24
「ああああああああッ!」
叫ぶ斗真。
暴れる、暴れて。
しかし無力にも何もできずに、斗真は這いつくばるだけ。
晴美のそれをポイと捨てて、肉が床を打つ音が明瞭に響いた。
それを拒絶するように叫ぶ斗真に、『少女』はじいっと観察するように首をかしげながら近づいていく。
『……どうして人間から、私と似た力を感じるんだろう?』
屈んで、斗真の髪を引っ張って、その暗い瞳を覗き込む。
『【家】から出るつもりなんてなかったのに、変な感じがして来てみれば――』
斗真の瞳よりもなお暗い、ゾッとするほどに真っ黒な色を輝かせて、斗真を覗き込む。
『もしかして君――何回目?』
そう問いかけられて。
斗真は何故か焦りを感じた。
言われている意味が全く解らない。
けれど、答えてしまえば何かが終わると、そう確信じみた直感を得た。
『でも、それだとおかしいね――なんで記憶がないんだろう?弱いし、馬鹿だし、気も弱い』
グリグリと髪をねじって顔全体を確認する『少女』。
斗真は『少女』から視線を背けて目を合わせないようにしていた。
『でも……ワカってそうな感じだね?』
「……ッ」
じろりと睨みつけられて、斗真は心臓を握り潰されそうな感覚に陥った。
今すぐにでもこの場から逃げ出したい衝動。
不意に頭を過ぎった、『ワード』を。
唱えるように口にした。
「『アップロード』」
「――あはっ、そういうこと♪」
『少女』が笑う。
楽しそうに、愉快そうに。
『それならそうと早く言ってくれれば良かったのに♪』
と。
掴んでいた斗真の髪を手放して、両手を後ろに組んだ。
唐突に『少女』からの殺意と覇気が消えるのを、斗真は虚ろな目で見た。
『そっかあ~、それなら過去の私の意見を尊重しないとねえ♪』
そう言って、『少女』はくるりくるりとステップを踏んで踊り始めた。陽気な笑みを浮かべて、その容姿に違わず可愛らしい雰囲気を振りまいて。
斗真を押さえる猿モンスターが、『少女』からの視線を受け取って、斗真から離れた――そして、凄まじい気配のした入り口へと向かって姿をくらます。
『何で《過去の私》が【アップロード】しなかったのは解らないけれど……ふふっ、それなら私も、今回は貴方を見逃してあげないとね♪』
メロディーを奏でるように、『少女』は斗真に向けて言葉を預けた。
疑心的で、狂気に塗れた印象はなく――ただ、年相応の楽しそうな少女のような雰囲気を。
『でもお、その前に水を差す邪魔者を消さないとね♪』
と『少女』は。
入り口から猛然とやってくる一人のハンターに振り返り、尋常ではない殺気を放った。
『お前、死ね』
『春の兆し』を振り上げて突進する彼女に、『少女』は機嫌悪く宣言した。
勝負は一瞬――とは言わずに。
『春の兆し』が、『少女』の頭部を切り裂いた。
と、同時に。
その数瞬前へと時間がさかのぼり。
「え」
斗真は目を疑う。
『春の兆し』を振り上げる彼女と、殺気を放つ『少女』のシーン。
先ほど目にした光景が、そこにはあった。
その剣が、『少女』の頭を切り裂こうとした次には。
彼女は腹部を蹴られて後ろへと吹き飛んでいた。
『あらら。油断しちゃったわね――その剣、魔剣じゃないの……ふふっ、面白いわあ♪』
態勢を直して床に着地し、周囲を駆けながら加速していく彼女。
加速加速加速。
散らばった商品が舞い上げられ、陳列棚が横倒しになる。
障害物が無くなったことで、より早く、より速く加速していく。
『【アクセラレータ】——良いスキルを得ているわね。素敵だわ♪』
女性ハンターの表情が一瞬だけ崩れたが、それを斗真が認識できるわけもなく、その変化は『少女』には解っていた。
『でも、私には到底遅いの――』
『少女』の背後に回った彼女に対し、『彼女』は首だけを後ろに回して、ニチャリと笑った。
『解るかしら?』
それでもなお、意を決して『春の兆し』を振り下ろす彼女に。
『彼女』はつまらなさそうに、その剣を、背中から新たに生やした一本の腕で。
指で。
受け止めてしまった。
絶句する彼女を『少女』は嗤って。
『お前の遊びに付き合っている暇はないの。他に良い玩具を見つけたからね♪』
それこそ一瞬だった。
瞬きする瞬間もなく。
『少女』の額から飛び出た一本の凶刃が、彼女の額を貫いていた。
オーラで包まれているはずのその肉体を、いとも容易く。
『貴様ら人間は本当に不便よねえ?一度死んだら二度目が無いんだもの。かわいそう~』
刃を引き抜き、それでも剣を握る彼女ごと放り捨てて。
床を討つ肉の音を、『少女』は関心もなく斗真に向き直った。
「そ……んな」
S級ハンター――日向陽菜乃。
彼女が現れた時は、期待と安堵に胸を膨らませたのだが、視線の先で床に倒れる彼女の身体を見つめて、斗真の瞳が色濃い絶望へと変わり果てていった。
『……あらあ!』
しかし、そんな斗真には興味なく、むしろ彼女が死んだことで『アイテムボックス』から飛び出てきた無数の装備や素材の中の、その一つに関心を寄せた。
『死屍竜ちゃんじゃないッ、あれまあ、まさかこんな小娘にやられたの?それとも別の人間?でも貴女って結構弱かったし、辛気臭い空気を醸すの、私嫌いだったのよねえ――でも』
その鎧や武器を手にして、斗真の前に座った。
『——貴方にお似合いね。せっかくだし、これも【アップロード】しちゃって――』
「ろ、『ロード』おおおッ」
と、泣き叫ぶようにその言葉を口にした。
『ああんもうッ。せっかく親切心で教えてあげたのに~、この子も貴方のことを気に入ってるみたいなのよ?』
と、『世界』が揺らめくのを目にしながら、斗真はそんな言葉を耳にしていた。
真っ黒だった武装が。
まるでこちらに覗き込むようにその刀身や鎧にヒビを入れて、キョロキョロと小さな瞳を向けていた気がした。
『『アップロード』♪』
唐突な頭痛。
流れの中に強引に挟み込まれた、不要な情報。
『今度はうまくやるのよ? いつまでも日和ってるようじゃあ、何度も貴方の大切なものが無くなるからね』
にこりと笑う『少女』の顔――あまりに悍ましい狂気を孕んでいた。
――ハッとして。
斗真は、腕輪端末の画面に記された、『おもちゃ箱』のダンジョンレイドに参加しようと、その指を近づけているところで正気に戻る。
「……え」
見たことある光景。
既視感。
デジャヴ。
そして、身体の奥底から湧き上がってくる恐怖に。
——斗真は急いでその場から駆け出した。
ハンター協会運営の施設の、晴美がいる寮へ向かって。
ハンターの膂力で車と同等以上の速度で道を突っ切り、一分もかからずに到着した。
階段も使わずに一気に五階までジャンプして廊下へと着地すると、すぐそばの自分の部屋の扉を開けた。
「晴美ッ!」
「わッ!?」
キッチンで料理の準備を始めていた晴美が驚きの声を上げた。
陰からひょこっと顔を出して、斗真を見ると少し不機嫌になる。
「びっくりしたじゃない。いきなり扉を開けて大声で入ってくるなんて」
と、睨んでくる晴美を無視して、靴のまま部屋に入った。
「ちょ、兄さんッ、靴ぐらい脱いでよッ」
さらに睨みを利かす晴美を、だが斗真はその正面に立って彼女の腕を掴んだ。
「な、何よッ?」
今までとは違う、鬼気迫る雰囲気の斗真に気圧されながらも、強く掴まれた手を振り解こうとして。
「僕も何が何だかよく解ってない」
「はいい?」
と、怒りに満ちていく晴美に、斗真は焦燥感を持ったまま。
「けど何か嫌な予感がして気味が悪いんだ。すごく変な感じで、本当に怖い。だから、一緒に来てほしい」
意味が解らず、晴美は怪訝な視線を斗真に向けるが、その当人は真剣そのもの。
冗談や嘘を言っているわけでもない本心からの表情に——。
晴美は何かを察して、少し考えた後に静かに頷いた。
「解ったから手を離して。痛いの」
「あ、ご、ごめん」
慌てて手を離すと、晴美はその手を押さえていた。
あたふたする斗真に、彼女はクスリと笑った。
「もうすぐ暗くなるから、明日にしよう。準備するから、手伝って」
「ごめん晴美。一週間だけ……一週間だけ我慢して――」
と、混乱気味に話す斗真の口に手を当てて。
「別に平気。たかが一週間でしょ?大丈夫」
晴美はにこりと笑った。
「何処に行く?寮長にも伝えないといけないし」
と、乗り気満々で見てくる晴美に斗真は安堵しつつ。
「うん——家に帰ろうと思って」
そう言われて。
晴美は気分よく返事をした。
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