだが、西澤の言う通り、別に苦じゃなかった。
やられて嬉しいわけじゃないけど、それでも我慢できた。
けど、大石の一件でそれは間違いだと気がついた。
『強い力は抑えるべし』、『弱きは守るべし』、『悪しき心は正すべし』と、まだまだある教えの数々を履き違えていた。
やり返すと怪我をさせてしまう。このいじめだって放っておけばいつかは終わるだろう。
だから、
いじめも慣れてなさそうだし許してやろう。
『気付かない振りをしてやって』
痛くないし平気だから相手をしてやろう。
『弱い振りをしてやって』
気が済むまでやらせてやろう。
『どうせ他人の人生だから』
いつの間にか、僕は心の奥底で盛岡たちを見下していたんだ。
いつも優しく生きろ。
一番尊敬する人が教えてくれた言葉を忘れて。
「岩谷くん?どうしたの?」
覗き込む顔に驚いて思考が止まった。そうだよ、会話の途中じゃないか。
「いい加減、彼女たちの悪事は正さないといけないと思ったんだよ。
あのままだと盛岡たちは道を踏み外してしまうからな。
西澤の脅しで引いてくれたならよかったけど、結局手を出す結果になってしまった。
あそこまで放置した僕も悪かったんだけどね・・・」
その答えが意外だったのか、西澤は少し笑うと、余ったコーヒーを飲みほして、こちらを向いて頭を下げる。
「さて、岩谷くん。フィーズに勝手に登録したことは謝るわ。ごめんなさい。
けど、あなたの周りを巻き込まないようにするにはこうするしかなかった」
そう言って頭をもどして立ち上がると、手を差し出してくる。
「あなたはすでにあの世界に見つかっていた。だけど、今は私もあの世界にいる。
あなたの日常は私が守るわ。その代わり、あなたは私の趣味を・・・憧れを守って」
まるで悪魔の契約のようだ。平穏な日常を守る代わりに、壮絶な修羅場に向かえと。
そして差し出されたその手を取ると、契約が成立するのだろう。
でも、彼女の顔。今の西澤の表情を見ると、僕にはそうは思えなかった。
「・・・・・・わかった。だが、僕のやり方でやるからな」
差し出された手を取ると、とても嬉しそうな表情ではにかむ。
「ふふふ、よろしくね」
握手した手を離すと、彼女は鞄を持って後ろに目を向ける。
「そろそろあなたを彼女たちに返してあげるわ。さて、また明日会いましょう。岩谷くん」
そう言って向き直ると、手を振って帰っていく。
その後ろ姿を見ながら、僕は知ってしまい、知られてしまった世界のことを思う。
訳のわからない集団に目をつけられた事の発端は、やはり大石に手を出し放置したことにあった。
からまれて抵抗したことは仕方ないとして、その後に助けるべきだったし、放置したことが原因で大石ともめた上、闇サイト在住の悪趣味な変態に付け狙われることにもなった。
結局は僕の浅慮だったんだよな・・・
西澤も、趣味を一貫しての行動だろうけど、少なからず僕のことを思ってくれていたようで、闇サイトのルールを盾にして、僕の日常を守ると約束してくれた。その代わりに大変な目に合うかもしれないけど。
けど、対価である趣味、そして憧れを守ってほしいと言ったときの表情は、とても寂しそうで、放っておくと泣いてしまいそうな、そんな顔をしていた。
僕にだって一応の責任はあったんだし、西澤だって打算はあれど、あそこまで協力をしてくれたんだ。だから引き受けるしかない。
それに、女の子のあんな顔を見たら断れるわけがないじゃないか。
思いを一区切りし、僕も帰ろうと立ち上がる。
ふと、西澤が帰り際に言った言葉を思い出して、彼女が見ていた方向を向くと、モッチと南さんがいた。
すると、彼女たちは僕に駆け寄ってくる。これは・・・まさか話を聞かれたか?
「ちょっとちょっと!こりゃあ何かあったなぁ!?岩谷!教えろー!」
「い、岩谷くん!!!西澤さんとどういう関係なの!?!?」
幸い、話は聞かれてなかった。だが、かなり面倒なことに変わりはなかった。
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