22
——ハッ……と。
斗真は建物の下でのっそりと歩くエンペラー・ゾンビを視認した。
「はあ……はあ……」
突然の動悸。
大きく息を繰り返しながらキング・ゾンビを見る。
余裕綽々。
恐怖する斗真を理解して、エンペラー・ゾンビはにやりと笑みを深めた。
ビクリと震える斗真。
訳も分からず、全身が急にカタカタと震えだす。
何かを知っている——けれど、知らない何か。
「……く、来るな」
尻餅をついて、後退るだけ。
涙がこぼれ、身体に力が入らない。
戦意が消えうせる。
近づくエンペラー・ゾンビ。
そう——ワンサイドゲーム。
全身への殴打——死亡。
掴みからの叩きつけ——死亡。
地面や壁への投擲——死亡。
全身を握り潰して――死亡。
死亡——死亡——死亡。
死んだ感覚はあれど、何がどうなっているのか、目の前の不敵に笑うキング・ゾンビに、斗真は震えるだけだった。
何度も何度も。
尻餅をついて、目前に聳え立つキング・ゾンビを見上げるところから開始される光景に、だが覚えていない、けれど既視感のある光景に。
斗真から、感情が消えた。
そして不意、に。
ハッとして——斗真は瞳に色を持たぬまま、不敵に笑った。
「……『ダウンロード』」
ザザザアーッ。
と、頭の中に津波のように押し寄せる膨大な情報が流れ込んでくる。
頭痛に重なる頭痛。
そして――金色に輝く瞳を、キング・ゾンビに向けながら。
斗真は立ち上がった。
そんな斗真を、楽しげに見る残虐非道のエンペラー・ゾンビ。
高く上げた両腕を振り下ろして。
斗真を頭から圧し潰しながら、建物を崩壊させる。
瓦礫の上で、ニヤニヤと笑うエンペラー・ゾンビ。
「うん、君の攻撃って結構単調だね」
と、斗真はキング・ゾンビの肩に乗って足をぶらぶらさせていた。
「何というか、『彼女』たちに比べたら全然怖くないや」
と、『竜の牙』を抜く。
ドグンッ、と。
脈動して、真っ黒だった剣身の表面が引き裂かれ、竜の『血肉』が露になった。
血脈が流動するように真っ赤に蠢き、輝き、そして死を振りまく。
ぴくッと。
エンペラー・ゾンビは死した肉体で。
『死』を感じた。
「やるなら少しずつ、細かく、ゆっくりと、だよ?」
雄たけびを上げて、肩に乗る斗真に左拳を匹敵させた。
途端に、キング・ゾンビの拳が無作為に弾け飛び消失する。
死んだ身体。
痛みも血液もなく、ただ本能のままに殺戮を繰り返すゾンビが。
明確なほどに、その身体に纏わりついてくる無数足る死を感じて。
左手を即座に再生させて、無造作に暴れまわった。
拳を、腕を、足を、脚を振り回して、敵を排除しようと躍起になる。
「へえ、再生もするんだ。いいね」
と、いつの間にか正面に立っていた斗真を目の当たりにして。
キング・ゾンビは絶叫して、『剛力』を発動させた。
鋼のように硬く、刀剣のように鋭く、山のように重い肉体へと変貌させた。
見た目はそれほど変わっていないが、その身に纏う重々しい雰囲気はまさに怪物だ。
ふしゅううう、と息を吐くキング・ゾンビ。
しかし斗真は、そんな奴を見ても大して緊張した面持ちは無い。
「ダメダメ、そんな堅苦しい顔をしちゃあ。どんな時もスマイルじゃないと——ね?」
エンペラー・ゾンビが怒りを爆発させて放った拳。
先までの拳と比べて圧倒的な威力と速度があった。
当たった——。
先から細切れにされていく。
「遅いね」
地面を蹴って距離を取るキング・ゾンビに、斗真はすぐさま接近して距離を詰める。
「逃げちゃだめだよ?まだ、君を倒していないんだ」
一閃。
片腕が肩口から切り落とされる。
二閃。
両足の膝を切り捨て、そのまま腿の根元から。
三閃。
横一文字に真っ直ぐ切り払われ、残像を残して、腹部から上下に別れていく。そして軌道を返して盛り上がった胸部を、一回転して斜め下から逆袈裟斬り。
四閃。
五閃。
六閃——。
キング・ゾンビの身体をみるみる切り刻んでいき、大きく斬り分けられた肉片が次々と小さなそれらへと変化していく。
綺麗な剣筋を煌めかせて、頭蓋の中から飛び出た魔石を両断、さらに両断両断と欠片ほどの小ささまで細切れにして。
短剣を鞘へと納めた。
「これなら、もう再生もできないよね?」
ドチャアアッ、グチャグチャッ、と地面に崩れ落ちたキング・ゾンビの肉片。
人の形だと解らないほどに滅茶苦茶だった。
骨も内臓も皮も全てがない交ぜになっており、ゾンビだったどうかも解らない。
ただの肉。
行き過ぎたグロテスクは、むしろ清々しいほどに嫌悪感を抱かない。
真っ黒な赤色に輝く、美しい切り口の肉塊の山だった。
「ふふっ、それじゃあ『再生』スキルを貰っちゃおうかな?」
『ダウンロード可能』から選び出した、スキル項目欄のそれ。
ズキッと痛みがしたが、それが消えると、全身に残っていた痛みが消えていった。
完璧なまでに完治した肉体を感じて、斗真はうっすらと息を吐いた。
「あッ……ダメだ、『アップロード』」
だが唐突に、脳の奥が焼き切られる激痛に襲われた。
脳疲労や脳震盪なんてレベルのものではなく、物理的に脳の細胞が破壊されていくような感覚。
「【パージ】ッ――」
そして。
この階層に入ってからの、『ダウンロード』を含む全ての記憶とスキル等を消去して、その圧倒的負荷をすばやく取り除くことに成功した。
直感で、即座にデータを更新したことによって。
ハードウエア、つまり斗真の脳が破壊されることを防げた。
『リトライ』や『ロード』をしても、二度と目を覚まさすことはなかっただろう。
「斗真君ッ!」
慌てて駆けつけてくる陽菜乃の姿を捉えて、斗真は安堵して、頭の中から続々と消えていく感覚に浸りながら、膝から崩れ落ちてその意識を手放した。
そんな斗真を。
陽菜乃は手を伸ばして抱きしめた。
大切に包み込むように、ぎゅうっと抱きしめた。
久しく忘れていた腕の中のぬくもりだった。
「……」
キング・ゾンビに苦戦するのを見ていた。
いや、苦戦ではなくもはや一方的だった。
装備を身に着けているとはいえ、その力を十全に発揮できているわけではない。
強さへの興味。珍事への関心。
未来への期待。高みへの活路。
弟と似た、守りたいという渇望。
斗真に持っていた前向きな気持ち。
反面。
失ったことへの感嘆、そして恐怖。
この程度の実力しかないという失望、諦念、そして不縁。
後ろ向きな、後ろめたい暗い気持ち。
「…………」
一気に押し寄せてきたそんな実情を。
ほんの少し考えているうちに。
斗真の様子が急に変わって——。
『竜』を覚醒させてしまった。
「…………ごめん」
ぎゅっと。
もう一度陽菜乃は斗真を抱きしめ、エスケープ、と口にした。
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