第4話 ―僕と事件と反省と―

04 ―僕と事件と反省と―



 崩れていく大石を皮切りに、大きな拍手喝采が轟いた。ここまで迷惑な騒音がすると通報くらいありそうだと、巻き込まれた僕は密かに期待している。

 事後なので僕としてはもう意味はないけど、それでも喧嘩祭りと称して盛り上がっている奴らに何かしら社会的制裁が下ればと思う。


 それはもちろん僕をこんなくだらないイベントに巻き込んだ、自他共に認める容姿端麗で、疑わしい品行方正の自称美人も入っている。


 そんな気持ちを知ってか、知らずか、駆けてきた西澤は僕に微笑んだ。

「やるじゃない、岩谷くん。とても華麗な喧嘩だったわ」

 嬉しくもない賛辞を呈する彼女は、喧騒の熱に興奮気味なのか頬が紅潮している。

思わず見惚れてしまいそうになり、顔を背けた。

 そんな僕の様子に西澤はクスっと笑い、倒れている大石へ向かっていくと、服を漁って大石の携帯を取り出す。そして勝手に操作して自分の携帯に何かを移している。


 何をしているのか知らないが、どうせ碌な事じゃない。

 そう思っていると、周りの野次馬が続々と集まってきて、大石の姿を撮り始める。


 その異様な状況に声を上げようとするが、西澤が手で制してきたので思わず声を引っ込める。

 そして彼女は僕についてくるようアイコンタクトをして歩き始めると、ごった返す野次馬たちは慌てだし、まるで見送るように整列して道をあける。

 ざわざわとする周囲の中を得意げな顔をして歩く西澤に呆れてため息を吐きつつ、敗者へ群がる悪趣味な連中をしり目に、僕たちはこの場をあとにした。

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 暗い夜道の中、自販機を見つけて小銭を探していると、横から小銭を入れた西澤は缶コーヒーを買って差し出してきた。いや、選ばせろよ。

「お疲れさま。さっきも言ったけど、とても華麗な喧嘩だったわ」

 受け取ったコーヒーを飲んで一息つき、皮肉を交えて今日の出来事を尋ねる。

「おかげさまでね・・・・それで、あの乱痴気騒ぎは何だ?説明しろよ」

「私の趣味よ。と言っても、それだけではさすがに説明不足ね・・・」

 そう言うと、前を歩きながら小さく考え込む。急かしたところで仕方ないので、納得できる言い訳を期待しながら黙ってついていく。

 聞き及んだ限りでは、大石から何かを知るために僕を差し出したようだし、その罪に関して情状酌量の余地があるかは不明だが、聞いてやるくらいはしよう。


 そこからしばらく会話もなく、僕は僕で今回の事を振り返る。

 あの日、大石の吹っ掛けてきた喧嘩を買ってしまったことが起因で、それをたまたま見た西澤が首を突っ込んだ挙句に起こった事件。誰が悪いかと言えば、大石と西澤だろう。

 けど、もう少し僕が上手く立ち回ることができたなら、その起因はなかった。

 起因とはつまり大石のプライドを刺激してしまったということだ。

 僕からしたらとんでもなく身勝手な話だが、あの手のタイプはそういうものだとわかる。

 そう、わかっていたことなのに、つい抵抗して、大石のプライドに傷をつけてしまった。

 僕自身、そのことを悪いとは思っていないし、身を守るためなら当然だと思う。


 だが、巻き込まれるのが僕だけじゃなかったら?

 例えば両親が、妹が、モッチが、南さんが、身近な人が巻き込まれたらどうだ?

 もし僕といたのが原因で巻き込まれたならそれは僕の責任だ。


 それに、あの日の夜、実は逃げるくらいなら簡単にできた。

 モッチと南さんとで遊んだ帰りの楽しい気持ちのときに、大石に水を差されて腹が立ってしまい、つい攻撃をしてしまった。

 そこで、気絶した大石を助けていればよかったものの、保護するのが面倒だと思い、騒ぎを起こしたことを学校や家族に知られるのを恐れて、放置して帰ってしまった。


 根本的には大石が悪い。事を大きくした西澤が悪い。だけど僕にも過失があった。

 それは、僕が怒って手を出し、その後助けなかったことだ。


 姉ちゃん先生は、いつも優しく生きろと教えてくれた。

 強い力は抑えるものだと教えてくれたし、自制のない怒りは獣と同じだと教えてくれた。

 だから僕の心を鍛えてくれて、加減の仕方を教えてくれて、戦わない技術をくれたんだ。


 今日の喧嘩だって、渦巻く思考の堂々巡りの結果、姉ちゃん先生の言葉がなければ、僕は取り返しのつかないことをしたかもしれないし、尊敬する姉ちゃん先生に顔向け出来なくなるところだった。


 振り返ってみると結局は僕にも原因があったのだ。そう思うと、自分勝手な大石と西澤に怒る気が起きなくなってくる。


 そんなことを思っていると、西澤が立ち止まる。気が付くと学校の前まで戻ってきたようだった。

「とりあえず、今日はもう遅いから、明日説明するわ。いろいろあって疲れたでしょ?」

「主にお前のせいでな」

「これ、あなたの携帯。返すわ」

 嫌味も気にせずに、ずっと取られていた僕の携帯を取り出す。

「私の連絡先追加しているから。明日、また会いましょう」

 一方的にそう言うと、西澤は暗がりの道へ消えていった。


 ふと、携帯が気になり、切られている電源をつけると、

母さん、不在通知6件―メール1件

父さん、不在通知3件―メール1件

モッチ、不在通知13件―メール4件、

妹、不在通知7件―メール8件、

南さん、不在通知186件―メール237件、とあった。



 西澤と別れた後、家に帰った僕は家族を心配させるわけにいかないので、嘘の事情を伝えた。母さんからは説教を受け、父さんからは軽い拳骨をくらい、妹からは罵倒される。心配をかけた罰だよなぁ・・・

 そして、温めなおしたご飯を食べて、心配をかけたであろうモッチと南さんにメールを送る。

 すると、すぐさま南さんから電話がかかり、これまた嘘の事情を伝えて、行けなかった約束の謝罪と、あれだけの着信の件数をするほどの心配を丁寧に時間をかけてほぐした。

 その後、風呂に入り疲れを癒して心地いい気分の中、湯冷めしないようにすぐさま寝間着に着替えて、部屋の机に入れてある古びたノートを取り出す。


 秘伝書と書かれたそれは、姉ちゃん先生が別れる前にくれた大切なノートで、僕の唯一無二の宝物である。


 最近は開くことはなかったが、今日自分の未熟を知って、もう一度姉ちゃん先生の言葉に会いたくなり、僕は電気をつけて読み入る。

 秘伝書はあまり綺麗じゃない字で書かれているけど、何度も消しゴムで消して書き直したりしているところがたくさんあり、本当に僕のことを考えてくれていたのだと思うと、心があたたかくなってくる。

 

 そして一枚一枚丁寧に読み、心のページ、技のページ、体のページと三部構成の秘伝書を読み終えたときには、時間は午前を迎えていた。

 あらためて秘伝書と指導の言葉を読んだとき、最近の僕はただ鍛えていただけで、教えを疎かにしていたことと、姉ちゃん先生がくれた言葉の意味を履き違えていたことを痛感した。


「結局、僕はまだまだ未熟だな・・・」


 今日も、あの時も、また姉ちゃん先生に助けられた。

 もう僕は間違えない。

 そう決心して、秘伝書を大切にしまい、ベッドへ入った。

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