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——そしてその後すぐに退院すると、陽菜乃は斗真を連れて明日のために店を回った。
以前陽菜乃が渡した異次元リュックよりも高性能な収納袋や、回復ポーション、野営のためのテントに携帯食、その他もろもろの必需品を買い足していく。
そのどれもがお高いものばかりで、たかだF級ダンジョンを攻略しに行くにはハイスペックな品物だらけだった。
それこそ、ハンターとなって二か月しか経っていない斗真にとって、雲の上の存在だった日向陽菜乃の助力を得て、加えてレア度の高いアイテムや装備まで提供してくれるというこの状況。
唖然としない方がおかしい。
「あの……日向さん」
「何かしら」
都市部でかなり有名なアクセサリーショップ。
能力値を上げるだけでなく、スキルまで付与するという超レアアイテムを、まるでバーゲンセールさながらにポイポイと、支払っては斗真の異次元収納に入れて行くという行為を、斗真は目を点にして見つめていた。
一点うん十万円――何ならうん千万円する商品をコンビニ感覚で購入するあたり、やはりS級ハンターは金銭感覚も化け物だと。
そしてそんな陽菜乃を、買い物の邪魔をしないようニコニコと見つめる店員もまた、こういった状況に慣れているのだろうなあ、と斗真は察した。
「……別にそこまでして頂かなくても、ダンジョンで頂いた『竜』の装備だけで充分だと思います――」
「いいえダメよ。あなたの妹さんに頼まれたんだもの。準備はしすぎても損にはならないわ」
「無駄な消費はもはや損失だと思いますけど」
この店にある商品を全て買い尽くす勢いで、次々と収納袋へと放り込んでいく陽菜乃。
そして固まった場所に置かれている物は、ガサッと中へ流し込んでいる。
見た目はもはや強盗だった。
「私にとってはむしろ投資、いえ課金しているの。任された後進育成を疎かにするなんて絶対に許されないわ。S級ハンターとしての称号が廃れてしまうもの」
すっかりホクホク顔の店員に感謝を言って、二人は店を出るとそのまま姿を蜃気楼のように消してしまった。周囲には一瞬で移動したように見えたかもしれないが、二人は今ビルの中を移動している最中である。
「でも、さすがにこれは――」
異次元収納の中身がほぼ満帆。
買いすぎだという斗真の意識は当然だが、それはくまで一般的な感覚だ。
陽菜乃はため息をつくと、立ちどまって振り返る。
「私のことはいいの――晴美さんの気持ちを無視しないであげて」
「…………」
斗真は黙って、陽菜乃のその瞳から視線を逸らした。
「それに、私がしたくてしてるだけし」
再び通路を歩きだす陽菜乃。
その背中を、斗真は慌てて追いかけた。
人の間をスルリスルリと縫うように移動する彼女に、斗真は時折人とぶつかって、通行人に謝りながら進んだ。その通行人は不思議そうに周囲を見渡すのである。
「死んでほしくないのは、私も同じだから」
「……」
少しだけ暗い印象を見受けられ、斗真は。
「ありがとうって言ってくれたらすごく嬉しいわ」
察して、先に陽菜乃がそう言った。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
陽菜乃の動きを見て真似て。
その動きは拙いながらも、人とぶつかることは無くなっていった。
そんな斗真を、陽菜乃は微笑んで観察していた。
「あなたにも謝らないといけないことがあるの」
「え」
突然の告白に、斗真は小さく呟いた。
「あなたは憶えていないかもしれないけれど、私はあなたを助けようとしなかった」
懺悔するような、後悔するような開口だった。
「怖かったの。あなたを失うよりも、自分が」
その背中は。
ひどく寂しそうに見えた。
「でも、あなたは見事に乗り切った。最低ランクのハンターが、装備を『覚醒』までさせて――私でも出来なかったことを、あなたは出来た……」
複雑すぎる葛藤。
S級ハンターでも、そんな人間味のある感情や思考を抱く。
「日向さん――」
「でもいいの。今じゃなんかすっきりしてるし」
「え?」
その言葉に呆然とした。
「後進育成の許可が出たのだから、これから私物化ダンジョンで調整に入るわよ。ダンジョン攻略から帰ってきた後もビシバシ鍛えてあげるから覚悟してね?」
「え、あ、っと」
嫌な予感がして、斗真はその場をそっと離脱しようとしたところ。
目の前から陽菜乃が消えて、背後からガシッと羽交い絞めにされた。
振り返ると、その目が凄まじくニコニコしていた。
冷汗がドッと出る。
「大丈夫よ。前回のように危ない橋は渡らないわ。少し追い込みをかけることはあると思うけど、仕方ないわよね。強くなるためには、甘えは捨てないといけないの」
「あ、あは……あははは……」
乾いた笑みを浮かべた。
対照的に、陽菜乃はルンルン気分で斗真をお姫様抱っこしている。
これからのことを思うと、ひどく頭痛がした。
——そんな斗真を。
『竜』は嗤っていた。
そんなこんなで連れて来られた、私物化ダンジョン。
前回と同じく、様々な属性のスライムが存在するダンジョンであるが、それはあくまで入り口から浅い場所であるためだ。奥のダンジョンコアへ進むにつれて、スライムの形態からサイズまで、更なる進化が進んだスライムが存在する。
「……どうしてこのダンジョンを私物化したんですか?」
入り口付近を超えて、その先への道のりを進んでいた時に不意に思い浮かんだ疑問。
スライムしか出ないF級ダンジョンなんて、S級の彼女には必要ないはずなのに。
「んー……あの時はちょっと癒しが欲しかったのよね」
「……癒しですか?」
S級でも癒しなんて求めるんだ、と、斗真は彼女の意外性に驚きを隠せない。
「何?私がモンスターを殺すことしか興味のない戦闘狂だと言いたいのかしら?」
ズイッと眼前に接近されてじと目で見られて、斗真はあたふたしながら答えた。
「えと、僕も癒し系動画で猫とかよく見たりするので、誰にでもそうした癒しはあると思いますッ」
癒しは戦うことだ、と陽菜乃をそう思っていた斗真には不意打ちだった。
然り、記事のインタビューでも、強い人が好きと言っており、その相手は誰なのかという問いに、強力なモンスター、と恍惚な笑みを浮かべていたので、てっきりそうだと。
スライム同士が戦う時も、ポヨポヨした動きに、時には身体をぶつけ合って跳ね返っている様子は確かに癒しだ。
気迫に押されて、斗真はそう口にしていた。
にこりと笑う陽菜乃。
斗真もにこりと苦笑い。
「まあそれはともかくとして」
さも冗談と言わんばかりの言い方に、斗真は殊更乾いた笑みを浮かべたが、その次なる言葉に身を引き締めることとなる。
『世界』をやり直す少年が最強に至るまで カケル @jhyfgvhjbk
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