第2話 ―僕と彼女のその嗜好―
02 ―僕と彼女のその嗜好―
西澤 綾嘩。
完成された顔立ちに成績も優秀と、才色兼備として名高い同級生。
どこか冷淡な雰囲気を持ち、綺麗な長い髪をなびかせるその姿は、少し近寄りがたいところがあるけど、クールビューティーとして男子から絶大の人気を保持する、校内一の有名美人とのこと。(提供元、モッチ)
そんな彼女だが、一年の終わり頃にその評価に似合わぬ停学処分となる。
何らかの事情で公表されない事件と、停学理由が不明の事から、謎多き美女の事件簿として、モッチが自作漫画のネタにしていたのを思い出した。
「無視はいけないわね。あらためて聞くけど、何で無抵抗なの?」
思考にふけていると、西澤はしゃがみ込んで質問の返答を催促してくる。
ふわっと香る女子のいい匂いに、女子耐性の無い僕は少し照れてしまい、それを悟られないよう、顔を背ける。
「四体一で何かできるわけないだろ。僕は喧嘩なんて嫌いだし、それに自信もな――
「うそ」
僕の言葉を遮る西澤は、手慣れた操作で携帯画面を見せた。
「これ、あなたの仕業よね?」
そこに映るのは、気絶した男の写真。
「見覚えがない、なんて言わせないわ。騒動の一部始終は見ていないけど、あなたがこの男にからまれているところを目撃したのだから」
「だったら助けるなり、通報するなりしろよ」
「些細な事だと思って無視して帰ったけど、少しだけ気になったから現場に戻ってみると、この男は倒れて気絶していたの。ねぇ、あなたは何をしたの?」
僕の悪態をスルーし、男の状態と僕の関与について質問がくる。
まずいぞ、これ。
心中僕は焦っていた。進級祝いとしてモッチ&南さんと遊んだ後、その帰りの道中に、この男にからまれて仕方なく抵抗してしまった。からまれたからとは言え、進学校の生徒が、夜中に騒ぎを起こしたなんて事がバレると、大変なことになるのはわかっている。とりあえず誤魔化そう。
「・・・知らないよ。僕はあの後平謝りして逃げ帰ったんだ。その人はこけて頭を打ったんじゃないのか?」
「くだらない冗談はやめなさい」
その即答、本当は一部始終を知っていて聞いているんじゃないの?この人。
「・・・僕じゃない誰かにやられた可能性だってあるだろ。」
「それはないわ。だってあの男の証言も取ってあるもの。相手は高校生くらいの男。聞いた容姿と特徴は、私が見たあなたで間違いない。さて、うそはもう結構。本当の事を話しなさい」
証言があるなら初めからそう言えよ。と思いながらも、これではもう隠しとおせないと悟った僕は、一部脚色した台本をもとに白状する。
「・・・その人がからんできたから、僕は自衛としてやり返しただけだ。たまたま気絶したから、これ幸いと逃げたんだ。このことが学校にバレたら大変だろ?」
「なるほど、自衛ね。なら、どうしてさっきの連中にはやり返さないの?」
「同じ学校の生徒だろ。やった方もやられた方も暴力沙汰になれば喧嘩両成敗になる。内申点が下がるし、家族や友達が心配する。僕はそれが困るんだよ」
「ふぅん、とりあえず納得してあげるわ。ところで、」
西澤は立ち上がると、僕に手を差し出す。
「いつまで寝ているつもりなの?さっさと起きてくれないかしら。まさか下着を覗くために寝転んでいるのかしら?いやらしいわね」
根も葉もないセクハラ嫌疑をかけられそうになり、僕は慌てて西澤の手を取って立ち上がる。
ふと体を見ると、盛岡たちの騒乱のせいで制服がかなり汚れていた。
思わずため息を吐き、汚れた服をはたいて整える。
「それにしても、平気そうね」
西澤は不思議そうな表情でそう言うと、背中についた汚れをはたいてくれる。
「僕も良くわからんが、手加減しているんだろう」
「手加減?あれが?」
「そうだよ、きっと」
彼女は唖然とした顔をしたあと、クスクスと小さく笑った。
「面白いことを言うのね、あなた。どうやってあの男を倒したのか聞きそびれたけど、まぁいいわ。さて、そろそろ行きましょうか」
そう言いながら僕の手をつかむと、つかつかと歩きはじめた。
「行く?どこに?今日、僕は南さんたちと予定があ――
「その予定はキャンセルよ」
こいつ、言葉を遮るのが好きなのか?
「何勝手なことを言ってるんだよ・・・っておい!なんで僕の携帯持ってるんだ!」
「あなたが倒れているときに落ちていたから拾っておいたの。さて、確か南さんだったわよね―――」
僕の携帯を勝手に使って電話をかけ始める。
「もしもし?あなたが南さん?今日約束の彼、急用で来れないそうよ」
短くそう言うと、ご丁寧に電源を切ってから胸ポケットにしまいやがった。
「勝手に何してくれてるんだよ!?大体これから何をするつもりだよ!というか携帯返せよ!」
「あら、私の体をまさぐるつもり?いやらしい。用が済んだら返すから黙ってついてきなさい」
僕の質問には答えず、またもやセクハラ嫌疑をかけてくる。
男の身分としては、そう言われると何もできず、人目を惹く有名美人と、それに連れられる無名陰キャの僕にざわつく生徒の視線を浴びながら学校を出た。
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しばらく歩いたのか、空も暗くなり、人通りも少なくなってきた。
今まで無言が続き、連れられる場所と目的がわからないため、不安に思っているとき、西澤は口を開いた。
「あなたにからんできたあの男、名前は大石 蓮司。この地域の有名な不良で、暴走族のリーダーよ。あの日、あなたにやられて相当恨んでいるようね」
唐突にあの男の素性を語りだす。
何で知っているんだ?というか逆恨みだろ、それ。
「大石は報復のため、自分の手下を使ってあなたを探していたようだけど、まさか進学校の生徒だとは思ってなかったようで、ずいぶん難航していたみたいよ」
いわゆるお礼参りとやらのために僕を探していたようだ。そう語る西澤の物言いに何か違和感が生まれる。
なんで僕が進学校の生徒だとわかった?
「そこで私は大石に近づいてある約束を取り付けた」
その言葉に、違和感は形を成してきた。
とてつもなく悪い予感がする。
「あることについて教えてほしいことがある。その見返りとしてあの日の相手を連れていくからと」
的中した悪い予感に愕然として、主張すべき文句の言葉を失った。
そして気がつくと、見覚えのある場所についた。
問題の騒動が起こった現場である。
普段閑静なその場所は、何故かやたらと人が集まっていて、好奇な目で僕たちを見ていた。
そんな周りを気にもしていない彼女は僕の手を放すと数歩前へと歩き始めた。
「さて、自己紹介をしましょう。私は西澤 綾嘩。自分で言うのもなんだけど、容姿端麗、品行方正の美人よ。ああ、あなたの自己紹介は不要よ。調べたから」
振り返った彼女は、自称した容姿端麗を認められるほどに綺麗で、その表情はまさに天使のような笑顔に見えた。
「初めまして、岩谷くん。私の趣味は―――」
そして、品行方正とは真逆の悪魔のような笑顔にも見えて・・・
「――喧嘩を見ること。ルール無用の壮絶な喧嘩を――」
正気とは思えない強烈な自己紹介が終わると同時に、様々な違法改造されたバイクが僕たちを取り囲み、辺りは物々しい空間となった。
まさに唖然。口を開けて何も言えないアホ面の僕に、西澤は近づいてくる。
そして、
騒音にまみれ、
人相の悪い人達に囲まれ、
バイクのライトに照らされて見える彼女は、
その場に似つかわない、
煌びやかな表情で、
「さて、岩谷くん。行きましょう」
そう言い、僕の手を取って向き直る。
その目線の先には、際立つガラの悪い、件のあの男。大石 蓮司がいた。
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