F.F.F〈フィーズ〉
藤﨑 涼
第1話 ―僕と彼女とその世界―
01 ―僕と彼女とその世界―
誰にも知らない世界があると思う。というより、知らなくていい世界があると思う。
それは大体悪いことであり、自分から飛び込むには相当の覚悟がいるものだ。
だけど、騙されたり、巻き込まれたり、連れ込まれたりと、自分の意志は関係なく踏み入れてしまうこともある。
なぜこんな話をするのかというと、普通の日常生活を送っていたと思っていたら訳もわからない間に、僕は知らなくていい、知りたくもない世界に足を踏み入れてしまったのだ。
喧騒激しい周囲の中、人相の悪い人達に囲まれて、僕の目の前に立つこの人。
「さて、岩谷くん。行きましょう」
西澤 綾嘩のせいで・・・
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“ぴぴぴ!おはようございまーす!朝ですよー!”
薄暗い朝日の中、お気に入りの目覚まし時計により目が覚めた僕は、軽くストレッチをする。
そして、家族を起こさないように、忍び足でリビングへ向かい、勧められている録画した深夜アニメを見たあと、家族の朝食とそれぞれの弁当を作る。
共働きで頑張る両親に、出勤前くらいはゆっくりとしてほしいという気遣いと、朝の弱い生意気な妹にために、早くから起きる僕の担当している家事だ。
いつもつい凝ってしまい、自分で言うのもなんだが、かなりハイクオリティなデザインの弁当なので、家族やその周りから好評の弁当である。
朝食を用意して弁当を作り終えたあと、僕は着替えてから、日課の修行を始める。
この修行は、幼少の頃に僕が悩んで落ち込んでいたときに、近所の公園で出会った高校生のお姉さんが、僕の悩みを聞いて解決するべく考案してくれた特別な修行で、僕はそのお姉さんを『姉ちゃん先生』と呼び慕い、就職のためお別れとなった姉ちゃん先生の指導を今でも欠かさずに続けている。
太陽もずいぶん昇り、修行の締めである走り込みを済ませて家に戻ると、家族は起きており、リビングで用意していた朝食を食べており、家族へ朝の挨拶をすまして、シャワーで汗を流したあと、それぞれの弁当を用意する。
「あら、今日もかわいいお弁当ね」
「おお、ありがとう。いつも悪いな」
「またキャラ弁?さすが陰キャだわ~」
両親の感謝の言葉に照れつつ、妹の陰キャいじりに腹を立てつつも、嬉しそうに弁当を鞄にしまう妹の姿を見て、かわいい奴だなと思いながら、身なりを整えて家を出る。
高校2年生になって早一か月、つまり一年間と一か月ほど高校生をしているのだけど、妹の評した通り、僕はどうやら陰キャのようで、恋人ができるような展開はまだ訪れていない。というか、いたこともない。
ただ、僕にはオタク趣味を理解してくれる大切な友人がいるので、強がりじゃないけど、いなくて困ることなんてない。それに、通っている学校は進学校として有名なので勉強がかなり難しく、学生の本分としてやりがいがあるし、恋にうつつを抜かしている場合じゃないのだ。と、言い訳もある。
そんな青春の学校生活だが、僕の学校生活には悪い面もある。
納得はできないけど、ある意味で自分が蒔いた種ともいえるそれは、進学校で起こるものとは思えないことで、毎回あるわけではなく、突発的に起こるため、回避することができないのだ。
ただ、僕としては許容範囲の出来事なので、特に気にはしていないけど。
現状の学校生活を反芻しながら、思考は結論に辿り着き、丁度学校にも着いたそのとき。
「おはよう!岩谷、今期のアニメ見たか!!」
「おはようです!岩谷くん、今期と言えばすごいもですよ!」
「おはよう、モッチ、南さん」
学校に着くや早々に友達と群れる。順に説明すると、
モッチこと、桃田 知恵。元気を絵に描いたような快活なボーイッシュ女子。
僕とは違いとても社交的で、クラス委員を務めるかたわら、私設漫画部の部長も兼任する、中学時代からの親友だ。ちなみに僕と南さんもこの漫画部の部員であるが、部活設立要項人数が足りないため非正規なのである。
南 春子。ぽっちゃり気味を気にしている、眼鏡をかけた少し内気な女子友達。
クラスでは大人しいけど、漫画やアニメ語りとなると生き生きとする生粋の二次元愛好家。僕たちの中では断トツに知識があるため、重宝している生きた漫画辞典である。
好きなジャンルはラブコメで、今旬のスーパー×シスター、別名すごいものファン。ちなみに僕もすごいものファンで、内気な彼女と僕が仲良くなれた要因はたぶん、すごいものおかげ。
挨拶もそこそこに、僕たちはクラス前の廊下にてアニメ話で大盛り上がり。まさにこれからってところで、予鈴が鳴りだした。
水を差された僕たちは、放課後に懇意にしているカフェでとことん話そうと約束を交わして、モッチは別のクラスへ、同じクラスの南さんは自分の席へ戻っていく。
今日のアニメ語りを楽しみにしながら、僕も自分の席に座り、先生の到着と同時にいつもの日常が始まる。
と言っても、普段の学校での出来事とは特に何もないもので、教師の難しい話を淡々と聞き、それを黙々と覚え、モッチと南さんの僕ネタ漫才を見ながら昼食をとり、午後の授業も同じ過程で終わらせると、学業は余すところ校内清掃のみとなる。
僕は持ち場所の掃除を済ませると、ゴミ袋を片手に焼却炉へ向かった。
「思ったより時間がかかったな・・・」
順番待ちのゴミ焼却作業を終えて、南さんの待つ教室へ急いで戻るその途中、四人の男女が僕に立ちふさがる。ああ、学園生活の悪い面がやってきた。
「岩谷、ちょっと来い」
僕を呼び止める派手な身なりの女子、盛岡 京子と、その後ろに控えた名前も知らぬ男子三名。
悪い面、それは僕がいじめのターゲットになっているという事だ。
南さんに約束に少し遅れることを携帯で伝えると、僕は彼女らに連れて行かれた―
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肩を殴られ、足を蹴られ、お腹を踏まれ、etc.
校舎裏の人目につかない場所で、進学校とは思えない暴力三昧。
無抵抗の僕が面白いのか、彼女たちの暴力は日に日に過激になっていく。
ならやり返せばいいじゃないかと思うかもしれないけど、僕には抵抗する気はないし、上手くことを治める自信もない。傍から見たら情けない話だと思うけど。
何が原因でこうなったのか、一応考えられるものと言えば、それは一年生の時に盛岡によって、南さんがいじめられていたところを、僕とモッチが仲裁したからだろう。
その時、教師も巻き込んだ大きな事件となり、人気者のモッチが保護することによって、彼女が狙われることはなくなった。
だが、盛岡は恨みをぶつける相手として、友達が少ない陰キャの僕に目をつけたようで、その日から僕が相手をするようになったのだ。心配させたくないので二人には隠していることだけど。
ちなみに僕がこのいじめに堪えられている理由だけど、家族や友達に心配をかけたくないからというのもあるけど、一見すると苛烈なこのいじめに違和感があるからだ。
非力な盛岡はさておき、僕のいじめから参入してきた取り巻き男子たちも、その暴力に慣れを感じない。というか、いじめそのものに慣れを感じない。
これは良心に何か思うところがあるのだろうか?
意味のない考察をしていると、盛岡一派による、狂乱の嵐は静まった。
「ぼちぼち帰るよ」
「どっか行くっスか?」
「何か食いに行きませんか?盛岡さん」
「俺、ハンバーガー!」
盛岡たちのアホみたいな会話に安心する。
良かった、今日はアニメ語りがあるから早く行きたかったんだ。
と思ったけど、少々疲れた体を休めるためにも、しばらく倒れたままでいよう。
去りゆく盛岡たちを流し見、そして目を閉じた―――
すると、タイミングを見計らったかのように、足音が僕へ近づいてくる。
「ずいぶんと派手にやられたわね。どうして抵抗しないの?」
誰だ?と思い目を開けると、見下ろすように、女子が立っていた。
夕日の逆光のせいか、少し顔が見えにくく目を細めてその女子を確認する。
ぼんやりと見えた輪郭、そして徐々に見えてきた。
その顔立ちの整った顔は、学校ですれ違うくらいしか会わないはずの、高嶺の花と称される有名人、
西澤 綾嘩だった。
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