26

『あはっ♪すっごく怒ってる♪かわいい♪』


「ごふっ」


虫を払うような動きで斗真の肩を軽く叩く『少女』

それだけで、斗真は家の壁を突き破って、半壊した隣家を突っ切って、何棟も破壊したのちに止まった。

全身の骨が砕けて、内臓も破裂し、いつ死んでもおかしくない致命傷を負っている。痣も全身に作って、皮膚も裂いて血を大量に流し、飛び出た骨も多数、手足の向きもおかしい。

ひゅ……ひゅ……と、まともな呼吸もできない。


『あ、一発で終わっちゃった?脆いね』


『少女』が目の前にいた。

あどけない、けれど恐ろしい笑みを浮かべてニコニコと。


『ふふっ、それじゃあ君を視させてもらおうかな』


と、晴美の手で、斗真から人差し指で血を拭って、それをぺろりと舐めた。少女とは思えない、豊艶な雰囲気だった。


『……うん、やっぱり——君、弱いね』


と、へらへら笑って斗真を見下ろした。

斗真から読み取ったデータ。

これまでの記憶、出来事、能力、何もかもすべて。

それらを咀嚼して味わうように、『少女』は深く息を吸った。


『まあでも、君の適応力は確かに素晴らしいものがあるね。いや、もはや進化というべきかな。あれだけの死を経験して、あれほどの残虐非道を浴びせられて、最後はそのすべてを抹消するという――君はつくづく面白い人間だねえ』


クスリと笑って。


『それなら私も、貴方を見過ごさないといけないわけか。もう、確かに期待しちゃってもおかしくないじゃない』


「……何を、言って」


死に直面してなお、その瞳には強い眼差しが宿っていた。

『あの時々』とは違う、真っ直ぐに見つめる強い視線。


『でも、まだ覚悟がない。もう少しこの流れを繰り返すかもね』


と、『少女』は斗真から視線を逸らして、小さくため息を漏らす。


「ってことは、またあいつとやらなきゃいけないわけ?面倒だなあ。でも『死』は幾つあってもいいよね?死屍竜ちゃんの為にもなるし」


独り言を話す『彼女』を、斗真はうっすらとした意識の中で聞いていた。何を言っているのかさっぱりだったが、これから誰かが来るということに期待する一方で、来て欲しくないという気持ちがあった。

これ以上――誰かの死を見たくない。


『そでも、まだ死んじゃダメ♪』


と、今度は『少女』が自身の血を斗真にやった。

全快とまでいかないが、軽傷までは治った。

急激な治療に痛みを伴ったが、それでも死ぬよりはマシ——。


「貴様アアアアあああッ!」


『春の兆し』を、らしくもなく荒々しく振り下ろして、『少女』の頭を狙った女性ハンター。

鬼気とした顔で殺意を迸らせる彼女に、斗真はビクリと震えた。


『品性の欠片もない、ただの猿のくせに』


「ぐっ……ッ!」


巨大な龍が横から彼女に襲い掛かり、彼女を別の住宅へと吹き飛ばす。

スッと『彼女』の陰から現れた二足歩行の燕尾服を着た羊が、頭の角を帯電させて極大の雷撃を重ねて放った。

轟音が鳴り響き、一瞬にして彼女ごと家をぶっ壊した羊。

崩れ落ちる音と、残響する雷鳴が二重奏を演奏する中で。

『彼女』は鼻歌を歌っていた。


『まだ終わりじゃないでしょ?早く出てきてよ~♪』


と、舞い上がる塵埃を突き破って、血眼になった彼女が叫びながら『彼女』に接近した。


「ダメだっ」


身体を押さえていた斗真が声を上げるも。

彼女は止まらずに、『春の兆し』を一閃。

羊と龍ごと、『彼女』を横一文字に切り裂いていた。


『ふふっ、それはもう——識っているの』


ジジジッ、と。

映し出された3D映像が乱れるようにして、『彼女』たちの姿が消える。

その影。

ズルズルと現れては、『彼女』は大口を開けて。

無数の鼠モンスターを放出した。

大群の比ではない。

筋肉の膨れ上がった子犬くらいの鼠が、異次元から現れるようにして大量に雪崩れてくる様はまさに津波。

隙間なくギチギチに身を寄せ合って壁として向かってくる。

瞬く間に呑み込まれた彼女。

すぐに見えなくなる。


「……そんな」


彼女が呑み込まれた場所を中心に山となって盛り上がる鼠の群れから、斗真は視線を逸らした。


『…………どこ?』


裏腹に、キョロキョロと身体中の目玉を右往左往させる『少女』。

動きとしてはかなり気味が悪い。

手足も探るように宙をさまよわせているのも余計に。

と。

唐突に。

『彼女』の首が飛んだ。


『あ……』


感慨深く。

『彼女』は小さく呟いて。


『やはりいいわねえ——『インヴィジヴル』』


と次には。

その頭が二閃、三閃——と。

焦りを見せるような急激な勢いで切り刻まれて——。


斗真がハッとした時。

『彼女』が周囲に探りを入れているシーンに戻っていた。

その斗真の様子をついでに観察していた『彼女』がフッと笑って。


『……君には驚かされてばかりだよ。まさか——『私』に干渉もできるなんてね』


ズドドドッと。

『彼女』のすぐ近くに巨大な植物の蔓が地面から飛び出してきて、『彼女』を覆ってしまった。

だがそれを気にすることなく、見えない斬撃がそれらを『彼女』ごと切り裂いていく。

崩れ落ちた蔓の球体。

しかし、中には小さな兎のモンスターがひょこっと居ただけ。

その表情は邪悪にもにやにやと笑っていた。

不意に気づいた彼女。

咄嗟に回避して、その場から離れるも遅く。

兎が口を開けた中から牛頭が現れ出て、その鋭い角で彼女の片腕を引き千切っていった。

宙に血が舞うのが見える。彼女は見えないまま。

しかし、地面に降り立った牛モンスターの角には、人間らしき腕の残骸が突き刺さっているのが解る。

見えない処から血が滴り落ちるのを牛モンスターは確認して、人差し指をそちらに向けると、鼠の大群が一斉にそちらへ向かった。

血の流れが止まったと同時に、そこへ押し寄せる鼠。

それ以上の流血は見られなかった。


『しぶといなあ。でも、それくらいはしてもらわないとハンターじゃないもんね♪』


赤い閃光から被害を免れた無傷の家の上。

ぬるりと現れた『彼女』が、宙を蹴った。

何もないところを無造作に。

衝撃もなく、スカッと宙を切る『彼女』の脚。

しかし、別の場所の住宅が豪快に吹き飛ばされてその一帯を破壊していった。


『あははっ、ヒットおおお~♪』


と、楽しそうにへらへらと笑う『彼女』を。

一帯を破壊したその土煙の中から、『春の兆し』をダランと下げて歩んでくる女性が睨んでいた。

無くなった片腕の傷口を、紐のような何かで強引に縛って止血している。

地面に降り立った『彼女』は、そんな彼女を馬鹿にするように笑って。


『あれれ?『インヴィジヴル』が解けちゃった?それじゃあつまんないよお~。もっと遊んでくれないと『おもちゃ』になれないよ?』


「ッ」


と、足に巻き付く何かに反応した女性ハンター。

いつのまにか地面から、三重くらいに巻き付いた蛇が頭をこちらに向けて舌をベロベロと出していたのだ。

そして、『彼女』のその脚部から延びる蛇の身体が、地面から弓なりにせり上がり。


「ッ!」


グインと持ち上げられて、振り回された。

カウボーイの投げ縄の如く上空で回転させられたのちに、周囲の建物へと向けられた。

なぎ倒し、ぶち当てられ、突き抜けて、破壊して——住宅地を抜けた。

森林の木々や土壌を抉り飛ばして、彼女を天高く宙に舞い上げると。

そのまま弧を描くように地面へと叩きつけたのだった。

巨大な地響きと崩壊をもたらして、住宅地の地面もろとも爆裂させた。


『これこそ戦場、これこそ至高なる嗜好♪』


力なく横たわる彼女。

辛うじて息をしているだけで、その身体はピクリとも動いていない。

そんな彼女を。

足に巻き付いた蛇が巨大化して、その脚からゆっくりと呑み込んでいった。

逃げることも叫ぶこともできずに、彼女は朦朧とした意識の中で。

自身が食われていくのをただ黙って為されるがままに——。

蛇は頭を高く上げると。

ゴクンッと。

喉から身体にかけて、そのふくらみを移動させていき、ある場所に留めてしまった。


「あ……あ」


衝撃で吹き飛ばされ、それでも何とか生きていた斗真。

膝から崩れ落ち呆然として。

瓦礫の陰から、ただ呑み込まれていく彼女を、小さく呻きながら眺めることしかできなかった。


「日向……ハンター」


気高く、凛とした、日本最強のハンターが。

こんなにも呆気なく。

一方的に。


『さあ蛇ちゃん、さっさと消化してアレをペッしてね♪』


そう言われた巨大蛇。

その膨らみをみるみる小さくさせていき、そうして急に現れたお腹の不快感を取り除こうと、蛇は腹からドバッと塊を吐き出した。


『あらあ~、これじゃあ探すのが面倒じゃない』


めッと人差し指を立てて叱る『彼女』に、蛇がシュンと項垂れた。


『まあいっか。すぐ見つかるし』


その人差し指をタクトのように振るうと、その塊が崩れ落ちていき、中から一つの鎧と短剣が姿を現した。


『死屍竜ちゃ~ん、お・ま・た・せ♡ それにしても、何故貴女のような高貴な存在が、こんなあられもない姿になっちゃったのよ——油断でもしたの?……まあそうよねえ、アイツの『インヴィジヴル』は相当厄介だものね、災難だったね~』


と、引き寄せた装備と、何やら『会話』をしていた。

雰囲気が明るいというか、談笑しているその様子。

唐突に、『少女』が斗真に振り向いた。


『そんな死屍竜ちゃんに朗報よ。ジャジャーンッ!貴女の一番のお気に入りの『おもちゃ』が、あそこにいるわよ』


『少女』がその装備を斗真に向けた途端。

彼はゾッとするような感覚に襲われた。

膨大な、莫大な、甚大な、強大な、巨大な——。

死、の概念。

死そのものが。

斗真を値踏みするように覗き込んでいたからだ。

そして確定した、圧倒的な狂気に渦巻いた歓喜の感情に。

斗真は気絶しそうになった。


「『リトラッ……』!?」


即効性のある『ワード』を口にしようとして、小さな蛇がいつの間にか斗真に迫ってその口を塞いでいた。


『存分に味わえるわよ。人一人が抱える感情のその限度を遥かに超える、死のエネルギーが、ね』


にやりと笑う『少女』、ではなく。

裂け目を作って、その間から覗かせる瞳が。

愉しそうに笑っていた。


『今度はもっと深く繋がらないとね。あの時は、時間が無かったからこの子に干渉したけど、今回は時間があるからゆっくりじっとり繋がってあげてね♪』


『竜』がギロリと、こちらに視線を向けて来て。

斗真は喉の奥から悲鳴を上げた。

と、その時には既に。

短剣が斗真の心臓部に突き刺さっていた。


「んっ!?」


痛みはない。

けれど、その短剣が何かを注ぎ込んでくる。

液体のようなドロドロとした何か。

心臓に入り込み、それが全身へと送り込まれていく。


「んん、んんん~ッ!」


引き抜こうにも引き抜けなかった。

身体に根を張ったように、絡みつくように引っこ抜けない。

身体を侵食する何か——死の、何か。

身体を乗っ取られる、寄生される不快感と絶望感。

気持ち悪くて仕方のない感覚に、得体の知れない恐怖に駆られた。

五臓六腑だけでなく血管の隅々まで、脳髄にまで達したその流れに。

斗真は絶叫を上げた。


『終わったね。それじゃあ~』


斗真に近づいて、地面にへたり込む彼のその頭を掴んで。


『『アップロード』♪』


ドクンッと。

心臓が跳ねた。

これまでの何かに干渉される感覚。

自分の中の何かに、新たに上澄みされる違和感に。

グルグルと回るような頭痛。

そして、その中に住み着かれた、死の存在を認識して。

斗真の瞳から色が完全に消えた。


『じゃ行ってらっしゃい、頑張ってね~♪』


『死屍竜の牙』と『鎧』は、その場には残っていなかった。

斗真は『アイテムボックス』持っていない。

つまり厳密に言うと。

その身体の中——。


「…………『ロード』」


と。

斗真はその『ワード』を口にしていた。

目の前の『メアリー』は楽しそうにひらひらと手を振って。

その周りには十二体のモンスターが斗真を眺めていた。


『世界』が終わり。

『世界』が構築される。


——ハッとした斗真。

これから押そうとしている『おもちゃ箱』へのレイド参加の文字。

訳も分からず、その場で気絶した。


その後も何度繰り返した『世界』。

晴美は死に、街は崩壊して、日向陽菜乃も息絶えた。

幾度も幾度も繰り返しても、結局辿り着くのは破滅と絶望。


——何度も貴方の大切なものが無くなるからね。


その言葉を思い出して。

啼いた。

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