第5話 ―僕といじめとその始末―
05 ―僕といじめとその始末―
“おはようございまーす!朝ですよー!”
目が覚めて起き上がると、いつものルーチンワークをし、早々に家を出る。
これにはもちろん理由があって、修行の最中に西澤から早朝登校の指示があったのだ。
『校舎裏、初めて会った場所で待ってる』
そう一言書かれたメールを見て、ラブレターであれば喜ぶが、そうではないことは確定しているので、昨日の言い分なのだろうと思い、学校へ着くとあの場所まで向かう。
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退屈そうに立っている西澤は僕を見かけると、
「おはよう、岩谷くん。ずいぶんと待たせるわね。早く来なさいよ」
と、横暴なセリフを放つ。
「急に来いと無茶を言うからだ。それで上手い言い訳はできたのか?」
「ええ。察しはついていると思うけど、大石からある情報を知るためにあなたを売ったの。そしてそれを知ることができた。ついでに言えばあなたをそれに登録した」
平気な顔で僕を売ったことを白状した。最後に不穏な発言を残して。
「・・・ついでにって、何に登録したんだ?」
「F.F.F(フィーズ)よ」
さも知っていて当然ですよ、みたいな顔で答える。
「なんだよそれ」
「簡単に言うと、推している人間同士を喧嘩させてお金を投げ合う、闇サイト。例えるなら闘犬場みたいなものね」
サラッと恐ろしいことを言う。え?それに登録ってまさか・・・
「お、お前なんてこと―――
「詳しくは長くなるから放課後にしましょう。しかし遅いわね、もうそろそろかしら・・・」
身勝手はもう当たり前になってきた西澤はまた何か企んでいる様子だった。
「・・・今度は何を企んでいるんだ?」
「失礼ね、企むだなんて。あなたの周りを少し掃除しようと思ったのよ」
掃除をする。比喩表現であろうその発言をいぶかしく思っていると、甘い香水のにおいをまとった派手な身なりの女子が現れる。いじめの主犯、盛岡だ。
「初めまして、盛岡さん。待っていたわ」
「なんの用よ西澤・・・って岩谷もいるじゃん。なんでアンタも?」
どうやら西澤が呼び出したようで、盛岡は僕を見ると不思議そうな顔をしていた。
「何無視してんのよ。てか、西澤と何してんの?」
聞かれるも、僕だって訳がわからないので答えようにも答えられない。
そう思っていると、西澤は盛岡へ近づいて強烈なビンタをかました。
「いッ!!!何すんだよ西澤ぁ!!!」
突然の暴行に驚愕していると、彼女は倒れてへたり込む盛岡の顔を両手で包みこんだ。
「私はね、あなたたちみたいな小物に岩谷くんが負かされているのが、どうしようもなく腹が立つの。わかる?強者が弱者の振りをするのを見る私の気持ち。わかる?薄汚い下衆が幼稚な喧嘩で満足しているのを見ている観客の気持ち。わかる?盛岡さん」
西澤の言葉に顔を青白くさせる盛岡。僕からはよく見えないが、身震いするような雰囲気と言葉に合う、恐ろしい顔をしているのだろう。
「あなたがいじめの首謀者なのでしょう?いい加減、自分たちの愚かさに気が付きなさい。彼はあなたたちを恐れてないし、脅威とも思っていない。あなたたちでは敵わない圧倒的な強者なの。それに、これ以上彼に手を出すと大変な目に合うわよ。わかったかしら?」
盛岡は小さくと頷くと、包まれていた顔を解放され、よろよろと立ち上がると僕たちを睨み、後ずさりするようにこの場を去っていく。
「たぶんわかってないぞ、あれ」
「でしょうね。さて、私もそろそろクラスへ戻るわ。また後で会いましょう」
続いて立ち去る西澤と立ちつくす僕。朝から重苦しい気分だ。
掃除と称した脅しも僕のためではなく、自分の辞書にある強弱の序列と喧嘩の美醜で判断しての行動である。本当に一貫した趣味嗜好だよ。
しかしあの盛岡の目。諦めてなさそうだし、たぶん僕へのいじめは終わらないだろう。西澤の脅しで引いてくれたなら良かったんだけどなぁ・・・
そんなことを思っていたら予鈴が鳴り始めたので、急いでクラスへ向かった。
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「なぁ岩谷、昨日の何があったん?」
あの後、ギリギリでクラスに入り込み、間に合ったことに安堵しながら席に座り、南さんの視線を浴びつつ何とかこなした授業。時は過ぎて昼休みの今、学食机にて広げた弁当を前に、モッチから昨日のことについての質問がとんできた。
「何って、メールに書いた通りだよ。西澤と少し厄介な事に巻き込まれたんだ」
「それだよそれ!何で岩谷が西澤さんと一緒にいたん?それに厄介事って何?」
あれこれと聞いてくるモッチ。気になると止まらない好奇心が僕に押し寄せる。
「西澤が不良にからまれていて、たまたま通りかかった僕は助けを求められて不良と少しもめてしまったんだ。それで、二人で逃げてたんだよ」
嘘をつくのは心苦しいが、あんな事を話すわけにはいかないし、巻き込む可能性もある。なので、あらかじめ考えていた嘘をつく。齟齬が生まれないよう、昨日南さんにも話していたカバーストーリーだ。
「へぇ、大変だったんだねぇ~春子が騒いでいたから何事かと思って心配したけど、当の本人は噂の美人とデートして楽しんでいたわけだ。こりゃ春子も焦るわ」
「ちょ、ちょっとモッチさん!!」
モッチの皮肉に、静観していた南さんが慌てだす。
「デートなら良かったけど、そんないいものじゃないよ。それに西澤は思っていたほど良い噂の人じゃなかったしさ・・・」
そう言うと、南さんは安心したような顔をし、モッチは面白くないという顔で弁当を食べはじめる。そんな二人の様子に苦笑いをしながら弁当を食べようとすると―――
「あら?失礼ね、私は噂通りの美人を自負しているのだけど?それに、昨日はデートなんかよりも素敵な一日だったわ」
突然現れて、隣りに座りながら僕の考えた話を壊そうとする元凶。そんな彼女の登場に、モッチは目を輝かせる。まずいぞ、これ。
「やぁ西澤さん!ちょうど良かった、聞きたい事があるんだけどいいかな?」
僕は西澤に目で合図を送る。誤魔化してくれ。
西澤も片目を閉じて応える。そしてモッチの方を向くと、
「こんにちは、桃田さん。聞きたい事ってなにかしら?」
「昨日の事なんだけど、岩谷とトラブルに遭ったらしいじゃん?本当なの?」
「ええ、本当よ。彼とても勇敢で、時間を忘れるくらいに素敵な出来事だったわ」
「まぁ勇敢だよね。でも素敵?不良に追いかけられていたのに?」
「追いかけられて?まぁあながち間違いではないわね。そうよ、素敵だったわ」
「うーん、よくわからんけど愛の逃避行ってやつかな?」
微妙に食い違う問答にハラハラしていると、小さな声が聞こえた。南さんだ。
「ぁ、あのぅ・・・素敵な出来事ってなんですか?・・・」
核心をつく質問に息を飲む。
「私が期待した通りに立ち向かって、華麗な姿を見せてくれたの。ふふ、思い出すだけで興奮してくるわ」
こいつ話合わせる気ないだろ。そう思い、わざとらしく咳をしてもう一度合図を送っていると、西澤は立ち上がった。
「さて、岩谷くん。あの件についてだけど、放課後に今朝の場所で待っているわ」
いろいろと意味ありげな事を言って去っていく。そして、その発言を聞き逃さないモッチの質問攻めと、なぜか怒る南さんの追求にうろたえながら昼休憩を終えた。
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放課後になり、ニヤついた顔をするモッチの好奇な視線と、無言で睨む南さんの鋭い視線をかわして校舎裏のあの場所へ向かう。
西澤はすでに来ており、二本ある缶コーヒーを向けてきた。
「また遅刻?約束に遅れてくるなんて、モテないわよ」
近くの壁にもたれかかる西澤の隣りへ行き、一本貰って蓋を開ける。
「いらん事を二人に言うからだ。おかげで大変だったんだぞ・・・」
「あら?目で合図していたじゃない」
「あれは誤魔化せって意味だよ・・・で、さっそくだが長い説明をしても―――
「おい!西澤ぁ!!!岩谷ぃ!!!」
大きな声で僕たちの名前を呼ぶ声。今朝西澤ともめた女子、盛岡だ。
「お前ら、朝はよくもやってくれたなぁ!」
いつもの取り巻き三人をひき連れてやってきた盛岡は、僕たちに立ちふさがる。
「・・・西澤との約束は破るつもりか?」
一方的な脅しではあったが、約束の反故を咎めると、盛岡は顔を赤くして怒鳴り散らす。
「女に助けられて何言ってんだ!てめぇも西澤もぶっ殺してやる!!!」
盛岡の掛け声に各々が武器を用意する。見たところ警棒のようだが、どうやって手に入れたんだ?あれ。
そんな険悪な状況の中、西澤は軽い口調で話しだす。
「なかなか話ができないわね、岩谷くん」
「本当にな」
「それで、これはどうするつもりなの?」
「まぁ・・・もう終わりにする。そうするつもりだったんだ」
「へぇ?抵抗しないと言っていたから私が片付けるつもりだったけど、楽しみね」
「僕だってやりたいわけじゃない。だけど、いつまでも放っておくのはなぁ・・・」
「のん気におしゃべりしてんじゃねぇよ!やれぇ!!!」
僕たちの態度に腹を立てた盛岡の号令で取り巻き三人が襲いかかってくる。
「きたわよ。さて、頑張ってね。岩谷くん」
そう言うと、もたれかかったままの余裕な姿で缶コーヒーを飲み始める。
僕が盾になると本気で思っている様子の西澤に少し呆れるも、彼女に手を出させるわけにはいかない。
缶コーヒーを飲みほして足元に置いたあと、向かってくる三人を一人ずつ対処する。もちろん殴りはしない。するのは秘伝書の技術だ。
「ゔぇえ!?」
横なぎに振るう警棒をしゃがんで避ける。登校の支障にならないように、脛に加減してデコピン術。それでも痛いのだろう。彼は足を抱えてうずくまる。次だ。
「いだぁあ!!!」
振り下ろす警棒を真横に避ける。勉強の支障にならないように、腕に加減してシッペ術。やはり痛いのだろう。彼は警棒を落として腕を庇いながらうずくまる。次だ。
「お``お``ぉっ!?」
倒れる仲間に怖気づいて棒立ちの姿。機能不全にならないように、股間に加減して缶を蹴り当てるカンケリ術。それは痛いだろう。彼は股間を抑えてうずくまる。
終わりだ。
「もうやめよう、盛岡。これ以上は事が大きくなる」
うずくまって動かない三人を見て呆けている盛岡に声をかける。すると、クスクスと笑い声が聞こえた。
「ふふふ、本当に面白いことをするのね。ユーモアのセンスがある男性は好みよ?」
何がつぼに入ったのか、肩を揺らし続ける西澤。
「こんなに楽しませてくれるとは思ってなかったわ。お礼に、ここは私が何とかしましょう」
そう言うと西澤は携帯を開いて誰かに電話をし、あれこれと何かを話すと盛岡へ近づいて電話を渡した。
「あなたを知っているそうよ。良かったわね、たぶん面倒事は少ないわ」
盛岡はしかめた顔をしながら電話をとると、みるみると顔色が悪くなり、震える手で西澤に返し、倒れている奴らを置き去りにして焦ったように走っていった。
それを見たうずくまる彼らも盛岡を追って去っていく。何があったんだ?
「これで掃除は完了ね。さて、岩谷くん。お話をしましょう?」
振り返る彼女はとてもいい笑顔だった。
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