21

タワー方面へと進路を変え、ビルを一気に飛び越えるために、脚に力を入れた。

ビルの屋上を、その膂力で砕きながら一足飛びに幾つも越え、そのまま地面へと大胆にも着地する。


「い……った~」


アスファルトに大きくヒビを入れ、さらには陥没までさせたが斗真に怪我はない。着地の衝撃で脚に痺れるような痛みが広がった程度。

そして。

斗真の移動に伴って、ゾンビの群れも一斉に大移動を開始した。


「よし来た」


斗真も、タワーに向けて思いっきり駆け出した。ゾンビが追いかけてくる速度よりも早く、タワーへ続く道路を走り抜けて、その真下へと到着した。

後ろを見ると、まだ遠い位置にいるゾンビの群れ。


「……魔力を全部使い果たしてでもッ」


『七味毒』を発動させ、真っ赤に燃えた毒を生み出す。

ゾンビがやってくる方向の柱に何本も投げつけ、その根元をドロドロに溶かす。

そして中央のタワーの半面の壁や地面には、それ以上の量を撒いて。

——まだッ。

タワーに向かって助走をつけて、その壁に足裏で張り付き蹴る。

壁走り。

忍者さながらに、一直線に頂上へ向けて、毒をタワーに撒き散らしながら走る。

頂上に辿り着いた斗真は、兜越しに下に迫ってくるゾンビの大群を見下ろしていた。


「——まだ折れないで」


徐々に傾き出す一キロに及ぶタワー。

ゾンビを引き付けてそのまま押しつぶすのだが、その数は万を優に超える。

まだ道路に沿って大量に残っているのもあり、このまま倒れても半分も倒せない可能性がある。

タワーに張り付いて上ってくるゾンビたち。

その数が増えるごとにタワーの傾きが速くなっていく。

斗真も天辺で、倒れる方向とは逆に体重をかけているが、雀の涙ほどの力しか加わらない。ゾンビの重みと、タワーの劣化でいつ崩れてもおかしくない。

まだゾンビの列はタワーの高さを超えて続いているが、傾きがどんどん大きくなっていた。


「まだ……まだ……ッ」


祈るように身体を傾けて天を仰ぐ。

ゾンビの先頭がタワーの三分の二を上った。

ゾンビが斗真に辿り着くのが先か、倒れるのが先か。

そして、そのタワーがゾンビの集団をすべて巻き込めるかどうか。

賭けだ。


「く……う……」


傾きが増し、もうすぐ倒れる。ゾンビが斗真に到達するのも時間の問題。

ゾンビの列が範囲内に入るまあと少し。


「……ッ」


前後から飛び掛かってくるゾンビの群れ。

賭けは敗け――。

と同時に。

道路のゾンビが範囲内に収まった。


「ッ……!」


斗真はタワーの天辺から手を離して、そのまま力いっぱいに天辺を蹴り飛んだ。

その場に山となる寸前での離脱。

その膂力に従って、タワーの傾きが急激に加速し、地面へと轟々と倒れていき、豪快な音を立てて地面に崩れ落ちた。

タワーの、もしくはタワーに巻き込まれて崩れ落ちるビル群の瓦礫の下敷きになり、大量の血肉がコンクリートを赤く染めた。その上からさらに瓦礫が重なり、さらに破壊を生み出してゾンビたちを蹴散らしていく。

舞い上がる粉塵。

響く轟音。

斗真はそんな光景を遠くから見ていた。


「……」


タスクカウントの確認――。

『目標討伐数:ノーマルゾンビ101159/100000』

『目標討伐数:ハイ・ゾンビ10011/10000』

『目標討伐数:キング・ゾンビ0/1』

と、キング・ゾンビを除いたタスクは、タワーの崩壊で達成できた。

煙の中からゾンビが現れるが、その数はまばら。

あの山のような大群に比べれば無いに等しい。


「…………」


キング・ゾンビの姿は見えない。

戦闘が始まって一度も見た記憶はない。

これだけ派手にドンパチやったのだから、一体くらい顔を見せてもおかしくないのだが、その影すら見なかった。

隠れて様子を伺う視線もなかったし——。


「……ッ!?」


と、考えていたところで、斗真は『竜の牙』を抜いて構えた。

倒れたタワーの、崩壊したオフィス街に撒かれた煙の奥。

凄まじいほどの殺気を放った何かが、斗真に向かって歩んでいたからだ。


「あれが……」


のそりのそりとやってきた、大きな影。

煙から出てきた、見るからに大きいゾンビ。

三メートル、いや四メートルくらいありそうな巨体だった。

盛り上がったはちキレんばかりの筋肉と、ゾンビとは思えない瑞々しい身体つきでコンクリートに足跡を作り、仁王のように凄まじい怒りを込めた表情で、鋭い眼光を正面に向けていた。


「キング……ゾンビ?」


呟いた直後、ギョロリと斗真に視線を向けた。

ビクリと、斗真は身体を震わせる。

本や授業で知った情報を基に、なんて考える必要もない。

一目でわかる、あれがキング・ゾンビだと。

ゾンビが一万体死ぬことで、死んだその肉片が寄り集まりキング・ゾンビへと進化する。

だからこそおかしい。

——そこにいるキング・ゾンビが、なぜ一体しかいないのか。


「……え?」


フッと。

キング・ゾンビが消えた。


「……ええ?」


そして、唐突に表れた巨大な影が目の前。

百六十センチあるかないかの身長の斗真が、首を上にしないと当然見えない。

でかい、とにかくでかかった。

だがそこでなく、一瞬にしてあの遠い距離を詰められたことだ。

驚いて瞬きした時にはもういた。

急激な加速と停止。キング・ゾンビに疲れはなく、それが当たり前と言うかのように示したそれに、奴は斗真を静かに見下ろして笑っていた。

目が合う。

真っ赤に充血するように染まった、黒い筋が幾本も走った大きな目玉。

視線を離したくても離せない真っ直ぐに浴びせてくる狂気の視線に。

斗真は歯を鳴らす。


「おぶっ!?」


ガガアアアアアンッ!

と。

斗真は横のビルの壁へといつの間にか叩きつけられていた。

たかが外壁を容易くぶち抜き、フロアを横切ってビルから出て、さらにビルの壁を破壊して入り、破壊しては出て、を繰り返して。

背中や頭、足から突っ込むなど、くるりくるりと宙を回転しながら壁に突っ込んでいった。

十棟以上ものビルの壁を貫通してようやく。

斗真はビルの外側の壁にめり込んで止まった。


「……う」


動けない。

全身の骨と内臓がボロボロになったかのように、身体が全く動かない。

装備を身に付けているのに、満身創痍だ。


「な、にが」


と、壁の穴の向こうからこちらを見る、鬼のようなゾンビが一体いた。

やったことは単純だ。

下段蹴り。

それだけ。

それだけで、何棟もの建物を破壊して、竜の装備を身に着けた斗真を瀕死に追い込んだ。

装備に傷は見当たらない。

壁にぶつかったときの衝撃や、斗真の受け身の未熟さによるダメージだろう。

——まずい……。

キング・ゾンビがスタートを構えているのを、斗真は虚ろな目で見ていた。

と、次には。

斗真の目の前に移動したキング・ゾンビが斗真に飛び蹴りを食らわした。

ビルをぶち抜いて、歓楽街へと突っ切る。

デパートの屋上に設置された観覧車。

その中央の接続部分に突き刺さり、観覧車を大きくひしゃげさせて、ゴンドラを幾つも地面へと叩きつけた。


『シシ……』


まだ繋がっているゴンドラに着地して、愉しそうに笑うキング・ゾンビ。

どこぞの誰かさんと似て、何とも変態的な表情をしていた。

血を大量に吐き出す。


「……」


頭が朦朧としている。


「十万体……そうか」


絞りだした答え。

十万体のゾンビが、一体へとまとまった。

一万体のキング・ゾンビが十体分。

十倍の力量。


「……」


『風圧』を『竜の牙』に乗せて振るう。

あまりにも弱弱しい斬撃だった。

真っ直ぐ一直線に、『エンペラー』・ゾンビへと向かったが。

遅すぎる。

蚊を払うように腕を振るうと、斬撃は霧散して消えた。


「そ……」


——そんな。

と、声を続けるよりも早く。

キング・ゾンビは軽やかに上へ飛んで、空気を蹴った。


「……ッ」


伝わってくる凄まじい衝撃。

斗真は渾身の力を振り絞って、体勢を崩して落ちる。

観覧車が地響きを立てて破壊されるのを見届けることもできずに。

斗真はコンクリートへ頭から着地した。

うつ伏せだが身動きが取れない。眼球を動かすので精一杯。

エンペラー・ゾンビの足だけが見えた。


「……——ゴッ!?」


と、蚊の鳴くような声を上げて。

振り下ろされた拳が斗真の背中にめり込んだ。

道路に、蜘蛛の巣上に大きな亀裂が走る。陥没する

力なく地面に四肢を投げ出して、そんな斗真をニヤニヤ眺めるエンペラー・ゾンビ。

その頭部へと二発目の攻撃を繰り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る