19
——そして次の階層。
構想はいたってシンプル。
街。
廃墟と化した街だった。
街の規模、その大きさをパッと見るだけでも、どれだけ栄えていたかがよくわかる。現代的な建物が理路整然と並び立ち、オフィス街、歓楽街、住宅街と、外へ行けば建物の平均的な高さが低くなっていくのが解る。まるでピラミッドのように。
中心にそびえたつ巨大なタワー。鉄か合金かも解らない柱がズラリと天高く繋がっている。そこだけが、建物として風化していないただ一つの建造物だった。
「ここは、ゾンビがメインの階層よ」
と、街の入り口に立つ二人。
スタート地点がそういった端からというのは珍しくない。むしろ、いきなり森の中からスタートして、何処へ向かえばいいのかすら解らない状況よりかは、まだ巨大なタワーを目印にして進む方が断然楽である。
とはいえ、こうした公共のダンジョンにおいては、おおよそ協会からのマッピング情報が腕輪端末に記録されているので、よほどのことがない限り迷子になることはほとんどない。
「ちょっと、気持ち悪いです」
口を押える斗真。
それもそのはず、住宅街の道路や家の敷地内の至る所に徘徊するゾンビ。肉はただれ、内臓は欠損し、四肢はあらぬ方向へねじ曲がり、虚ろな目で唸っているのだ。
感情も何も持たないが故に、何を考えているのか解らない。不規則で、突発的な行動を起こすのがゾンビだ。
「斗真君、これを飲んでおいて」
と、陽菜乃から渡された小瓶を受け取り、蓋を開けて飲み干した。
「これは?」
「ゾンビ毒に有効なポーションよ。これから慌ただしくなるんだから、ひっかき傷や噛み傷を一々気にしていなんていられないでしょう?」
「え、っと……それはどういう」
そう言って、振り返ってきた陽菜乃の顔を見て、斗真はすぐさま顔を逸らした。
好奇心に塗れた、火照った顔——正直、ゾンビの抉れた顔よりも恐ろしい。
破壊によるビジュアル面でのグロさ、ではなく、常軌を逸脱した忌避感によるグロさ。
むしろゾンビの方が単純である分、そちらの方が解りやすくて楽だろう。
向かってきたら武器を振りかざすだけでいいのだから。
——僕は、なんて人と出会ってしまったんだ。
自身の悪運の強さを密かに呪った。
「それじゃあ、あのオフィス街へ向かいましょうか」
下階へ繋がるゲートをくぐる際も、終始手を握って引っ張ってきた陽菜乃。
それを、斗真は柴犬の如くいやいやと動こうとはしなったのだが、陽菜乃の膂力がそれを許さず、瞬く間に次の階層へと連れていかれたのである。
「はい……」
もはや抵抗をやめて、斗真は渋々陽菜乃の後ろをついて行った。
『インヴィジブル』で二人の姿は、ゾンビからは一切知覚できない。
散歩するように、二人は悠々と住宅街を抜け、歓楽街へと足を踏み入れた。
とはいえ、その歓楽街もスイスイと道を抜けて歩き続けて、すぐにオフィス街へとたどり着いてしまう。
「さて」
オフィス街の入り口で振り返る陽菜乃。
斗真はビクッと震えて、どんな無理難題を押し付けられるのかを待った。
「あのビルの中でやりましょうか」
と、指さした方向へ顔を向けると、おおよそ十階建てのビル。
原型は残っているものの、その様相はボロボロで、草木が所々に生えていた。いかにも出そうな雰囲気が漂うビルだったが、陽菜乃がニコニコしてそのビルへと早足で行ってしまうものだから、斗真は駆け足でその背中を追いかけた。
ビルの中もやはりボロボロで、備え付けの机や椅子、カウンターや機材は見るも無残に壊されている。
そのエントランスの真ん中で、陽菜乃は腰に手を当てて、ふむふむと頷いていた。
「ここなら暴れても問題ないわね」
くるりと踵を返して、斗真を見る。
「それじゃあ、ここでゲームをしましょうか」
「え、ゲーム、ですか?」
「そう、ゲーム」
ピロンと、唐突に鳴った腕輪端末の通知音に身体を震わせたのち、それを恐る恐る開く。
【目標討伐数ノーマルゾンビ:0/10000】
【目標討伐数ハイ・ゾンビ:0/1000】
【目標討伐数キング・ゾンビ:0/1】
と明記された、見るも悍ましいタスクの数字を。
「今からここを中心にその数のゾンビを呼び寄せるから、全部始末してほしいの」
「…………え?」
「大丈夫大丈夫、斗真君、さっき軍隊猿を千体くらい狩ったでしょう?それが少し増えただけだし、軍隊猿よりも知能は低いから扱いは楽よ」
「……そ、そういう意味で聞き返したわけではっ」
「あ、そうそう、斗真君」
そう言って、嬉々とした笑顔で『春の兆し』を抜いて、構えた。
「僭越ながら、私からのささやかなプレゼント」
剣を上段に構え、踏み込んで振り下ろす。
一閃。
空気を切る音すらなく、完全な弧を描いて剣筋が煌めいた。
二閃。
下からの切り上げで、いないはずのモンスターを切り裂く様相を、イメージしてしまった。そして、そのまま同じ軌道を上から下へ。
三閃。
横一文字に真っ直ぐ切り払われ、残像を残して、複数のモンスターが上下に別れていくシーンを。そして同じ軌道を返して、一回転して斜め下から逆袈裟斬り。そして突き。
四閃。
五閃。
六閃――。
——と。
幾度も振るわれる美しい剣技を目の当たりにして。
その惚れ惚れとする陽菜乃の姿を、そしてその剣を。
斗真はじっと見惚れてしまった。
「日向さん……すごく綺麗です」
「でしょう?」
鞘に『春の兆し』を納めて、陽菜乃は笑った。
「これから大変だと思うけど、この光景を思い出してモチベーションを上げて頑張ってね」
「あ」
陽菜乃の剣技を見とれて忘れていたが、ここへ連れてこられたのは、これからやってくるゾンビの群れを攻略するためであって、そもそも斗真自身あまり乗り気ではないのが本音だったりする。
しかし、陽菜乃からあんな期待するような表情を向けられたら、否応でもやるしかないし、応えたいというのも本心だ。
自身の内にある何かを見出してくれたのは、他ならぬ日向陽菜乃だ。ここで逃げたら何もかもが台無しになる。
「……頑張ります」
と、心に決めた。
あの地獄な経験に比べたら、これからここに来る軍勢なんて大したことはない。
そう確信めいたことを考えて、不意に疑問が頭をよぎる。
——地獄な経験って、何だ?
小さく首をかしげていると、陽菜乃の視線を感じて、斗真はその考えを振り払う。
その狂気的なまでに細めた好奇な目を、斗真は一心に見返して。
陽菜乃は殊更ゾクゾクと身体を震わせた。
「それじゃあ準備してくるから、斗真君も準備しておくのよ?一分くらいしたら始まるから」
そう、自身の抑え込むようにして、陽菜乃は姿を消した。
しんと静まり返るエントランス。
入口へ振り返って、斗真は深呼吸しながら『竜の牙』を抜いた。
外を歩く十数体ほどの数を遥かに凌駕する群れがやってくる。
断続的な波か、それとも一気に押し寄せてくるるのか。
漠然としたイメージを膨らませて、軍隊猿と同じようなシチュエーションを思い浮かべて、『竜の牙』を構える。
「いつでも来い」
斗真は、まだオーラの気配を読み取ることはできない。魔力の波長や大きささえも、今は理解に及んでいない。
そんな斗真であっても。
このビルの屋上、いや、近くの別のビルのもっと上にいるであろう陽菜乃の、その爆発的なオーラの気配をその肌で感じることができてしまった。
それほどまでに、陽菜乃が発する力が強大であるという証明。
「高くて遠い……」
外からやってくる凄まじいゾンビの雄たけびと地響きに、斗真は緊張感を増していく。
このビルの上へと移動してきた陽菜乃のオーラ。
そして、消えた。
しかし、それが消失したからと言って、ゾンビの大移動が止まってくれるわけではない。
壁一面をガラス窓に覆われたこのビル。
その窓越しに、建物の陰から現れた、それこそ超巨大ウエーブと化したゾンビの超大行群を目の当たりにして――。
斗真は一目散に。
――背を向けて逃げ出した。
「絶対に、一万を超えてるよねッ!」
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