25
翌日——行先は、実家。
とは言え、今は使われていない廃屋と成り果てている。
当時のままに放置されて整備も何も為されていない町がそのままに在るだけ。草木が生い茂り、道路にまで伸びてきた雑草が大変だった。住むにも問題があるだろう。そもそも、電気も水道も通っておらず、ほとんどの住人が都市部へと移住したために、この町も例外なく廃屋が全域にわたって放置されている。
そんな街の入り口に。
晴美を背負った斗真の、その二人がひょっこり現れた。
斗真の両手には大きなカバンが一つずつ。晴美は斗真の身体におんぶ紐で固定されている。
「着いた」
そして自分たちの家だった建物の前。
外観はボロボロで、見るからに廃屋と判断してもおかしくない様相をしているが、入ってみると内は案外清掃されていて綺麗だった。寮暮らしが落ち着いてから定期的にやってきては掃除を行っていた。
この前までは施設の知り合いのハンターと同行して、その日にはとんぼ返りしていたが、今はこうして斗真が馬代わりに晴美を背負って来ていた。
ついこの間清掃したばかりでほとんど汚れていない。
リビングの小さなソファに二人して座った。
壊れた大型の家具は外の庭に放置している。思い出のある物とはいえ、使用できないのをいつまでも置いておくことができないと、晴美が断捨離してしまったのだ。
「少し休憩したら、お昼ご飯を作るね」
そう言って、ソファの上で伸びをする晴美を。
斗真は伺うようにして問いかけた。
「……何も訊かないんだね」
ここへ来た理由。
この家へ『避難』しようと提案したのは斗真だ。普通なら理由のを投げかけてもおかしくないが、晴美は一度としてその疑問を口にはしなかった。
「だって、何も言わずに、って言ったじゃない?」
「言ったけどまさか本当に道中でも何も訊かないなんて思わなくて」
「——兄さん、もしかして解ってない?」
「……何が?」
そう問う斗真に、晴美はプッと笑った。
「だって兄さんの勘って、昔からすごかったんだもん。私が迷子になったときとか、怪我をしそうになった時は、いつも兄さんが前もって教えてくれてたし、あの日のことも兄さんが、戸締りして家にいた方がいい、なんて言葉をみんな無視しちゃったから――」
――あんなこと。
と呟く。
「関係ないよ。モンスターの力ならこの家の壁や窓なんて簡単に壊れちゃうんだから」
「それでも、やってきたアイツらに対抗するための時間は稼げたし、もしかしたらパパとママも死なずに済んだかも――」
「晴美」
と、斗真は晴美を抱きしめた。
「うん……」
と、斗真の胸に顔を埋めた。
泣いているわけではない。涙なんて当に枯れ果てた。
いつまでもくよくよしているわけにもいかず、ただ前進するほかない。
「乗り越えたはずなんだけどなあ」
ここへ来ると、こみ上げて来る様々な記憶と感情。
それは晴美に限ったことではなく、斗真だって同じだ。
感じる空気や印象、思い出や想いが込められた大切な場所だ。
何も感じないなんてことは決してない。
「……少し寝る?」
と、二階の両親の寝室の位置を指さして。
晴美に小さく腹を小突かれていた。
「嫌よ。兄さんと一緒だなんて、私はもう十二よ?子ども扱いしないで」
「小学生六年生はまだ子供の範疇だと思うけど」
そう言って、今度は力強く腹を殴られていた。
ここに両親がいれば、二人とも笑って斗真をいじっていただろう。
女心を解ってないとか、晴美がお姉ちゃんだなとか――。
そんな家族の会話が聞こえてきそうなほどに、その場に漂う空気は柔らかかった。
「さて、それじゃあご飯でも炊こうかなあ」
と、キッチンに向かって。
コンセントが差し込まれていない炊飯器のスイッチを入れた。
電機や水が通っていない――確かにそうだが、今この時代を忘れてはいけない。
モンスターが蔓延ったこの世の中で流通する魔石。
その中に蓄積されたエネルギーは、モノによっては拳大で普通の電化製品全てを動かすことができる。
豆粒ほどで電化製品を一つ動かせる程度。
施設から支給してもらった、魔石で動く家電。
水属性の魔石が込められた小さなタンクが備え付けられ、スイッチを押せば水が出るシンクだ。
しっかりと密封して保存していた米をカバンから取り出して研ぎ、炊飯器にセットして電源を入れた。時間待ちが要らないのも優れものだ。
そして熱コンロ。
こちらは据え置きではなく携帯式のものだ。ガスではなく、スイッチを押せば簡単に火が付く仕組み。その上にフライパンを置いて火を通し、その間に持ってきた食材を包丁で刻む。
ほどなくして、簡単なみそ汁と卵焼き、そしてご飯を完成させて持って行った。
二人は手を合わせて。
頂きます、と声を揃えて食べ始める。
——そうして過ぎた、一週間。
簡易トイレとお風呂が、寮のものと少々グレードダウンしており、爽快感には欠けたが暮らすには問題なく、斗真が森の中で採ってきた山菜やキノコ類も使用して、ある程度の自給自足をしながら時を過ごした。
そして時間となる。
時刻は十時前。
『おもちゃ箱』のレイドが始まる数分前だった。
緊張した面持ちで、腕輪端末の時間を凝視する斗真に、晴美はその隣で同じく胸を高鳴らせながらその様子を見守っていた。
斗真の腰に下げられた短剣と、体につけられた防具。
これから何かが起きる――その斗真の予感と。
これから何かが起こるのだろう――その晴美の不安。
二人の落ち着かない息遣いだけが聞こえた。
そして。
十時を指した。
「……」「……」
握り合った二人の手。
互いに無意識に力を込めていた。
「……」「……」
ニュースを発信する画面も開いており、何が起こってもいいように荷物もまとめてある。
十時を回って数分、そして十数分――と。
ニュースにも何も載らないことに安堵しつつ、斗真はソファにもたれた。
「はあ~~……よかったああ」
何がよかったのかは本人もあずかり知らぬこと。それでも、不安な気持ちが消え去ったことに変わりなく、杞憂だったと胸を撫で下ろす。
それには晴美も、真似するように安堵してソファにもたれた。
「ふう…………ほんと、兄さんはいつも心配しすぎなのよ」
と、朗らかに笑う晴美に、斗真も同じように笑った。
ただの勘違いだった。
胸騒ぎというか、推測というか予感というか、嫌な感じがするのは誰でも同じ。
「何もなくてよかったって、素直に言えないの?」
と、ニヤッと笑って晴美を覗き込む斗真。
若干不安そうな雰囲気が張り付いているのが解る。
「解っていたからに決まってるじゃない。何も起こらないって」
「でもさっき、僕の手を力強く握って——」
「ないないっ、何も起こらなかったらただじゃおかないっていう警告よ」
「一週間前の泣き出しそうな顔を撮っておけばよかった——げふうッ!」
左のあばらを思い切り肘打ちされて、斗真は変な声を上げた。
押さえる彼を、晴美は冷ややかな目線でソファを立つ。
「帰る準備するから手伝って」
鼻を鳴らして別の部屋へと移動しようとする彼女を。
斗真も鼻で笑って、ソファを立ち上がろうとした。
——み~つ~けた。
と。
そんな声が聞こえた気がした。
「え?」
正面の大窓を見て、外の景色を確認しようとして——。
その目の前を。
家を覆うほどの赤い閃光が走り抜けた。
時間にして二秒ほど。
たったそれだけで。
家が、いや、町が。
一瞬にして焼け野原になったのは。
「…………」
何が起こったのかを理解できずに、外とを遮っていた壁がなくなり、家が無くなり、町が無くなり、広々とした光景が目の前に広がっていた。
「…………晴美ッ!」
と、思い出して叫んで、その閃光が直撃した隣の部屋へと、斗真は急いで駆け付ける。
『あ、やっほ~』
が、ほぼ全壊した部屋にいたのは。
晴美ではなく、非常に醜い姿をした幼い『少女』だった。
無数の手足と眼。
まるで蜘蛛のようなシルエットで、アラクネのような様相。
かわいい、ではなく醜い。ただそれに尽きる。
『君か~、その身体から流れる私の力——しかも、かなり濃い死の匂いがこびり付いているというか……君は一体何度目の『君』なのかな?』
朗らかに笑う『彼女』だが。
斗真の向かう目線は『彼女』を捉えておらず。
その無数の手の一つにあった、小学六年生くらいの細々とした女の子らしい手に釘付けだった。
そんな斗真を観察して、『少女』はその『腕』をプラプラと動かしている。
『なんかそこに転がっててね。かわいい手だったから、せっかくだしこの腕と交換しようかなって』
と、『少女』はおもむろに自身の腕の一部を引き千切って、血を撒き散らしもせずに、その付け根に細々とした腕を取り付けていた。くちゅっと肉を潰すような音を鳴らして綺麗に接合されていく。
『うん、かわいい♪』
グッパッと開く、晴美だった腕。
斗真は目を見開いて体を震わせながら、その顔を歪ませていった。
『ん?ああ、君の妹だったの。うん、この家も壊しちゃってごめんね?全く知らなかったよ。それに両親が、まさか私の犬に殺されちゃってただなんて、もっとごめんね?』
無言で飛び出していた。
勝算とか算段と段取りとか、そんなものは一切なくただ思うがままに短剣を抜いていた。
狙うは腕。
取り返す。
妹を、家族を。
誰にも渡さない。
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